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憂い

評価が増えまくってて嬉し恥ずかしい!

ありがとうございます!

 黄蓋の指揮によって黄巾党の前線は崩れかかっていた。

 そこへ孫策の部隊が合流したことで、この戦に終わりが訪れようとしていた。


「やってられるかァ!」


 武器を捨て、逃げ去る黄巾党の男。

 この男の行動を口火に、劣勢だった黄巾党員は蜘蛛の子を散らすように逃亡を開始したのだ。

 一目散に陣を目指す者、少しでも遠くに逃げようと荒野へ駆ける者。

 散り散りに逃げる黄巾党を、陣に追い込むように呉の軍勢が素早く包囲、誘導していく。

 中央を孫策と黄蓋が、左翼を周瑜が、右翼を陸孫が率い、付かず離れずの距離を保ちながら追い立てる。


 誘導されているのも知らずに、されるがままに先頭集団が陣に逃げ込んだ。


「頃合か……」


 左翼後方、周喩の呟き。

 敵陣は木柵で囲まれており、造りは頑丈で短時間で壊せるものではない。

 木柵の間から抜け出せるのではないかとも考えられるが、それ程大きな隙間ではない。出れるのは小さな子供ぐらいだろう。出入口はひとつだけ。

 何も問題はない、と周喩が敵陣の分析を終わらせ、副官に指令を出す。


「合図を出せ!」

「はっ!」


 銅鑼の音が一つ。右翼への伝達のためだ。

 左翼、右翼の両方が足を止め、一斉に弓を取り出し、矢の先端に油を染み込ませた布を巻きつける。 

 時を同じくして、松明を掲げた数十人の兵士たちが両翼の後方から飛び出した。後ろから前へと駆け、兵士たちの矢に火を灯していく。


「構えッ!」


 周喩の号令と共に銅鑼が二度鳴る。

 銅鑼の音に導かれ、両翼の全ての兵士たちが弦を引き絞る。

 そして――


「発射ッ!!」


 一際大きな銅鑼の音。

 一斉に放たれた火矢は、幾百もの流星となって敵陣へと降り注ぐ。


「ひっ!? 火矢だぁー! 火矢が飛んできたぞッ!」

「誰か! 誰か消化しろ!!」

「だっ駄目だッ! 数が多過ぎる!」

 

 満遍なく降り注いだそれは風に煽られ、またたく間に敵陣を火の海へと変貌させた。

 

「おー。命中命中~」


 右翼後方、陸孫の能天気な声。

 戦場に似つかわしくない人懐っこい笑顔を浮かべ、敵陣を眺める。


「いい感じに燃え広がってくれますねぇ~。賊さんたちの慌てふためく様子がよーく見えますよぉ」

「あの、陸孫様」

「はい~?」

 

 副官の男が指示を仰ぐべく、陸孫に話しかける。

 陸孫がその愛らしい笑顔を副官に向けると、副官は赤面し狼狽した。

 狼狽したが、責務を果たさねばという義務感で即座に立ち直った彼は、目的を果たすべく緊張しながらも口を開く。

 

「あ、その……孫策様が突撃されていますが、我々はどうすればよ、よろしいでしょうか?」 


 前線部隊に目を向ければ、敵陣から逃げ出そうとする黄巾党を片っ端から切り伏せる孫策とその指揮下の兵士たち。

 黄巾党に戦意はなく、それは一方的な殲滅戦だった。

 抵抗しない黄巾党を殲滅するのに、これ以上の兵士は必要ないと判断した陸孫が口を開く。 


「やることもないですしね~。現状維持で待機します~」




 

第十六話 憂い




 陽が沈みかけ、辺が薄暗くなった頃。

 焼け野原となった陣の跡地で、千余りの兵士たちが戦の処理に従事していた。 


「こいつで最後だな」


 万修が死体を引きずりながら歩いてくる。

 冷えた汗を拭いつつも、それほど深くない穴――十人程度なら入る――に死体を投げ入れた。 


「よし。埋葬しようか」


 張豊の指示に従い、土を盛っていく。

 戦で特に出番の無かった後衛の兵士たちは、陸孫様の指示に従い戦の後始末をすることとなった。

 主な仕事は、死体処理のために穴を掘って埋めること。陣の撤去。それと周辺の搜索。

 搜索については見回り程度で十分だと言われている。残党がいないかどうかの確認のためだが、あれだけ徹底的に攻めたのだ。逃げ延びた者などいないだろう、と社は推測する。


 完全に穴が埋まると、張豊は報告のため黄寛隊長の元へ駆け、万修と李兄弟は今回の戦についての反省会のようなものを始めた。

 しかし、社がその場から動かないことに気付いた万修は、李兄弟との話を切り上げる。


「何やってんだ?」


 目を瞑り、胸の前で両手を合せている社に万修が問う。

 

