第一章「天国プレリュード」(前奏曲)4
やや経った後、彼女は説明を始めた。
「実は、以前、霊幻再生法という法律がありまして」
「レイ……何ですって?」
アメリカ人が漢字を喋り、日本人である私がそれを理解できないでいる。
「なかなか説明しづらいので、これを見て下さい」
と言いながら、彼女は一冊の本を開き、その法律が記されている箇所を示した。
「確かに、ここには霊幻再生法と書いてありますね。どなたが作られたのかは存じませんが、それにしても複雑な名称ですね?」
「最初にこの法律を作ったのが、どうも中国の方らしいのです」
「なるほど、それで納得しました。どうりで、キョンシーっぽい名前です。しかし先ほど『以前は』とおっしゃったのは、どういう意味なんでしょうか?」
非常に気になるところである。
「私が現職について、今まで四名……」
そう言いながら、彼女は、四枚のリストをテーブルの上に広げてみせた。各々の顔写真が載っている。
「あなたから見て、右から三十代のアメリカ人男性、次が五十代イタリア人女性、そして、その隣が二十代のイギリス人男性、そして一番左が三十代のフランス人女性、です。彼らの共通点は、あなたと同じように浄化が働かず、下界で殺された事をこちらに来ても覚えていたという点です。それで各々の事情を確認した私は、合法的に、もちろん上層部の了解も得た上で、彼らを下界に戻しました。彼らに、自分自身の事件を捜査させるためです。正確に言えば『合法的に』というのは、事件当時の自分自身の意識の中に、わずかですが二時間だけ入り込む事を可能にする、という事を意味します。その二時間の間に、努力して犯人の正体を掴む、もしくは、後で再びこちらに戻ってきて十分な推理ができるぐらいの証拠を集めてくる必要があります。簡単に言いましたが、たった二時間という枠の中で、これらを実施する事は非常に困難な事です」
「た、たったの二時間ですか……」
確かに厳しすぎる話であるが、私はさらに尋ねてみた。
「それで、何故その霊なんとか法は消滅したのでしょうか?」
これまた肝心な話だった。
彼女は、なかなか切り出せない様子である。いや、思い出したくない風にも見受けられた。彼女が話したくなるまで、催促する気はこれっぽっちもない。
彼女は二本目の煙草を咥え、しばらく経ってから、やっと口を開いてきた。
「実は下界に戻っている間に邪念が悪さをしまして、先ほどの四人中三人までもが、ここに戻ってくるのを拒絶しました」
予想外の言葉に驚き、即座に聞き返した。
「え? 二時間が経過すれば、強制的にここに戻されるのではないのでしょうか?」
「いいえ、それが……実は、下界の人間の意識の中までは、こちらの手は届かないのです。元々この法律そのものは、天国の住人は絶対に嘘をつかない……なる、前提にのっとった紳士協定のようなものなのです。綺麗事に聞えるかも知れませんが。唯そこには大きな認識不足が存在していました。つまり人間誰しも下界に降りれば、邪念が涌き出てきて、約束ぐらいは容易に破ってしまう、この問題が生じてしまったのです。それぐらいは、誰でもわかっていたはずなんですが」
彼女は、一度紫煙を吐いて、
「つまり、自我が働いて勝手な行動を取ってしまう訳です」
今度は、やや考え込んでから疑問をぶつけてみた。
「でもそうなってしまうと、一人の人間の中に二人の意識が存在してしまうという事ですよね。その場合、いろいろな不都合が生じてきませんか?」
「もちろんその通りですし、決してあってはならない事なのです。元からある意識と、後から侵入した意識。これら二つの考えや判断などが、例え同じ人間でも、必ずしも一致するとは限らないからです。我々人間は、その時々の状況下で物事を考えたり判断したりしますから。そうなってしまうと自己の内面において意識同士の喧騒が生じて、歴史ぐらいは変えてしまう恐れが多分に出てくるのです」
言葉の中に、彼女の正義感の強さが垣間見られた。
「そうですね。確かに時間が経てば、考えにも変化が生じてきますね。実際、私なんかでもそうですよ」
私は一旦、賛同の意を表した。
