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孫呉、始動

 読んで下さっている方々。ありがとうございます。




第十二話 孫呉、始動





「やっぱ黄蓋様だよな~」

「陸孫様の可愛らしいお顔を思い浮かべてみろぉ。サイコーだろぉ!」

「ハッ! 周喩様の方が断然美しいね!」

「おいおい、孫策様だろ」

「……え? 袁術たん……様じゃ――」

「犯罪か!!」


 男の怒鳴り声と共に拳が降り下ろされる。

 袁術と答えた小太りの男が奇声を挙げて転げまわると、それを見ていた男たちは粗野な笑い声を上げた。

 この黄寛隊隊員の雑談内容は、誰が一番可愛い、もしくは美しいというものだ。


 孫権様を知らないなんて人生の大半を損してる、とよそで話を聞いていた社は内心ごちる。社はその男たちの半分程度しか生きていなのに、だ。


「なんか、みんな余裕そうッスね」

「孫策様、周喩様、黄蓋様、陸孫様。将軍様方が勢揃いだからね。心強いんだよ」


 荊州の黄巾党本隊討伐のため、孫策率いる総勢五千人の兵士が行軍している。

 そこにはもちろん黄寛隊所属の張豊班の姿もあった。

 現在黄寛隊は黄蓋将軍の指揮下に入っており、この五千人の長蛇の列の先頭には、四人の将が馬に跨り、歩いている。


 その姿を遠目に見ると、周喩様と楽しそうに会話をしている孫策様が目に映る。

 社の中の王様像は、堅物で威厳溢れるただずまいというものなのだが、孫策様の振る舞いをみていると、この人が王様で大丈夫かと疑問に思ってしまう。

 

「でも勝てるもんなんスか? 賊は一万もいるみたいだし……」

「八千ぐらいだって言ってただろうが。数も覚えらんねぇのか」

「お前には聞いてねぇよ」


 張豊に聞いたのに、なぜか後ろを歩いている万修が会話に割り込んできた。

 こちらを馬鹿にしたような物言いに不機嫌になる社。それに鼻を鳴らすことで応える万修。


 万修はこの間の仕合以来、やたらとつっかかってくるようになったのだが、社には理由がわからなかった。

 怪我をさせたことは謝ったし、それについては向こうも許してくれた。ならば何故なのか。

 万修の夕食のおかずをみんなで食べたことか、万修の鎧に大量のカメムシを入れたことか。あるいは剣の柄にヤニを塗ってベタベタにしたことか。それとも……。と考えればきりがないので頭を振って思考を止める。

 そもそも、これらの行為には李兄弟が関わっている――というか主犯なのだが――のに彼らには食ってかかるようなことはせず、社にだけ噛み付いてくるのだ。


「だいたい一万で合ってんだろうが」

「数は正確に言えよ。そんなんじゃ他に迷惑がかかんだよ」

「あ? 他ってなんだよ。今は張さんに聞いただけだろ」

「馬鹿か。伝令とかに問題が出んだよ」

「今は関係ねぇだろ!」

「普段から習慣づけねぇと駄目なんだよ、馬鹿!」

「二人ともやめようよ」


 この口喧嘩を見かねた張豊が二人の間に入る。

 その仲裁を受けて社がそっぽを向くと、万修も目付きは怖いままだが口を噤んだ。


 幸いにも、それほど大きな声ではなかったため周囲の兵たちはそれを気にした様子はない。


「もっと大人になるんだなー」

「子供の喧嘩なんだなー」


 李兄弟の間延びした声が耳に入るが、社はそれに反応せず黙って歩く。

 張豊は万修を宥め、隊列を乱さないように社の隣を歩く。

 

「もっと仲良くして欲しいんだけどね」

「すんません」

 

