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些細な出来事




第四話 些細な出来事




 黒天を切り裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御使いを乗せ、乱世を鎮静す。


「――胡散くせぇ」


 街で流れている噂の不審さに、思わず声が漏れる。

 社がいるのは、孫権様と運命の出会いを果たした街の饅頭屋。その店の長椅子に座り、饅頭を頬張っていた。


「世界を救うよりも、我が家の家計事情を助けてくれっての」

「はは。なかなか厳しいことを言いますな」

「……まだ居たんスか」


 うんざりした顔をしつつ、いつの間にか隣に座っていた女性に目をやる。

 鮮麗な青い髪の一部を後ろで細いおさげにし、白く丈の短い服を着ている。大きく開いた胸元からは大きな饅頭が二つ。

 そこに自分の目が吸い寄せられていることに気づいた社は、少し赤くなった顔を隠すように素早く視線を外す。

 その様子に女性は目を細めにやりと微笑む。


「なんだかんだ言いつつも、このような美人に言い寄られて悪い気はしていないようですな」

「うるせぇな……」

 

 この女性の名は趙雲。かの有名な常山の昇り龍、趙雲子龍である。

 先ほど賊に襲われているところを助けてもらったのだ。

 その感謝のしるしとして食事をご馳走し、ついさっき別れたのだが――


「そう照れなさるな。子義殿の年頃ならば当然の反応なのですから」


 なぜか、まだここにいるのだ。


「あの……なんでまだいるんスかね?」


 社なりに命の恩人にできるだけ丁寧な口調で話そうとしているのだが、このようにおちょくってくるので素の口調が滲み出てきてしまっている。


「連れの者とここで待ち合わせをしているのを思い出しまして。まだ時間があるので暇なのですよ」


 ちょうどいいのが、と社の所に戻って来たというわけらしい。いい迷惑である。


「そういえば子義殿は士官のためにこちらに来たのでしたな」

「……そうですけど」

「ふむ。腕に覚えがある……という訳では無いようですな」

「見ただけでわかるんですか?」

「それはもう」


 色々と、とお茶を飲みながらこちらを流し目で見る。

 趙雲ほどの武人ともなると、見ただけで相手の力量がわかるらしい。


「となると、やはり金銭が目的でありますか?」

「…………そうですけど」

 

 正直に孫権様に会うためと言おうか迷ったが、趙雲のことだ。とんでもない辱しめを受けるに違いない。

 しかしその僅かな迷いに気づいたのか、趙雲は目を細める。


「もしや女ですかな」

「――ッ!」

 

 どきりと心臓が跳ね、持っていた饅頭を落としそうになる。

 なんて察しがいいのだ、この女は。


「ほぅ。当てずっぽうでしたが。ふふ、これは面白い。女の尻を追いかけてというわけですか」

「違いますよ!」


 社は否定したのだが、勝手に趙雲は納得してしまったようでくすくすと忍び笑いをする。


「おかしなことではありますまい」

「だから違うっつってンだろ!」


 思わず素の口調になってしまうが、そんなことを気にしている余裕はない。

 社が声を荒らげているのを気にも止めず、趙雲は言葉を続ける。


「いやいや。先程も言いましたが、そういう年頃なのですから。堂々としていればいいのです」

「……うるせー」


 返答が投げやりになってしまったが仕方ない。

 この人と話していると疲れるということを思い知った社は、体ごと趙雲の逆を向いて座る。


「少々悪ふざけがすぎましたな」


 少しも悪びれた様子のない趙雲は、残った茶を喉に流し込み、立ち上がる。


「連れが来たようなのでこれで失礼させてもらいましょうかな」


 社は趙雲の方を見る。


「では、縁があればまた会いましょう」

「……できれば二度と会いたくないッスよ」


 ひらひらと手を振りながら饅頭屋を後にする趙雲。

 遠くにいた二人の少女と合流すると、その足で街の門へ歩いていった。


「はぁ」


 ため息が漏れる。まだ士官もしていないのに疲労感が半端ない。

 残った饅頭をゆっくりと食べ終えた社は、店主のオヤジに声をかける。


「オヤジー。お勘定」 

「はいよ。饅頭四つにお茶が二杯だね」

「……ぇ?」


 確か頼んだのは饅頭三つと茶が一杯だったはずだが、と社は店主の間違いを指摘したのだが――


「おいおい。さっきのねーちゃんの分も含めてだよ」


 さも当然のように言う店主に、空いた口が塞がらない。

 助けてもらった礼は既にしたはずなのに、まさか今の分も払わせるとは。


「あッ、あのクソ野郎ッ!!」


 趙雲を追いかけようと勢いよく立ち上がるが、店主に肩を掴まれる。


「お客さん。お勘定」


 結局すべての金を支払った社は重い足取りのまま城に向かって歩いていった。


「うぅ……覚えとけよ趙雲」


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