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Really?  作者: なち
続編
15/20

Really!? 01



「合コンに行ったんだってな?」

 にこり、そう形容するには怒りが満ちた笑顔で、哲也は言った。

 定時で上がった哲也と違って、こちとら残業中だ。しかもまだほとんどの人間が部署に残っている。

「……えーと、ここ仕事場デスヨ?」

 パソコンのキーボードに指を置いたままで、あたしは哲也を見上げた。

 哲也はそのあたしのデスクに片手をついて前のめりの姿勢を取っているので、体がいやに近い。まるでパソコンの画面を見ながら問題点を指摘されて居る時のような圧迫感がある。

「関係ない」

 にやにやと笑いながら傍観者を気取っている同僚の視線を、哲也は意にも介さない。

「で、どうなんだ?」

「……行きましたが、何か?」

 責めるような強い口調に腹が立って、こちらも強気で返してしまう。顎を反らして睨み上げれば、哲也の眼光が鋭くなった。

「俺がいるのに行ったんだな」

「行ったが、何よ! 大体あんたとは付き合ってないし!!」

 つーかさっきも言ったが、ここは職場だ。

 仕事中も何だか哲也にやたら睨まれているな、とは感じていたが、今日はミスもしていない筈だし、怒らせる程騒いだ覚えも無い。ただ静かに、与えられた仕事に奔走していた。

 今だって、今日中に帰れるのか? と不安になりながらパソコンに向かっているのだ。

 定時でお帰りになる部長様と違って暇じゃ無いんですけど!

 ヒューヒューと、職場にそぐわない調子で囃し立てる声がある。あれは林さんだろうか。

 頭が痛くなってくる。

 思わず額を押さえて、大きなため息。

 彼氏に振られて傷心しているあたしに哲也が告白をして来たのは春先で、もう半年も前の事だ。友達関係を解消しなければならないのかと悶々としながらも日々を過ごし、決着をつけたのはそれから二月近く後の事。

 つまり、哲也を恋愛対象として見る、と決めた。

 けれどそれからのあたし達は変らず友人で、当初哲也の見慣れない態度を可愛いなと微笑ましく思った事も今となっては遠い思い出だった。

 開き直ってからの哲也ときたら、一応仕事中は上司の顔をしているものの、その時間を除けば仕事場だって何処でだって構わず、こちらを好きだという様子を隠さなくなってしまった。彼氏でも無いのに嫉妬はするは束縛するは、あたしの苦手なタイプの強引さを発揮する。

 しかしそんな風に必死になる哲也が可哀想に映るのか、部署の中からは同情的な意見も上がっている。半分は林さんや長井さんのように状況を楽しんでいる風だけど。

 一番の弊害はそんな哲也をそでにするあたしに、嫉妬を向ける女性社員のイジメがエスカレートした事だろうか。

 今までは無視程度で済んだのに、この間なんて廊下で足を引っ掛けられて転びそうになった。

「合コン行こうが彼氏作ろうが、あたしの勝手でしょう!?」

「無駄だろう」

「はぁ!?」

「どうせ彼氏なんて作らないくせに。いい加減に素直になったらどうだ」

「な、ん、の、話、」

「俺の事が好きだって、はっきり言ったらどうなんだ?」

 自信満々、不敵に哲也が笑う。

 大丈夫だろうか、この男。

「……お疲れ様でした、坂入部長」

 もう何だか相手をするのも馬鹿らしくなって、あたしは全ての会話をスルーする事に決めた。作ったような笑顔で事務的に言って、パソコンに向き直る。

 チラ、と画面の端の時計を確認すれば、四分も時間をロスしていた。

 哲也の腕は視界に映っていたけど、仕事モードに切り替えた頭では苛立ちの一つも沸かなかった。

 本当に、今それ所じゃないのだ。

 哲也の意見がどう、という事では無いけど、先日合コンに行ったのは間違いだった。ただでさえ抱えている仕事の期日が迫っていたし忙しかったし、乗り気にもならなかった。だけれど息抜きに、と誘われ、タイプを揃えたから、などと言われてしまえばやはり気にはなる。いそいそと出かけた先のお洒落なレストランで、さおりのチョイスに誤りなく、あたし好みの草食男子が二人。ほわんとした癒し系笑顔の年下君と、困った時に頬を掻く仕草が可愛い年上君。

 なのに置いてきた仕事が気になって、何をどう話したのかも覚えて居ない。何時もだったら隣の座席をキープして連絡先を持ち帰る位はするのに、この日は完全に何も無かった。どころか、相手の名前すら覚えて居ないという体たらく。

 付き合いで二次会まで顔を出してしまったが、職場に居残って仕事をしていた方がマシだったとさえ思った。

 正直、前の彼氏の事を引き摺っているわけでは無いんだけど、今誰かと付き合う気は無かった。そういう意思が生まれて来ないのだ。

 そんな風に余裕ぶっこいていられる年齢では無いかもしれないけど、今は特に、彼氏という存在を求めていなかった。

 今は恋人云々より、仕事をしている方が楽しい。疲れるまで仕事をして、充足感を抱えて眠る夜が愛しい。時々、ぱーっと飲みに行けば全ての憂いは晴れる。

 集中して仕事をしていたので、随分はかどった。データを保存して時計を確認すれば、家には余裕で今日中に帰れそうだった。

 部署内を見回せば、もう一人二人しか働いている人間が居ない。当然、哲也の姿も無い。

 大きく伸びをしながら、何となく哲也が手を置いていたデスクのあたりを眺めた。何時帰ったんだろう、なんて、そんな事を疑問に思いながら。

 ふ、と口元に笑みが浮かんだのは、デスクの端に哲也が置いていったと思われる栄養ドリンクとメモ書きを見つけたからだった。

『仕事中毒も程ほどに』

 無理難題を吹っかけてくる部長様が何を言っているんだか。そう呆れる反面、仄かに喜びも沸く。

 こんな時、コーヒーでも置いていってくれれば雰囲気があるのに。だけれど疲れた身体が欲するの断然この栄養ドリンク。

 凝り固まった肩を上げ下げして解し、パソコンがシャットダウンした事を確認して立ち上がる。

 甘えているのは重々承知しているのだけど、今はこの関係が心地良い。




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