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九死に一生を得る

 黄色。

 幸福、快活、安心、大胆。

 あるいは、薄幸、不潔、混迷、傲慢。

 人によって違った感じ方、違った意味があるだろう。


 俺が黄色からまっ先に思い浮かぶのは『幸福』だ。


 昔、母がまだ外を歩けた時のことだ。一緒に花を摘みに行ったことがある。

 その頃の俺は口数の少ない、おとなしい子どもで、父と母がよく話しかけてくれていた。

 なんとなく目に入った黄色の花――タンポポを摘み取り、母に手渡した。

 母は慈愛に満ちた表情でその花を受け取り、ありがとう、と一言。

 そんな母の笑顔を見て、俺はとても嬉しくなった。

 そのときの母の顔は今でも覚えている。


 では黄巾党にとってはなんなのか。

 

 以前、親父から聞いた話がある。

 かつての反乱の話だ。

 楊州ようしゅうで起こった小さな反乱があった。その旗の色は黄色。

 反乱の鎮圧のため、親父の軍は楊修に派遣されたが、騒ぎは大きくならず、ひと月もかからずに鎮圧された。

 反乱軍は農民で構成されていた。

 捕えた農民に動機を聞けば、返ってきた言葉は『開放』

 彼らはこの一言しか口にしなかった。

 恐怖も、後悔も、信念も無い、人間味のない表情で。

 気味が悪く、規模も小さかったことから、軍の重鎮たちは、邪教と断じてその反乱を処分した。

 この反乱のことを知っているのは、当時の軍人だけだろうと、親父が苦い顔をしながら言っていたのが印象的だった。


 これは何の確証も無い推測だが。

 この反乱と今回の黄巾党に関係があるのならば、黄巾党とは『開放』を掲げて立ち上がったのではないか。

 では、一体何からの『開放』なのだろうか――




第九話 九死に一生を得る


 


 

「ぼさっとんな!!」


 甲高い金属音。

 万修の叱責により我に返る。 


「ッ! 悪い!」


 万修が力任せに剣を弾く。

 その隙を狙って、社が無防備となった賊を切り捨てる。

 赤い血が目に映った。


「周囲の状況は!?」

「なんか左の方が押されてる気がするんだなー」

「右の方も危ないんだなー」


 張豊が剣を振りながら周囲の状況を尋ねる。どうやら、張豊班が配属されている右側の戦線が持たなくなってきているらしい。


 戦が始まってからどれくらいの時間が経っただろうか。

 自分の影の短さから判断すると、既に正午を回ろうとしていることがわかる。


「後退命令は!?」

「んなもんねぇよ! ――おらぁ!!」


 周りの班と協力し、賊を倒していく。

 だが物量で負けているため、訓練兵たちは苦戦を強いられていた。


「だ、誰かっ! うあああぁぁ!!」


 左にいた男が鍬で頭をかち割られ、即死。

 直後、武器を手放したその賊を李和が切りつけた。


「まずいッスよ! これっ!」

「李和君は季布班の援護にまわってくれ!」

「了解なんだなー」


 なんとかもたせてはいるが、限界が近いのは皆が分かっている。

 社もジリジリと追い詰められているのを実感する。


 そんな時だった。


 賊を切り伏せ、次の敵に目をやる。

 その敵はガリガリにやせ細っており、手に持った棒を振るうほどの力すら無いように見える。

 次の瞬間、その男と目が合った。

 目尻は垂れて、眼球の周りが窪んでいる。しかし、その瞳にはぎらりとした、猛獣を彷彿とさせる光が宿っていた。


 その眼光に社はひるんでしまった。

 他の皆はそれぞれの相手をしていて、こちらを見ていない。

 賊が棒を振り上げる。


「ぐっ!!」


 それが社の肩を打つ。

 思ったよりも威力があったため、社はよろめき、剣を落としてしまった。

 賊は素早く社の剣を拾い、追撃に出る。

 社は身体がすくんで動かない。


「いやああぁぁああぁ!!」


 男は奇声を上げ飛びかかる。


「ぅあ……」


 社に口からうめき声が漏れる。


 思考が働かない。

 男の動きが遅く見える。

 足が動かない。

 手が動かない。

 目が動かない。

  

 死ぬ。






 ――――チリン


 鈴の音。


「――ふっ」

「だああぁ!?」

 

 賊が悲鳴を上げ、前のめりに倒れた。

 社は何が起きたのかわからず、倒れた賊を見る。そこにあったのは背中に一文字の切傷。


「よく耐えた」


 顔を上げれば、そこには湾刀を携え、馬に跨った甘寧将軍がいた。

 社は気が抜け、その場にへたりこんでしまう。


「後は任せろ。――ゆくぞ!」

『おおおぉぉ!』


 手綱を引き馬を走らせる。後に続くのは正規兵の面々。

 社はあ然としてその姿を見送った。




「大丈夫かい! 子義君!」


 しばらくして張豊が駆けつける。


「張さん。一体、何が……?」

「将軍様たちが助けてくれたんだよ」


 ほら、と今も賊の討伐を行なっている正規兵たちの姿を指さす。

 張豊の話によると。正規兵が中央を突破し、賊を左右に分断。その後に挟み込み殲滅するという作戦だったらしい。


 社は大きく息を吐く。


「助かったぁ……」

「まだここは危険だからね。すぐに移動するよ」


 張豊が手を差し伸べる。

 社は手を掴み立とうとするが、足に力が入らなかった。


「すんません。立てないッス」

「ならおぶっていくよ」


 張豊におぶられ街に引き返していく。


『よく耐えた』


 甘寧将軍。

 凛々しいくも美しい顔立ち。薄紅色の柔らかそうな唇。スラリとした美脚――


「――あー糞ッ! 馬鹿か俺は! 死ね!」

「うわっ! 急にどうしたんだい!?」


 背中で急に頭を掻き毟る社。

 それに驚く張豊という戦が終わったばかりとは思えない和やか――疑問符がつくが――な雰囲気のまま街に帰っていった。


 その後、腰が抜けて歩けなかったと万修や李兄弟にいじられたのは言うまでもない。






 その日の夕方、死体の後片付けのため、兵士たちは駆り出された。

 戦場跡に戻ってきた社は、ある男の死体を見つけた。


 禿げて薄くなった頭に、醜く太った身体。昨日の、あの変態男である。

 仰向けに倒れ、大きな腹からは少し赤黒くなった内臓が飛び出ていた。目は見開いたままで、顔は砂や塵で汚れていた。


「うわ、きめぇ」


 社は嫌な顔をしつつ、その死体を引きずっていった。

 この男が何故街を襲おうと思ったのか、その理由を知る者は誰もいない。




 これより一週間後、生き残った訓練兵、百余名は荊州の黄巾党本隊との決戦のため、南陽に転属されることとなる。



 ヘタクソですみません。

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