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訓練兵の日常



第五話 訓練兵の日常




 砂埃が舞い、雄叫びと共に切りかかってくる兵士の攻撃を受ける。

 目の前の兵士は舌打ちをしつつ剣を引き、ニ撃目を繰り出そうと腕を振るう。

 大振りになったその隙を好機と見るや、一気に相手の懐に飛び込んだ。

 兵士の顔が驚愕に染まる。

 そしてがら空きの胴目掛けて木剣を振るうが――

 

 銅鑼の音が周囲に響く。その音が聞こえ、社は剣を収める。目の前の相手はほっとしたように息を吐く。


「そこまで! 隊ごとに整列、点呼!!」


 訓練官の号令で整列し、各隊の隊長が点呼をとって報告する。


「――よし。本日の訓練を終了する! 解散!!」


 その声と共に周囲がざわつきだす。

 士官してからニ週間が経つ。訓練の日々が続いていて、この生活にも少し慣れてきたところだ。

 流れる汗を袖で拭っていると、ひとりの男性が話しかけてきた。


「ふぅ。お疲れさま」

「お疲れッス」


 男の名は張豊ちょうほう。我ら張豊班の班長である。

 坊主頭で温厚そうな顔つきをしていて、背は社よりもかなり高く、体格はやや細め。特徴がないのが特徴といった、こう言ってはなんだが平凡な男である。


「流石に体に応えるよ。子義君ぐらいの年齢ならまだまだ余裕そうだね」

「いやいや。張さんまだ三十じゃないッスか」

「三十にもなるときついよ。子義君も時がくればわかる」


 やれやれと言った風に話す張豊に対し苦笑する。


「そういえばさっきの――」

「おい。いつまで話してるんだ」


 後ろを振り向けば万修ばんしゅうが立っていた。

 背は張豊と同じくらいでガッチリとした体つきをしている。髪は短く逆立っており、常に眉間に皺を寄せている。

 同じ班の班員である彼に、社は茶目っ気のある笑みを浮かべる。


「いいじゃん。少しぐらいさぁ」

「すまないね万修君」

「さっさと行くぞ。飯がなくなっちまう」


 社と、困った風に笑う張豊を尻目に、二人の間を抜けて歩いていく万修。

 この状況を見ていると万修の方が班長らしく見えてしまう。


「じゃあ行こうか」


 問いかけてくる張豊に頷き、その後ろに続いて兵舎に帰っていく。





 

 兵舎で着替えた後に、三人で食堂に向かう。

 そして飯を食べるときの定位置に行くと、既に二人の男が座っていた。


「なんだもう来てたのか」

「遅いんだなー」

「なー」


 万修に問いを返したのは、同じ顔つきをした李尋りじん李和りわだった。

 全体的に丸い肉付きをしており、目は糸のように細い。髪の毛を後頭部で結っているので、現代人ならばお相撲さんを連想してしまうだろう。


「お腹がすいたんだなー」

「なー」

「悪かったって」


 社は軽い謝罪を口にする。

 この二人、見た目通り双子なのだ。二週間ほど同じ班で行動しているが、こうして並んでいると、どっちがどっちかわからない。

 この食堂では、班員全員が揃わなければ食事をすることができないようになっているのだ。

 集団行動を身につけるために、と仕官したその日に説明を受けた。

 

「じゃあご飯にしようか」


 張豊の言葉に従い、班員全員が厨房のおばちゃんのもとに行く。

 そして皆で食事をする。


「万修は魚が苦手だったなー」

「僕たちが食べてあげるんだなー」

「馬鹿野郎! 誰もそんなこといってねェだろうが!」

「漬物もらうぜ」

「てめぇも調子に乗んな!!」

「はは。落ち着いて食べようよ」


 硬派に見える万修だが、李兄弟と社にからかわれると見る影もない。

 それを笑ってたしなめようとする張豊というのが、ここニ週間での当たり前の食事風景となっていた。





「ごちそうさん! 先行くぜ」


 飯を平らげ、急いで食器を片付ける。


「早めに戻ってくるんだよ」

「あいよ!」


 張豊の言葉に頷くと社は食器を片付け、ある場所に向かう。




 


 社がやってきたのは訓練場の端の木の上だった。ここからは城と城とを繋ぐ渡り廊下が見えるのだ。

 日が沈みかけ微かに月が見える。その時だった。


「――来た!」

 

 社のその声には喜びの感情が浮き出ていた。

 視線の先には渡り廊下。そしてそこには二人の女性がいた。

 黒い髪の毛を後ろでお団子にし、前髪はV字に切りそろえられられている。首には黒いスカーフを巻き、見える――何がとは言わないが――のではないかというぐらいに丈の短い赤い服を着ている女性。

 もう一方は社が待ち望んでいた片思いの相手。桃色の長髪を揺らし、隣の女性と楽しそうに会話をしている。


「孫権様」


 社は顔を赤く染めながら、思い人の名前を呟く。


 五日前に防具の片付けをしていた時に、この時間まで訓練場に残っていたらたまたま見かけたのだ。

 おそらく仕事が終わる時間帯なのだろうと予測した社は次の日もこの時間まで残って確かめた。その予測は当たり、その日も廊下を通る孫権様の姿を見ることができた。

 それ以来、食後にこうして孫権様を眺めに来ているのだ。

 しかし、渡り廊下といってもその長さは大して長くはなく、すぐにその姿は見えなくなった。


 熱い吐息を吐く。全身から力が抜け、太い枝に体重を預ける。

 しばらく目をつぶって、今見た光景を思い返し、社の顔がにやける。


「――よっしゃ!」


 目を開け、木から飛び降りると、急ぎ足で兵舎に帰っていった。

張豊:坊主頭で温厚そうな顔つき。背は社よりもかなり高く、体格はやや細め。優しいおじさんといった雰囲気。常に皆のことを気にかける。


万修:背は張豊と同じくらい。ガッチリとした体つきをしている。髪は短く逆立っており、常に眉間に皺を寄せている。本人は硬派を気取っているが李兄弟と社の前では形無し。


李尋:背は社と同じくらいで太っている。目は細い。休日のお相撲さんみたいな髪の毛をしている


李和:上に同じ。

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