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Really?  作者: なち
本編
12/20

ぶっちゃける男 04



 振り返ると、あたしの想い出の中には何時も、哲也が居る。

 高校時代のあたしと哲也は、同じクラスになった一年の時から、何故だか気が合った。

 哲也は派手に遊んでいたし、恋愛に置いての評価は鬼畜で、すれていた時期があって、でもそれなりに勉学に励んで、バイトに勤しんで、当然のようにあたしの横に居た。

 同年代の中では大人びていて、馬鹿みたいにはしゃぐ友人達を、あたし達は揃いも揃って「若いなー」なんて見守っているような感じだった。

 言いたい事は言うし、ぐだぐだやっているのが嫌いで、物事を白黒はっきりさせなければいられない。そんな様子が、仲間内では同じ様に『肉食』と例えられた。

 動物に例えると、あたしはライオンで、哲也は鷹だった。

 あたしは獲物と見るや襲いかかって、吠えて威嚇し、萎縮した相手を捕らえる。だけど時々逃げられて、そうしたら途中で追うのを諦めて、次の獲物を物色する。

 哲也はと言えば、高みから獲物を見下ろして、一直線に喰らい付く。その時にはもう逃げも隠れも出来ず、鋭い嘴と爪に囚われてしまう。

 ライオンは見た目猛々しくて、百獣の王なんていわれる。だから、そんな風に例えられた時は誇らしくもあったのだ。ライオンなんて、格好良いじゃない、なんて。

 でもあたしは、張りぼてだ。

 見た目だけライオンの振りをした、猫だ。鬣も堂々たる体躯も、鋭い牙も、本当は持って居ない。虚勢を張って必死に取り繕っただけ。

 そんなあたしを、高校時代に既に哲也は知っていた。

 見抜く哲也が怖かったし、指摘されれば煩わしかった。それでも哲也の存在は、救いでもあった。

 哲也の傍に居るとあたしも、強くなれる気がしたんだ。一人で立っていられるって――哲也に寄りかかっているくせに。

 群れる事もせずに、一人悠々飛んでいる哲也に憧れていた。


 友情という形で続いて来た十二年を、あたしはとても、大切に思う。


 地下の駐車場で、哲也は車に寄りかかって待っていた。

 磨きこまれた黒い車体に、蛍光灯の光りが反射している。

「お待たせ」

 と声を掛ければ、少しだけ相好を崩す。こんな風に優しく笑える男だったなんて、知らなかった。

 まだ知らない顔がある事に、驚く。

 助手席のドアを開けて、乗るよう促される。

 女をヤリ捨てると言われて鬼畜扱いされてきた哲也も、あたしの知らない所で、本当はこんな風に紳士的に、ちゃんと女の子を大事にしていたのかも知れない。

 そんな事も思う。

 運転席に回って乗り込む哲也を眺めながら、本当は、と何度も繰り返す。

 あたしは哲也の事を、本当に、分かっているのだろうか。

 上辺以外の哲也を、ちゃんと理解しているのだろうか。

 ここ数ヶ月の間に分からなくなった。それ程、予測不可能で突拍子も無いことの連続だった。

 知りたい、と思う。今更になって、そう強く思う。

 それが愛情かと言われれば、違うだろう。恋か愛か、友情かと言われれば、やっぱり友情しか抱けないんだけど。

 それでも三年も付き合って結婚も意識した元彼が記憶の彼方に糸も簡単に薄れていったのに対して、哲也がそういう対象になり得ない事は分かっていた。

 哲也が何を思い、何を感じ、今こうして隣に居るのか。どうして隣に居てくれたのか。

 そればかりが気に掛かる。

「何、食う?」

 シートベルトを締めながら、聞いてくる。何時もなら「今日はラーメンの気分」そんな風に、勝手に行き先を決めていた男。もしくは決まった居酒屋の梯子。

「お腹、空いてる?」

「は?」

 質問に質問で返したら、あたしの知っている哲也が顔を出した。訝しげに眉根を寄せて、不機嫌にも見える剣呑な視線を向けてくる。

