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将軍

 遅くなってしまいました。今まで読みに来てくださっていた方、申し訳ありません。


「失礼します」


 将軍様たちがいる天幕。その警護に当たっている親衛隊所属の兵士二名に黄寛隊長が声をかけた。

 隊長に引けを取らない体格を持つその兵士たちは、自身の背丈よりも更に長い槍を持ちながら一歩前に出る。


「何用か」


 強面で筋骨隆々――と非常におっかない見た目なのだが、俺たち一般兵のような荒々しさを微塵も感じさせない理性的な対応だった。

 隊長は奥することなく丁寧な口調で続ける。


「黄寛隊隊長、黄寛であります。将軍様の命に従い、万修、太史慈の両名を連れて参りました」


 普段とは違う真面目な態度に緊張が高まる。

 兵士たちは二人で何事か言葉を交わし、


「通せ」


 と、素っ気なく言って道を開けた。

 兵士の言葉に隊長は軽く頭を下げると、後ろにいる俺たちの方を向いた。そこにはさっきまでのにこやかな笑みではなく、真剣そのものの部隊長の顔があった。


「ここからはお前たちだけだ。……しっかりやれよ」

 

 そう俺たちの胸を小突いて来た道を引き返していった。「しっかりやれ」とはなんのことだろうか。


「……なぁ万修」


 隊長の態度を見てただ事ではないと感じた俺は、これからどうするのかを万修に聞こうとしたのだが、


「行くぞ」

「お、おい!」


 制止の声に耳を傾けることなく、万修は歩みを進めた。


「あー……」


 遠くなる万修の背を見ながら、どうしたらいいか逡巡するが、


「早く行け」

「ひっ……!」  


 背後から強面の兵士が急き立てるので、俺は飛ぶように天幕へと向かった。――嫌々ながら。

 



第二十話 将軍





「万修、太史慈の両名を連れて参りました」


 親衛隊の兵士が天幕に向けて言葉を掛けた。


「通せ」


 すると天幕の中から女性の声が返ってきた。兵士は声に従い天幕の入口を開け、俺たちに入るように促す。

 それに従い万修は堂々と天幕に足を踏み入れ、俺も恐る恐る後に続く。


「失礼します。万修、ただいま参上致しました」

「同じく太史慈、参上し……い、致しました」

 

 万修の言に習い挨拶をするが、いつものような言葉遣いになりそうになりあわてて修正。なんとかボロを出さずに済んだと信じたい。

 天幕に入ってまず目についたのは上質な木材でできた黒塗りの机――おそらく執務用なのだろう――だった。周りには大変高そうな武具が立てかけてあり、俺たちの天幕と違って豪華な内装だ。


「来たか」


 再びの女性の声に我に帰る。声の元に目を向ければ、そこには見覚えのある――いや、忘れようのない人物がいた。


「甘寧将軍……?」


 そこにいたのは命の恩人であり、ここにいないはずの甘寧将軍がいた。南陽を発った時にはいなかったはずなのにどうして、と不思議に思うが発言が許可されていないので聞くことはできない。

 甘寧将軍は椅子に腰掛けて武器の手入れをしていたが、作業を切り上げ、その切れ長の目が俺を捉える。 


「貴様が太史慈か? 思ったより華奢だな」


 まぁいい、と立ち上がり、机の上に置いてあった鞘を手に取り、キンッと金属音を響かせながら剣を納めた。


「ん?」


 その瞬間、視界の隅を影がよぎった……気がした。将軍の机の脇から何か飛び出した気がして、わき目でその方向を見るが何もない。

 

 ――気のせいか?


 影の正体を虫か何かだと思うことにして将軍に目を戻す。

 甘寧将軍は執務用の机を迂回して、ゆっくりと俺たちの方へ向かって来る。


「さて」


 甘寧将軍が口を開いた途端、首がざわつくような違和感を覚えた。



 ――今度は気のせいじゃない……!



 将軍が目の前にいるのも忘れて反射的に背後を向くと、そこには――


「ふ、筆?」


 そこには筆を突きつける女の子の姿があった。


「――どうだ、明命?」


 甘寧将軍が俺たちの背後にいる女の子に話しかけたのだろう。女の子は腕を下ろすと、床に届きそうなくらいに長い黒髪を揺らしながら俺たちの間を抜け、将軍の元へ歩いていく。


「気配には敏感ですし、反応も悪くありません。問題は無いと思います」


 女の子は将軍の脇に立つと、クリクリとした猫のような瞳に俺たちを映す。

 幼い顔立ち。身長はたぶん俺の肩ぐらいで、間違いなく子供と言える年齢だろう。しかしその顔を見て、これまで黙りこくっていた万修がおずおずと声を発した。


「もしかして……しゅ、周泰しゅうたい将軍・・であられますか……?」

「んあ?」

「はいっ。よくご存知なのですね」


 万修の恐る恐るといった態度に反して、女の子は太陽のような笑顔で答える。


「……ちょっと待て」


 俺は気持ちを落ち着け、万修の言葉を反芻はんすうする。

 確か「しゅうたいしょうぐん」と言ったな。周泰……しょうぐん……ショーグン……ショウグン……将軍……!?