「お前には関係ないだろ」

「あ?」


 社は視線すら合わせず、直立不動で合掌を続ける。戦前の万修による揚げ足取りへの意趣返しのつもりらしい。

 その愛想ない態度に不快になった万修の目に怒気が宿る――が、一瞬のうちに霧散した。


「……そーだな。俺には関係ねぇな」


 やけにあっさりと引いた万修に社は違和感を覚えたが、些末なことだとしてこの考えを一蹴する。

 完全に陽が沈み、兵士たちが松明に火を灯し始めた頃。   

 

「ただいま。何をしているんだい?」


 報告を終え、戻ってきた張豊が社に問う。


「死んだ人の魂を弔う……儀式みたいなもんッスよ」

「それは子義君の村の風習なのかい?」


 村の風習ではないのだが、説明が面倒なので肯定しておくことにした。

 張豊はなるほど、と一言いうと、社の隣に並んで合掌した。


「張さん?」

「私も一緒にしてもいいかい?」

「……はい」


 黙祷。


 耳に入るのは勝利を祝う兵士たちの喧騒。

 冷たい春風が肌を撫でる。

 

 しばらくして、唐突に張豊が声を発した。


「戦うのは嫌かい?」


 突然の質問。


「平気です」


 間髪入れずに社は答える。


「その割には、思いつめているような顔してるよ」

  

 張豊は目を開け、社へと顔を向ける。

 いつになく真面目な表情だった。


「話すだけでもいい。一人で抱えない方がいいよ」


 張豊の、心からの心配。

 少しばかりの沈黙の後、社は語りだした。


「……戦うことはホントに大丈夫なんです」


 これは本当だった。

 孫権様に会いたいがために軍に入った社だが、金銭を稼ぐのも目的のひとつだった。

 お金を稼ぐには仕事をしなければならないことは知っている。

 敵を殺すのも、やらなければならないからやる。

 

「ただ、あの男の事が気になって」 


 頭に浮かぶのは、孫策の相手だった大男の最後。 

  

「最後、死ぬ間際なんですけど。笑ってたんです、あの男」


 とても楽しそうに。

 とても嬉しそうに。

 とても幸せそうに。

 

「なんで、ああやって笑ってたのかなって……」


 死ぬのは悲しいことだと社は知っている。

 隣に住んでいたお婆ちゃんが死んだ時も、大嫌いだった近所のお兄さんが死んだ時も、飼っていた猫が死んだ時も、悲しかった。

 なのに、大男は笑ってそれを受け入れた。

 それが社には理解できなかった。


「あの男はなんで黄巾党に入ったんでしょうか?」


 憂いを秘めた社の、年相応の瞳。張豊はその瞳と向き合う。

 

「自分でコツコツ稼ぐよりも他人から奪った方が楽だから、じゃないかな」


 張豊の口から出たのは、誰もが持つ欲求の一つだった。その辺の賊ならばこれは当てはまるだろう。

 だが、それは違う気がした。あの大男がそんなくだらない理由で賊になったと、社には思えなかったからだ。

 否定の意を唱えようと社が口を挟もうとするが、張豊の話は終わっていなかった。

 あるいは、と話を続ける張豊。


「入らざるを得ない理由があったのかもしれない。……世の中理不尽なことばかりだからね」 


 大人になったら嫌でもわかるよ、と消え入りそうな声で言う張豊。

 憂愁を帯びた表情を見せるが、張豊のそれはすぐに鳴りを潜めた。

 その表情の変化に感づいた社は何か言おうと喉を震わせるが、野太い声に遮られ言えなかった。 


「黄寛隊! 集合せぃ!」

「……ほら、隊長が呼んでいるよ。早くしないとまた厠掃除だ」


 張豊はいつもの微笑みを浮かべて、急ぎ足で隊列へと向かう。 

 言いたいことの一切を飲み込んで、社もその後に続いた。


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