「ええ、そうですね」
そして改めて、最も興味のある質問を投げかけてみた。
「それで下界にいるままの三人の運命は、その後一体どうなったんでしょうか? 未だに本人の内に同居したままとか?」
「残念ながら先刻も申しましたとおり、下界の諸事に関しては一切口出しができません。従って、あなたがおっしゃるように、今現在でも一体の人間の内に二つの意識が同居したままになっています。一見、躁鬱病とか二重人格とかに似た症状ですが、これらのケースと違って、意識の同居には重大な罪が存在します。我々当局が、唯一できる事は」
ここで、彼女は一瞬言葉を止めた。そして、静かな口調で、
「彼らの死に当たって、その罰として最下界に落とす事だけです。これは世間で言うところの、地獄の事を指します」
冷静な彼女の口から、物騒な単語が飛び出した。
「地獄……やはり存在するんですか」
確かにこうやって天国が存在しているのだから、当然ながら対極の地獄があってもおかしくはない。
「事前にその事は彼らにも伝えてあったのですが、やはり家族や恋人との関係を断ち切れなかったとか、まだやり遂げたい事があったとか。まあ、そんな理由と言うか、欲望と言うか、とにかく誘惑に負けてしまったのですね、戻ってこなかった三人は。とても不孝な事です」
と、伏し目がちに言った。
「そうでしょうね。ちなみに、その最下界というところは相当酷い場所なのでしょうか?」
これは、是非とも知っておく必要があった。
「あなたは、ここと下界との差は感じておられますか?」
私が頷くのを確認して、彼女は続けた。
「その差の分だけを、今度は、下界からマイナスしたとしたら……如何でしょうか? おわかりになります?」
「相当、恐ろしい場所ですね、何となくわかるような気がします」
何となくどころかほとんど理解できなかったが、つい、こんな返事をしてしまった。これ以上はあまり気が進まなかったのだ。
「それでも三人は戻って来ませんでした。この全てが、私の判断ミスによるものなのです。立て続けに三回もルールが破られれば、その法は無きに等しいものです。よって、消滅してしまいました」
彼女は、それらの一句一句を噛み締めているように感じられた。
「それで、ここに戻ってきた唯一の正直な方はどうなりましたか?」
「それは、この、最初に下界へ戻ったイタリア人女性なのですが。彼女はちゃんと約束どおりにこちらに戻って来られはしましたが、残念な事に手掛かりを持ち帰るに至らず、その行動は徒労に終わってしまいました」
少しの沈黙が流れた。私は、ここで聞いた諸々の事を頭の中で秤にかけていた。しばらく考えてみたが、やはりこう言わざるを得なかった。
「私を下界に戻すのは、もう不可能なのでしょうか?」
ミス・フェイスフルは、『この期に及んで、まだそんな事を言うの?』とばかり、目を大きく見開いて私を凝視した。そして、首を左右に二、三度振った。
「そんな! とにかく私を信用して下さい。二時間経てば、必ずやここに戻ってみせます」
「フフッ。皆さん、ここではそう仰っていました」
遠くを見つめる目をしながら、半ば自嘲気味に彼女は吐いた。
だが、なおも食い下がった。
「私は約束は守ります。あなたにしたって、このままずっと後悔ばかりしても始まらないでしょう? あと一度だけ、私に賭けては下さいませんか?」
とにかく、思いついた事を必死で並べてみる。
「私は、あなたまでも最下界に落としたくありませんし。何しろ、すでに法律自体が消滅してしまいましたし」
その語尾の曖昧さから、彼女のガードがやや甘くなってきたように見えたので、私はここぞとばかりさらに捲くし立てた。
「大体、天国というところは秩序を重んじる場所なんでしょう? 安楽に暮らせる場所なんでしょう? それを、この先もずっと私に、偽りの心を持ったまま生きてゆけ! とでも仰るのですか? お見受けしたところ、あなたはとても正義感が強そうです。それならば、逆に私の立場になって考えてみて下さい。きっと、私と同じ事を望むはずです」
最後の方は、つい早口になってしまった。
(聞き取れたかな?)
