初戦
第八話 初戦
地平線から太陽が昇る。
眼前に広がる黄色の軍勢。
足並みはバラバラで統率など全くない。
手には鍬を持っているものもいれば、ただの太い木の棒を持っているものもいる。鎧などを着ているのはごく少数で、大半はただの服を着ている。
はっきり言って装備は貧弱。
だが、六百という数にはこちらを威圧するだけの迫力があった。
「おいおい。すげー多くねぇかこれ……」
隣にいる万修が呟く。
その声で我に返った社は口を三日月の形にし、なんとか笑みの形をつくる。
「何だビビってんのか?」
「はっ! そういうお前こそ――」
万修が社の手を掴み上げる。
「ほら震えてんじゃねぇか」
ニヤニヤといやらしい笑を浮かべた。
それに不快感をあらわにした社は、舌打ちをしつつ手を振り払う。
「……悪いかよ」
「いや。当然の反応だろ」
「思ったより余裕そうなんだなー」
「なー」
社たちがいるのは街の外、正門の前に布陣している。
陣形はよくわからないが、中央に正規兵、右と左に訓練兵が配置されており、張豊班は右側に配置された。
早朝に敵襲を知らせる鐘が鳴り、叩き起こされた兵たちが武器や防具を渡され出撃を命じられた。
だが社たちに渡されたのは、藏の奥でホコリをかぶっていた鉄の剣。これはいい。
不満があるのは防具だ。
社に支給されたのは、普段街の警邏隊が使っている鉄製の胸当てのみ。
張さんは胸当てと小手。万修は小手のみ。李兄弟に至っては防具なし――大きさの合う防具が無かったと思われる――だ。
装備が足りないとのことで訓練兵の半分近くの装備は整っていない。
せめて上半身の装備ぐらい用意して欲しかったと思ったのは社だけではないはずだ。
「皆、静かに」
張豊が口に人差し指を当てこちらを注意する。
「聞け!」
凛とした声。
突然の大声にそちらを向けば、茶色い毛並みの立派な馬に跨った女性がいた。
後頭部にはお団子が一つ。V字に切りそろえた前髪。
その姿に見覚えがあった社は、小声で万修に聞く。
「どちらさん?」
「あ? 馬鹿かお前は。甘寧様だよ。甘寧将軍」
「将軍……だと……!?」
そんな馬鹿な、と。
どう見ても自分と同じぐらいの年齢ではないか。しかも女。孫権様と一緒に歩いていたあの女性が。
いやしかし、孫権様の隣にいることができるのだから偉いのは当然か、と納得し、もう一度甘寧将軍を見る。
堂々とした立ち振る舞い。細く鋭い目付き。その雰囲気からは、可愛さより凛々しさといった印象を受ける。
今まで見たことのある女性の中で、孫権様を除き、一二を争う美しさをもっていた。
社はその美しさに目を奪われたが、すぐに自分の思い人を思い出し、自己嫌悪に陥る。
「うわぁ……馬鹿! 俺の馬鹿!」
「黙れ」
社が頭を掻き毟り、孫権様以外の女性になんて視線を、と自らを苛む。
それを注意したのは万修。周囲の視線が痛くなってきからか、社の口を押さえ込む。
「話を聞け、馬鹿野郎」
と小声で促した。
その言を受け、社は居直る。
甘寧将軍の切れ長の目が賊共を捉える。
「これより我らはあの賊共を殲滅する!」
腰にある湾刀を抜き、その切っ先を賊に向けた。
「たかが六百! 我らにかかれば造作もない!」
知らず知らずのうちに、社は拳を握りこむ。
「全軍抜刀!!」
周りから金属同士が擦れる音が聞こえる。
それに続くように、社も剣を抜く。
甘寧将軍は深く息を吸い込み、辺りから音が消える。
自分の心臓の音が大きくなるっていくのがわかる。
「――突撃せよ!!」
『おおおおぉぉぉ!!』
将軍の号令に呼応して、兵士たちが一斉に怒号を上げ、駆け出した。
「おおおぉぉ!」
腹の底から声を出し、社もまた駆けていく。
手の震えは、止まっていた。