内情
第七話 内情
日が昇り始める。
城の会議の間には文官、武官が集められ、会議用の長い黒塗りの机を囲み腰掛けている。
「現在、こちらの兵力は四百。うち、訓練兵が半数を占めています」
「対して賊の兵力は六百近くであり、こちらに向け進行中であります」
武官の報告を聞いて、上座に座っている孫権はその端正な顔をゆがめる。
「撃退できるか?」
「……おそらく可能です」
その武官は一考すると眉を顰め、しかし、と言葉を続ける。
「訓練兵の大半を失うかもしれません。現在の調練では基礎体力の向上と木刀を使った集団演習ぐらいしか行なっておりませんので」
「最後の募兵から二週間ほどしか経っておりませんしな……」
「な、ならば籠城して援軍を待つべきではないでしょうか」
文官の一人が割り込み、部屋にいた全員の視線が集まる。
気が弱いのか視線を受け、一瞬固まり、鼻の頭に汗がにじむ。
そこに先程の武官が口を挟む。
「孫策様のおられる南陽まではかなりの距離がありますぞ」
文官は硬直から立ち直り、一旦手拭きで汗を拭う。
「それならば袁術様に援軍を求め――」
文官の言葉を遮るように、机を叩く硬質な音が響く。
その音に提案をした文官はびくりと体を震わせた。
「――それはできない」
机を叩いたのは孫権だった。顔を伏せていることから表情は伺えないが、その声からは重々しい雰囲気を感じる。
顔を上げるとそこには先程までの険しい表情はなく、悠然とした態度で文官を見つめる。
その深く青い瞳に文官は息を呑む。
「籠城をするということは、街の民を危険に晒すということだ。我々の役目は民を守ることではないのか」
「もっ、もも申し訳ありません!」
反射的に頭を下げ、孫権に謝罪をする。
その情けない姿を見つつ、孫権は内心自嘲する。
現在の荊州の太守である袁術は、母の死後にその地位を掠め取ったのだ。
そして姉である孫策は客将として袁術にいいように使われ、その他の呉の将兵は各地に散り散りにされたのである。
そんな状態で袁術に借りを作ってしまえば、姉にどんな無理難題を押し付けるかわかったものではない。
孫権は袁術に借りをつくるわけにはいかないと理解していた。
そして視線の先にいる文官は袁術から送られてきた監視役のようなものであるということも知っていた。
袁術に謀反の兆しありと報告されれば孫呉の独立が困難になってしまう。
民のためと口にはしたが、結局は孫呉のため、姉や仲間たちのためである。
すぐにその思考を振り払う。
「ここは私たちだけでなんとかする。――思春!」
「はっ!」
孫権の隣に控えていた女性――甘寧の名を呼ぶ。
「兵を率いて、野戦にて賊共を打ち破れ!」
「はっ!一命に変えましても!」
凛々しい声が響きわたる。
甘寧は身を翻し、武官たちに目を向ける。
「ゆくぞ」
たった一言、だがその声に弾かれるように武官たちは一斉に腰を上げる。
そして甘寧は武官を引き連れ会議の間を後にした。
その様子を見届けた孫権は席を立ち上がり、文官たちを見渡す。
「王渾は弓矢の手配を。高亮は念のため民の避難の準備を。道生は――」
そして孫権は文官たちに指示を出していく。
親友である思春の無事を祈って――