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はじめての警邏

「時間だぞ」


 木製の真新しい扉を開けて厳つい顔をした男――万修が入ってきた。

 街の正門とは逆の門の近くに新しく作られた詰所。そこに社たち五人はいた。


「準備はできてるね?」

「もちろん」

「いいんだなー」

「なー」


 装備の確認をし終え、張豊の声に皆が頷く。

 全員の腕には警邏隊がつける腕章のようなものが巻かれており、腰には軍で支給される刀剣がぶら下がっている。


「俺と張さん。万修と李尋と李和の組み合わせでいいんだっけ?」

「そうだよ。私たちは東側の赤い呉服屋まで、万修君たちは西側の大きなお屋敷までだ」


 社が確認するように張豊に聞き、張豊が細部まで丁寧に教えてくれる。

 頼りになるな、と張豊に尊敬の念を抱く。

 

 今日は初めての警邏である。

 訓練兵の各班は経験を積むためにこうして警邏の任務に回されるのだ。

 もちろん訓練兵だけでなく、元から居る警邏隊の面々は詰所に駐在して訓練兵の補助をしてくれる。

 だからといってこの警邏の仕事は楽なものではない。帯刀が許可されているということは、相応に危険なことがあるということだ。

 だというのに、皆尻込んだ様子はない。

 張豊と万修はいつも通り。李兄弟に至ってはどこか楽しんでいる節がある。

 肝が座っているのか、ただ単に馬鹿なのか。社には判断がつかなかった。


 そんなことを思っている社だが、実はこの警邏の仕事を楽しみにしていた。

 いつも同じような訓練内容に飽き飽きしていたのだ。

 孫権様という甘い蜜があっても、人間、同じことばかりでは退屈というものである。


 張豊が扉を開ける。


「じゃあ行こうか」




第六話 はじめての警邏




 ここはそれほど都会というわけではないが、やはり市場というのは活気がある。

 詰所から東側というのは服や靴などを売っている店が集中しており、治安はそれほど悪くない。

 警邏といってもほとんど観光みたいなものだと社は思っていた。


「こっち側もかなり賑やかッスね」

「そうだね。子義君はこっち側に来るのは初めてかい?」

「訓練ばっかで来る暇なかったんスよ」


 社は苦笑を浮かべる。

 こっちに来てから街の中をゆっくりと見て回る暇が無かったのだ。

 薪を売りに来ていた時は、人がいる正門付近をうろつくだけだったし。


「そっか。なら今日は仕事だけどゆっくり見ていくといいよ」


 事件が起こらなければね、と付け加える。稚気のある笑顔を見せる張豊。

 それに釣られるように社の顔も綻ぶ。


「はい!」




 少しの間だったが、市場でいろいろな物を見ることができた。

 服に興味はない方だったが、こうして見るのは楽しかったと社は張豊にお礼を言う。


「それにしても何もなくってよかったッスね」

「はは。油断はいけないよ。今は黄巾党なんていうのがいるらしいからね」

「あぁ……なんか聞き覚えがあります」


 黄巾党。大陸中で暴れている賊だと聞いたことがある。

 噂によると何かしら黄色い物を身に付けているらしい。

 怖いッスねぇ、と張豊と話していて、ふと小さな路地を見ると見覚えのある後ろ姿が目に入った。


「げっ!」


 顔が引きつり、思わず声が出る。


「ん?どうしたんだい?」


 張豊が何事かと社の視線の先を見ると、そこにあったのは太った男の後ろ姿だった。

 男の体が大きくて見づらいが、その向こう側に人がいるのがわかる。


「……もしかして人さらいか?」


 張豊が顔を引き締め、耳元で囁く。

 それに対して社はわからないといった風に首を横に振る。


「行ってみよう」


 帯刀している剣に手をかけ張豊が歩き出し、社も後に続く。







「何をしている!」


 いつもの張豊らしからぬ強い口調で、太った男に言い放った。