またもや沈黙。しかも先ほどよりも長い。私は、相手が口を開くまで黙っているつもりだった。こうなりゃ忍耐勝負である。しかし、その反面、
(ちょっとばかり言い過ぎたかも)
という後悔もない事はない。
しばらくして、彼女は別段怒っている風でもなく、その細長い人差し指で眼鏡を上げながら、ゆっくりと話し出した。
「確かに、あなたの言われる事が正論ですね。それは十分過ぎるほどわかっています。実は……」
彼女は、煙を天井に向かって吐いた。
「実はこの私も、誰かの身勝手な意思により、ここへ上ってきたのです」
「え? それってどういう……ま、まさか、こ、殺されたんですか? あなた自身も?」
彼女は、軽く頷いてみせた。
「そうです。この私も、未浄化なのです。但し下界に一度降りたら、再びここに戻ってくる勇気なんて私にはありません。フフッ、人の事は言えませんね」
「そうでしたか、それはそれは。ところで、どのようにして殺されたんですか?」
我ながら、おかしな表現である。加えて、無礼極まりない。
「その事については、ここで申し上げるつもりはありません」
と、相手はやはり冷たく言い放ってきた。
「失礼しました。図に乗りすぎました」
間髪入れずに、私は素直に謝った。
「いえ、気になさらずに。ところで、あなたは下界で奥様やお子様にお会いになられた後で、本当に再びここへ戻って来れますか?」
確かに、ここがポイントである。
実はあまり自信はなかったのだが、そうも言っておれない。
「もちろんです! ここで待っていれば、いずれ彼らには再び、いや三たび会えるでしょう」
何の事はない、カドのママさんの受け売りである。
「では……疑う訳ではありませんが、万が一あなたが殺されたのではなく本当に事故死でしたら、どうされます?」
(要は、落とし前の付け方を聞いているんだな)
「上層部には、何名の関係者がおられるんですか? ああ、七名ですか。では、その七名さん一人一人に土下座して、詫びでも何でも入れますよ」
私には、百パーセント『殺された』自信があるので、これに関しては何でも約束できる。
「『ドゲザ』? まあ、とにかく良かったですわ、『ハラキリ』ではなくって」
彼女の口から出た、恐らく初めての冗談だった。話を先へと進めるためにも、ここは合わせる必要があると考えた私は、
「それだけはご勘弁願いたいものです。何しろ昔から、血液検査でさえも卒倒する性質なもので」
「フフッ、よくわかりました」
一瞬の笑みの後、彼女はすぐに真顔に戻ってしまった。
「でも、わずか二時間の間に犯人を挙げるか、最低でも証拠を掴んでくるか、いずれにしましても、これは想像以上に大変な事ですよ。先のイタリア人女性の事もありますし」
「そうですね。何かコツとか練習とかが必要でしょうね、下界に戻る前の準備として」
と、思わず言ってしまったが、後から考えてみると、これが余計な一言であった。
相手も、この言葉にうなずいている。
「ミスター・クロワ。必要なのは、コツ、訓練、それとこれが最も重要なのですが、推理力や洞察力などの能力そのものです。もちろん、天性にも大きく影響される要素ですが」
確かに仰るとおりであるが、
「そのような能力が、どの程度私に備わっているのかはわかりかねます。しかし、チャレンジ精神にのっとり、最後まで諦めずに頑張る事を誓います」
