想起
第十三話 想起
俺は剣の腕に覚えがあった。
若い頃は、剛剣の使い手として名を馳せた。
各地を放浪し、名のある武将と手合わせをしていたこともあった。
主に仕え、戦場で剣を振るったこともあった。
それらの日々は輝きに満ち溢れていた。死ぬまで俺はこうして剣を振るい続けるのだろうと思っていた。
しかしある日、一通の文が届いた。
母が死に、父は床に伏せた。父の病状は悪く、体を動かすこともできないらしい。
この知らせ聞いた俺は、田舎に帰らざるを得なくなった。
地獄の始まりだった。
病気の父のためと、今まで貯めた金は高価な薬代に消え、愛用していた武具も売り払った。
父や母が耕していた畑を、今度は俺一人で耕さなければならなくなった。
畑を耕せども耕せども、生活が良くなることはなかった。
日に日に弱っていく父。
増税によって圧迫される生活。
夜逃げしていく隣人たち。
やせ細っていく己の肉体。
父が死んだころには、あの若き日の輝きは見る影もなく消え失せていた。
木の棒を剣に見立てて振ってみれば、足はよたつき、関節は軋む。
なんと弱く、鈍い太刀筋か。
この時、俺は悟ったのだ。武人としての俺は死んだのだと。
俺は泣いた。
声が枯れ、体中の水という水がすべて枯れ果てるほどに泣いた。
空に浮かぶ月が一巡りした頃だろうか。
食い扶持に困った俺は土地を捨て、賊の集団に身を寄せた。
その集団の名は、黄巾党。
どうしようもない奴ばかりだった。
略奪、強姦、殺戮。そんなことしか頭にないような屑ばかり。
猿みたいに騒ぐことしかできない低俗な集団。
だが、強かった。
一人一人は弱いが、群れた弱者は強かった。
向かってくる官軍をすべて返り討ちに出来るほどの数の暴力。
略奪という、糞にも劣るような行為に走っていく自分が惨めに思えた。
こんなクズ共の群れに入らなければ、ただの雑魚でしかない自分自身になにより腹が立ったのだ。
更に数ヶ月経ったころ、俺は荊州最大の規模を誇る黄巾党の中にいた。
略奪によって食を得ていた俺は、再び身体を鍛えた。
全盛期には遠く及ばないが、その辺の雑兵になら容易く勝てるであろう肉体を手に入れた。
黄巾党内でも俺にかなう奴はいまい。
俺は強さを取り戻した。
再び剣を振るうことができることに歓喜する反面、なんとも言えぬ喪失感を感じた。
あの輝きを感じないのだ――全くと言っていいほど。
若さが足りないのか、力が足りないのか、他の何かなのか。
俺にはわからなかった。
わからないまま、最後の戦いに赴こうとしていた。