「将軍だあァ!?」

「はいっ」  


 甘寧将軍と同じ階級!? この女の子が!?

 甘寧将軍でさえ若すぎると思っていたのに、もっと若いのがいたなんて。


「なんだ……それ……」


 自分よりも年下の女の子が雲の上の人物だという事実に、一般兵の自分が惨めに思えてきた。

 足元が揺らぐような衝撃に頭を抱えるが――


「黙れ」


 一言。鈴のように澄んだ声が鼓膜を揺らした。

 それに顔を上げる。


「ひっ……!」


 目の前には切っ先――湾刀が突きつけられていた。その延長線上に甘寧将軍を視認した途端、一気に血の気が引いていくのがわかった。

 

「言わなくてもわかるな?」


 甘寧将軍の刃のように冷たい言葉。

 不意の出来事に頭が追いつかないが、頷かなければ死ぬ。そう直感した俺は必死に頭を縦に振る。


「――今回は警告だけにしておいてやる」


 そう言って甘寧将軍はゆっくりと剣を引いた。

 ガクガクと膝が笑い、力が抜けそうになるが踏ん張って耐える。

 今のは俺の発言が無礼にあたったのだ。そして将軍は暗に「次は無い」と言った。つまり、これ以上粗相をするわけにはいかない。

 将軍は生まれたての子馬状態の俺を意にも介さず、


「本題に入るぞ」


 と、剣を鞘に戻して話を続ける。 


「我々は敵拠点内部への潜入任務を任された。そして――」


 将軍は一瞬眉を顰めるが、すぐに元の仏頂面に戻る。   


「その潜入部隊に抜擢されたのが貴様らというわけだ」


 そして淡々と語る。


「決行は今夜。日没と同時に行動を開始する。配属については――」


 万修を指差し、


「貴様は周泰の部隊へ」

「はっ!」


 万修が返事をする。それを確認すると、続いて俺を指差し、


「貴様は私の所だ」

「はい!」


 俺は足の力を緩めないよう注意しながら、違和感の無いように声をひり出す。

 そして最後に、

 

「何か質問は?」


 こう締めくくって甘寧将軍の話が終わった。 

 話の内容を吟味する間もなく万修が手を挙げると、将軍は顎をしゃくることで発言の許可を与えた。


「任務の詳細について、ご説明いただけないでしょうか?」


 そういえば内容については触れていなかったな、と万修が言葉にしてから気付く。

 甘寧将軍は辺りを見回し、少し間を置いてから口を開。


「――敵拠点の食糧庫に火を放つ。詳細については決行前に部隊全員で確認する」

「了解しました。それと、最後に…………」


 万修が何かを言いかけて止める。


「……何だ」


 万修の沈黙に甘寧将軍は怪訝そうな視線を向けながら腕を組んだ。

 ほんの少しの沈黙の後、


「――いえ、全力で職務を全う致します!」


 万修の突然の大音声だいおんじょう

 甘寧将軍は目を丸くするが、持ち前の冷静さですぐに持ち直すと、


「期待しているぞ」


 と、万修とは対照的に抑揚のない声で言った後、


「他には無いな。――太史慈」 


 将軍の目が俺に向けられる。 


「一刻後、再びここに来い。遅れるなよ」

「はい!」


 甘寧将軍は俺の返事を確認すると、周泰将軍に視線を送った。

 周泰将軍は小さく頷くと、微笑みながらその小さな口を開いた。 


「万修さんも同じく一刻後にこちらに来てください。遅刻は厳禁、ですよっ」

「はっ!」


 周泰将軍の年相応の笑みからは「将軍」というのが嘘のように感じられるが、現に指示を出しているので信じざるを得ない。だけどちゃんと指揮できるのか心配だ。

 俺が周泰将軍に意識を巡らせていると、甘寧将軍のわざとらしい小さな咳が耳に入った。それに気付き、冷や汗をかきながらピンと背筋を伸ばす。そして来るであろう叱責に備えるが――


「集合まで充分に休養を取れ。以上だ」


 行け、と変わらずの仏頂面で指示し、執務用の机に向かって行った。

 ……どうやら俺の無礼は見逃してくれるらしい。安堵の息が漏れそうになるが、今は我慢。

 その後ろ姿に一礼し、俺たちは天幕を後にした。






 