気負いすぎて、なんだか選手宣誓のようになってしまった。
「あなたを見ていると、何だか勇気が湧いてきました。わかりました、では、早速明日にでも、霊……あれ? 何でしたっけ? フフフ、私が忘れたらダメですね。とにかく、その法律の復興を上層部の連中に掛け合って参ります。結果は、追って、あなたのご自宅へご連絡いたします」
誠に有難きお言葉だったが、一点だけ困った問題があった。
「あのー、実は、電話番号も自分自身の背番号さえも忘れたんですが」
「こちらで直ぐにわかりますので、大丈夫ですよ」
「そうですか。とにかく今日は、お忙しい中、本当にありがとうございました。お伺いした甲斐がありました。途中、大変ご無礼な発言をした事をどうかお許し下さい」
すっかり安心した私は立ち上がって、彼女に深々と頭を下げた。
「それが、先ほどあなたのおっしゃられたドゲザですか? えっ、違う?」
誰も見ていないので、私は目の前で『ドゲザ』を実践してみせた。何十年ぶりかもしれない。
それを見た彼女はたいそう驚き、
「何と、坐って頭を地面に擦り付けるのですか? 凄いと言うか、何と言うか……昔飼っていた、愛犬の食事中の姿を思い出しましたわ」
「そ、そんな風に見えますか?」
「あら、私ったら失礼な事を。よくわかりましたので、どうぞお立ちください。とにかく、こちらこそ言いたい事を遠慮なく申しまして、大変失礼いたしました」
そう言いながら、彼女は壁にある時計を見た。
「あら、もう正午です。ネ! 本当に、あっという間でしょう? 二時間というのは」
「本当ですね、あっという間です」
「ミスター・クロワ、今から、少々お時間は取れますか? おお、大丈夫ですか! ところで、あなたはまだ、天国をゆっくり観察されていないでしょう?」
「ええ。そんな暇などなくって」
「オーケイ! では、近くの公園にでも参りましょうか。私がご案内いたしますよ」
と、微笑みかけてきた。
(それも悪くないな)
デートのお誘いに、素直に応じる事にした。
数分後、私たち二人は、広く静かな公園の片隅にあるベンチに並んで腰掛けていた。公園内は、様々な原色の花で賑っている。
「どうです? 見事なものでしょう? ミスター・クロワ」
「ええ。確かに、すごく綺麗にいろんな花が咲き誇っていますが」
「何かご不満でも?」
「ええ。花は詳しくはありませんが、見た事もないようなものまで含めて、いろんな花が一同に咲いている分、何だか季節感が感じられませんね。四季を経験した事のある日本人的考えかもしれませんが」
ミス・フェイスフルは、私に優しい眼差しを向けている。
「実は、私も同感です。全ての花々を、単に咲かせさえすれば良いという考えは、間違いです。そこに、何だか人為的なものが見え隠れして、却って興醒めしてしまいます」
「確かにそう思います。ここには人間の気持ち、ひいては、わび、さびなどが無視されているように思えます」
そう言った途端、
(しまった!)と思った。
「わび? さび?」
当然、彼女は聞き返してきた。
(やはり、この言葉は翻訳してくれなかったか。日本人ならば、なんとなく、その二ュアンスを感じとれるのだが。どうやら、翻訳機能を買いかぶり過ぎたな)
「そうですね、日本文化の特徴を表す時によく用いられる言葉で、風情と言うか、風流と言うか、趣があると言うか」
(頼むから、これぐらいは翻訳してくれ!)