 それに対して肩をびくりと震わせて、男が顔だけをこちらに向けた。

 社はその顔を見て確信した。


「お前……!」

「あ、あぁ? ――おや、いつかの少年じゃないか!」


 その男は社を見るとその分厚い唇を三日月のように歪め、さも知り合いでもあるかのように振舞った。

 知り合いかい、と張豊が社に問う。


「違いますよ。ただのホモ……商売客だっただけで、一度しか会ったことがありません」


 この男は孫権様を初めて見たあの日の商売相手だった男だ。

 尤も、この男は薪になんて興味はなかったが。

 

 男の目の前には泣きじゃくる少年がいた。年の頃は十といったところか。

 その姿が村にいた小さな子供と重なり、社の表情に嫌悪の情が浮かぶ。

 張豊は男を睨みつけ口を開いた。


「……その子に何をする気だ」

「ち、ちちち違うんだよ! ちょっと遊んであげようとしたら急に泣き出しちゃって――」


 男の禿げ散らかした額からは、流れるように汗が吹き出していた。

 以前社に話しかけてきたときのことを考えれば、ほぼ有罪とみて間違いないだろう。

 張豊に対して、必死に弁解するする醜い男を脇から見ていた社は、拳を握り締め、張豊の前に出る。


「であるから私は――」

「おいジジイ……」

「――おぉ! 少年からも言ってくれ!」


 話の途中で割って入ってきた社に助けを求める男。

 それを気にも留めず、社は男に向けて歩きだした。


「てめぇ……こんな子供になにしてンだ」

「は……あっ?」

 

 怒りを含んだ声で男に言う。

 困惑する男に社はさらに近寄る。

 男の前で立ち止まり、体を捻る。


 そして――


「気持ちわりぃンだよテメェ!!」


 その拳を男の脂肪で膨れた頬に突き刺す。

 右の拳で殴られ、そのまぬけ面が衝撃でひしゃげる。殴られた勢いで男は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 腕をだらんと下げ、軽く息を吐く社に張豊は声をかけるのを少しためらった。


「…………子義君?」

「――大丈夫ッス。手加減はしましたから」 

「そ、そうかい……」


 男は死んでいるかのように動かないが、殴った本人が手加減したと言ったから大丈夫だろうと思い込むことにして、張豊は子供のもとに駆け寄った。

 

 社は右手がヒリヒリするのを感じつつ、その様子を呆然と眺めていた。

 初めて人を殴ったのだが、ここまで自分の力が強いのは何故かと考える。

 張豊に言ったように、手加減したはずなのだがこの有様である。

 親父の時もそうだったが、普通の人間が出せる力を超えている気がするのだ。自分の基準で、だが。

 

「子義君」

「――あっ、はい」


 思ったよりも深く思考していた社は、張豊に話しかけられ、慌てて返事を返す。


「どうやら近所の子供みたいでね。一人で家に帰れるみたいだよ」

「よかったッスね」


 張豊は少年を人通りの多いところまで連れていく。

 その間に、この男をどうしようかとそっちを見てみる。


「……あれ?」


 そこに男の姿はなかった。







「あの餓鬼ぃ……!」


 太った男は逃げるように街を出て、荒野の中を歩いていた。その顔は憤怒によって醜く歪んでいた。先程までの気弱そうな雰囲気は欠片もない。

 どうやってあの少年に仕返しをしようかと頭を悩ませていると、そこに一人の男が駆け寄ってきた。

 成人男性にしては小さい体つきをしていて、頭には黄色い布を巻いている。


「親方!」


 息を切らしながら言う。

 それを見て親方と呼ばれた太った男は口角を釣り上げる。懐に手を入れ、黄色い布を取り出す。


「――蒼天已死 黄天當立!」


 布を頭に巻きつける。獰猛な笑みを浮かべ、小男に向けて言い放つ。


「戦だ! 支度をさせろ!!」



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