「万修」

「なんだ」


 将軍の天幕から十分な距離をとってから、気になっていたことを万修に訊ねる。 


「なんでそんなにやる気なんだよ――って、なんだその顔」


 さっきから万修の足取りは踊るように軽やかで、漲るようような活力に満ちているのだ。……誇張しすぎかもしれないが、とにかく普段よりも浮ついているのは確実で、非常に気色悪い。  

 俺の問いに、万修はまるで犬のションベンでも掛けられたみたいな不快感を詰め込んだ表情を向けてきた。そして出てきた言葉は、


「馬鹿か、お前」


 と、実に単純な言葉だった。


「あ? お前よりは頭いいつもりだぜ」


 読み書きはできないけどな、と付け加えると、万修は大仰に溜め息を吐いた。


「ンだよ」

「なんでもねぇよ。……潜入部隊の選抜基準って知ってるか?」


 万修は藪から棒にそんなことを聞いてきた。


「そりゃあ……こそこそ動くのが得意なヤツなんじゃねぇの」

「もちろん隠密行動は必須条件だ。でもよ、それじゃあ俺たちが選ばれる理由にはならないだろ?」

「…………確かにそうだな」


 俺たちがそういった任務を任されたことなんて一度も無いし、そういう能力を見せつけたことも無かった。


「頭がいいってのもあるだろうけど、それだとお前が選ばれない」

「お前だって似たようなモンだろ」


 俺よりちょっとだけ読み書きできるだけでそんなに変わらないだろうが。

 万修は俺の敵意をしれっと受け流し、続ける。


「特殊な能力も、頭も無い。――ときたら後は何が残ってる?」

「腕っ節の強さだろ」


 頭も能力も無いとなったら残ってるのは一つだけだろう。簡単な質問だと思い、万修の問いに即答するが、


「……惜しい。正しくは身体能力の高さだ」


 違ったらしい。……ちょっとだけ顔が熱くなる。身体能力というと、足の速さとか跳躍力とかも入るのか。


「選抜基準は隠密性、判断力。そして身体能力の高さ。他にも細かいのは有るだろうけど、大まかに分けるとこんなもんだろ」

「……………おい、一個しか当てはまんないぞ」

 

 辛うじて「身体能力が高い」のところに当てはまるだろうけど、他の要素は欠片もないだろう。 


「そうだな。だから俺はこう考えた」


 すると万修はしたり顔で言った。


「俺たちに経験と功績を積ませようとしてるんじゃないかってな」

「なんだそりゃ」


 俺が「意味わかんねぇ」と言うと、万修はやれやれといった風に頭を振ると、


「俺たちに『期待』してんだよ。つまり、出世街道に乗ったってことだ」

「期待?」


 合同訓練の時か、と考えるが、俺たち以上の成績の班はたくさんいたはずだ。「なんで俺たちが選ばれたのか」の答えにはなっていないんじゃないか、と思考を巡らせていると、万修は不敵な笑みを浮かべ、滾る気持ちを抑えるように胸を抑えながら言った。


「俺はやるぜ。上手くやれば将軍に上り詰めるのだって夢じゃねぇ」


 その言葉には有無を言わせない重みがあった。俺が考えついた反論なんて全部無意味だと思えるほどの重み――覚悟と言った方が正しいのかもしれない。 

 俺は思わず足を止めてしまった。

 

「――早く行くぞ。準備はしっかりやんねぇと」


 先程の浮ついた感じは消え、しっかりとした足取りで歩き続ける万修。







「将軍だって夢じゃない……」

 

 万修の言葉のどこまでが本当なのかはわからないが――


「なれるのか、俺が……?」


 将軍になれば、甘寧将軍のように孫権様の隣に立てる。

 このちっぽけな手でつかみ取れるのだろうか。

 その地位を。

 その権利を。

 孫権様を――――


「……うわぁ~~~~!」


 胸の奥から沸き立つ何かが全身を駆け巡る。嬉しいような、恥ずかしいような何かが。そのむず痒さを抑えるべく地面を転げまわる。 




 しばらくして衝動の波が引くと、体の芯に溜まった熱を吐き出すように深呼吸を繰り返す。そして――


「やってやる……!」


 確かめるように決意を言葉にする。


「将軍になってやるぞッ……!!」 


 そのためにはまず、目の前の任務に全力であたらなければ。

 決意を新たに俺は立ち上がり、天幕へと駆ける。

 

 違うんです。リアルが悪いんです。忙しさのあまり更新が遅れてしまい、すみません。こういうことが何度もあると思いますが、読んでくれると嬉しいです。尚、急いで書いたので変なところが多々あると思いますので、指摘があれば言ってください。

 見るたびに評価やお気に入り登録が増えてて感激です! 皆さんのためにも頑張ります!

 

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