 張豊の言葉に、素っ気ない態度で答えた社。

 しかし、張豊はそれを気にせず、笑って謝罪を受け入れる。


「そういえば勝てるか勝てないかの話だったね」


 露骨に話題を変えた張豊だったが、その話は気になっていたので、首を縦に振って話に乗ることにした。


「もちろん勝てる、と思うよ。ちゃんとした理由もある」


 そう言って張豊は右手の人差し指を立てる。


「まず一つ目に練度の差だね。装備にしろ兵の質にしろ、こちらの方が圧倒的に良い」


 人差し指を立てる。


「二つ目に指揮官の有無かな。黄巾党にきちんとした指揮官は居ないらしい。統率がとれていない軍なんてたいした驚異にならないよ」


 薬指を立てる。


「最後に三つ目。これが最も大きい理由だけど、孫策様が出陣されることだね」

「……なんでッスか?」

「そういえば、子義君は孫策様の戦を見たことが無かったね」


 コホンと咳払いを一つ。


「僕も見ただけなんだけどね。孫策様は最前線に出て戦うんだよ」

「総大将が……ですか?」

「そうだよ。その時は三百も居なかったと思うんだけどね、それほどの数の賊に向かって先陣切って突っ込んでいったんだよ!」


 その当時の場面を思い浮かべ、身振り手振りを交えて、興奮した様子で語る張豊。


「その時、孫策様が引き連れていた軍は賊の半分程だったかな。それでも、見る見るうちに賊の数が減っていってね、それはもう凄かったんだよ!」

「そ、そうなんスか……。孫策様が強いのは分かりましたけど、今回は数が桁違いなんスよ」


 珍しく興奮する張豊に若干引きつつも、それだけで勝てるのか、と遠まわしに言う社。


「おっと、すまないね。その時の戦は孫策様一人の活躍ってわけじゃなかったんだよ。軍全体の死者はゼロ、圧勝と言ってもいいね!」

「兵の練度が高かったってことッスか?親衛隊みたいに」

「どうだったかな。親衛隊ってわけじゃなかったと思うけど……」


 当時のことを思い出しているのだろう。顎に手をあて、考え込む張豊。


「気迫が違ったというかね……。と、とにかく凄かったんだよ!」

「いやいや、答えになってないッスから」

「あ、すまないね。上手く言葉にできなくて」

「孫策様が凄いのはよくわかりましたから」

「……そうかい? とにかく、今回のは勝ち戦だよ」


 だから大丈夫だよ、と言う張豊のおかげで戦前の緊張感が和らぐ。

 だが、そんな社の心境を覆すかのように、伝令兵の大声が耳に入る。


「前方一里に黄巾党! 戦闘準備を急げ!!」


 この知らせが全軍に行き渡るのに五分と掛からなかっただろう。兵たちの賑やかな声が消えていく代わりに、辺りは緊迫感に包まれる。

 戦いの空気を感じ取った社の脳内では、訓練兵時に経験した戦が思い起こされていた。あの時の敵兵の必死さは、今でも覚えている。

 緊張からか、社は早まる心臓を抑え込むように胸を抑える。


「もう少しゆっくりさせてくれてもいいのにね」


 社の様子を知ってか知らずか、張豊は困ったふうに笑い、肩を竦める。

 張豊の普段通りの態度のおかげで少し落ち着きを取り戻した社は、不安を追い出すように息を吐く。  







 全軍は形を変え、隊ごとに列を組んで横に広がる。


 その先頭には孫策。続いて周喩、黄蓋、陸孫が立ち並ぶ。

 孫策は兵士たちを見渡し、大きく息を吸う。


「勇敢なる孫家の兵たちよ! いよいよ我らの戦いを始める時が来た!」


 大気が震える。

 その堂々たる風貌には、先日のようなおちゃらけた雰囲気はどこにもない。


「新しい呉のためにっ! 先王、孫文台の悲願を叶えるためにっ!」


 凛とした声からは、覇気とでも言うべき重みが感じられる。


「天に向かって高らかに歌い上げようでは無いか! 誇り高き我らの勇と武を!」


 腰にある細身の宝剣――南海覇王を抜き、天に掲げた。

 太陽に照らされたそれは、見る者に勝利を確信させる黄金の輝きを放っている。


「敵は無法無体に暴れる黄巾党! 獣じみた賊共に、孫呉の力を見せつけよ!」


 南海覇王を振り、切っ先を賊共に向ける。 


「剣を振るえっ! 矢を放てっ! 正義は我ら孫呉にあり!」

『うおおおおぉぉぉぉぉ!!』


 孫呉の雄叫びが天に響く。

 大地が、空が揺れるかのような怒号。

 兵士たちの瞳に、孫策と同様の信念の光が宿っていく。


「全軍抜刀せい!」


 黄蓋の声とともに、剣を抜く音が一斉に鳴る。

 そして周瑜が大きく息を吸う。

 

「全軍、突撃せよ!!」

『おおおぉぉぉぉぉ!!』

 

 周喩の号令により、孫呉の軍勢が雄叫びと共に突撃していく。




 孫堅の死後、歩みを止めていた孫呉が、再び天下へと踏み出した瞬間だった。



 

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