「ああ、何となく理解できました」
彼女は二、三度頷いた。ホッとした。
そんな二人の傍らを、春一番が……ではなく、台風が通り過ぎようとしていた。ここには季節感は皆無でも、何故か台風だけは存在しているようだ。足元の、餌をつついていた平和のシンボルたちも、身の危険を察知してか一斉に飛び散って行く。
「いよっ! ご両人!」
やってきた台風の気配に顔を向けると、ショートカットで恐らく二十代前半の、どう見ても東洋人と思える女性が笑っている。
「昼間っからいちゃついて、良いご身分ですこと!」
「あら? ルミじゃない! もう、すぐからかうんだから」
(ルミ、と言うのか)
どうやら、ミス・フェイスフルの知り合いのようだ。言葉遣いから、仲の良さが窺える。
「ハハハ、ゴメンゴメン。ところで、こちらの男性はだあれ?」
と、ルミと呼ばれた娘は、私の方を一瞥した。
「彼はミスター・クロワといって、昨日、こちらに上ってこられたばかりなの」
「へえー、キミも日本人か! そうかそうか、で、黒輪さん……黒輪……さん……」
すでに顔が笑っている。昔から言われ続けてきたので、別に今更どうって事はない。
「クロワッサンだ!」
(ハイハイ、言うと思ったよ)
しかし延々と笑い続けている、初対面のくせして失礼な娘である。
「ところで、今日はハズバンドはどこ?」
と、ミス・フェイスフルが尋ねた。
「ハアハア、笑いすぎたわ。ん? 亭主ってか! あのね、シンシア! いつも言ってるように、あいつはさ、あくまでも下界の時の旦那で、ここでは私って完全なフリーなんだからね!」
まるで結婚履歴を前科みたいに言っている。
「そんな風に言ったら、ジョンが可哀そうよ。あなたの事をいつも探しているのに」
「本当に迷惑なんだからね! あのオヤジって!」
それにしても、すごい言われ方だ。ここまで言われる、そのジョンさんとやらの顔を一度見てみたい。
すると、遠くから男の声が。
「おーい、ハニー! どうして、僕から逃げるんだい?」
声の主が、走りながら近づいてきた。よく見ると、かなり年配のようだ。
(これが恐らくジョンさんだろう。とにかく噂をすれば何とやら、だ。それにしても、えらく年が離れているなあ)
「ほら、シンシアが余計な事を言うからさ、オヤジが現われてきたじゃん。じゃ、失礼するよ! クロワッサンも、またいつか、同じ日本人として積もる話もありそうだからね」
慌てているせいか、おかしな事を言いながら、ルミはこの場を文字通り風速数メートルで去って行った。一方、目の前まで来たジョンさんを見ると、六十はゆうに過ぎていそうな白人の紳士であり、激しく息を切らしている。彼は全力疾走で遠ざかるルミの背中に向かって、またもや叫んだ。
「ハニー、あの時キミは、僕に永遠の愛を誓ったはずじゃないか!」
「はあ? 何を寝ぼけてんのよ! 私が誓った愛はね、『死が二人を別つまで』なんだよ! だからさ、もう終わってる話! ホントにしつこいぞ、このストーカーオヤジ!」
遠くからでも、ルミの罵声がハッキリと聞こえてきた。
みるみる距離が離れてしまったが、それでも老紳士は、必死の形相で台風を追いかけて行った。
「本当に凄いでしょう? あのカップル」
台風一過、ミス・フェイスフルは、ため息混じりに言ってきた。
「ええ、ちょっと驚きました。それにしても、倍以上も年が離れた夫婦ですね」
「いえいえ、ルミはかなり以前にこちらに上ってきていて、ご主人のジョンの方は、つい最近こちらに来たばかりなんですよ」
一瞬何のことだかわからなかったが、すぐにその意味がわかった。
「そうか! こちらに来た段階で、年齢はストップするんでしたね。という事は、あのルミさんも、ああ見えて実年齢はかなりなものですね?」
「彼女がやってきたのは、どうやら三十年以上も前みたいです」
「さ、三十年! こっちに来てからそんなにも経っているんですか! そうすると、私よりは上になるんだ」
信じられないが……
「ミスター・クロワ。彼女の名誉のためにも、ここだけの話にしておいて下さいね」
「わかりました」
正直に私は答えた。
「こちらとしても、これ以上、天国の平和を乱したくないですから」
ミス・フェイスフルと別れて、私は帰路についた。
(後は、運を天に……と言っても、ここは天国だよな)
馬鹿な事を思いながらも……さて今から何をしようか。
(やはり、ここはカドに行って報告をすべきだろう)
案の定、カドでは根掘り葉掘り尋ねられたが、あまり細かい事を言う訳にもいかず、私は自分のペースで概略のみを説明した。もちろんママさんの顔には、大きく『不満!』と書かれていた。しかし、こればっかりは仕方がない。
その後、自宅までの帰り道にあった居酒屋で、ご当地に相応しい多国籍料理を食べて帰り、その夜は早目に床に着く事にした。夜更かしは得意な方だったが、どうも全てがあまりにも新鮮過ぎて疲れ切っているようだ。