「まだ大丈夫なら、ちょっと話がしたいんだけど」

「……腹が減って死にそう、ってわけじゃねーけど」

「じゃ、ちょっと話しよう」

「……ここで?」

「うん」

「……じゃ、ちょっと適当に流すか」

「そうして」

 店の中で向かい合って話を切り出すのは、中々どうして難しい。だけど車の中なら、お互いの顔を見なくてもいいから、なんて理由。

 あたしがしたいのはあまり楽しい会話じゃない。

 哲也は無言で、車をバックさせた。


 車は駐車場を滑り出て、夜の街を走り出す。

 金曜日の街の喧騒を抜け出して、適当、と言った通りに、目的も無く。

 しん、とした車内には、二人の関係性そのままに微妙に緊張感が宿る。

 あたしは肘を付いて外を見ながらの姿勢で、哲也の名前を呼んだ。哲也がこちらを見たのか、あるいはそのまま前方を見据えているのかは分からない。

「何」

 と返ってくる声に促されて、あたしは訥々と喋りだす。

「あたしはさ、あんたと友達で良かったと思ってる」

 別に相槌は期待していない。話を聞いてくれていれば、それでいい。

「あたしら二人して馬鹿みたいにはしゃぐタイプじゃないけど、高校時代から楽しく過ごして来たじゃない? この間高校のアルバム見ながらさ、懐かしく思い出したりした」

 眼鏡をかけた哲也の写真は無かった。一年の中頃でコンタクトに変えた哲也は、何時か誰かが言っていたように、酷く印象に残る目をしていた。大抵の写真は、一人だけ、両手をズボンに突っ込んでいた。学校のアルバムで一緒に写っている事はなかったけど、友人達と遊ぶ時に取った写真には、二人、似たような表情で写っているあたし達がいた。

「大学ん時はもっと楽しかった。色んなとこ、皆で遊びに行ったよね。この間のバーベキューみたいに」

 1等に免許を取ったのは哲也だった。足が出来てからのあたし達は、シーズン毎に遊びに出かけた。海もスキー場も、花火を見た事も、花見をした事も。季節が移ろい、友人や恋人が変っても、哲也だけは横に居た。

「社会に出てからも、変んなかったね。みんなとは疎遠になったのに、あんたとは、馬鹿みたいに」

 一人暮らしをした哲也の家はあたしの職場から近くって、同じ様に就職仕立ての哲也の家で、あたしばかり愚痴を言っていたように思う。哲也だって慣れない環境で大変だっただろうに、嫌な顔一つせず、苦労なんて見せず。

「家族とも、彼氏とも別の所で、あんたはあたしの一番だった」

 あんたもそうだと思ってたんだけど。

 写真の中の哲也の姿は明瞭だったのに、頭の中に浮かんでいた哲也の姿は、全部ぼやけて曖昧だった。どんな顔をしていたのか分からない、のっぺらぼうのようだった。

 分からなくなってしまった。全部。

「あんたの事なら、全部、分かってるつもりだったよ。でも本当は、何も知んない」

 あたしは。

「それがすっごく、悲しい」

 言いたい事は今日までに纏めたつもりだったのに、巧く言葉に出来なかった。プレゼンの時みたいに、はきはき、堂々と、筋道立てて、なんて思ってたくせに、巧くいかない。

 言いたい事が巧く言葉にならなくて、あたしはわけの分からない感想を最後に口を噤んだ。

「悲しいんだよ」


 車は、何処だか分からない、公園の駐車場のような所で、止ったようだった。

 外を見ながらその実、何処も見ないままでいたあたしの視線は、中々その事実に気付かなかったけど。


「美咲」


 呼ばれると同時に、何時かのように、哲也の手があたしの頬を撫でた。

 冷たい、手だった。


「俺がお前を好きだっつった事が、そんなに煩わしい?」


 反射的に振り仰いだ哲也の顔は、暗がりの中、皮肉げに笑んでいた。


「悪いけど、俺はお前を逃がす気、ない」





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