プロローグ
完結目指して、頑張ってみます。
第一話 プロローグ
人で賑わう繁華街。
その街の一角にひとりの少年がいた。
「あのジジイ」
井戸の縁に腰を掛けて項垂れているが、少年の鋭い目つきからは怒りの感情が読み取れる。
頭に手ぬぐいを巻き、何度も縫い直したであろうツギハギだらけの服を着ている。顔は薄汚れており、髪はボサボサで身だしなみに気を使っている様子はない。
「散々引っ張った挙句なんも買わないのかよ」
背に薪を背負っていることから、この少年が薪を売ろうとしていることがわかる。しかし、先ほどの男性客は薪よりも少年自身のことに興味を示していた。いわゆる男色の気がある特殊な人間だったのだ。
その舐めまわすような視線を思い出し、少年の体を悪寒が駆け巡った。
「あぁキモイ」
醜く太った身体から発せられる加齢臭を我慢し、薪を売ろうと粘ってみたが駄目。それだけでなく、無駄に時間を取られたせいで空は紅く染まり始めていた。
空を見上げて息を吐く。
「……帰るか」
少年がいるのは荊州のとある郡。ここから少年の村までは、走って行けば二時間も掛からずに着く。
腰を上げて、街の出口に向かって歩き始めた。
繁華街は活気にあふれ、すれ違う人々はとても楽しそうだ。なかには、年頃の男女が手を繋いでいるのも見られる。
「チクショウ」
なんだか無性に悔しくなった少年は、早足で駆けていく。
行き交う人々の間を縫うように駆けていくと、正面に饅頭屋が見えた。
そこを左へ曲がれば街の出口だ。
だが、曲がり角を曲がろうとしたところで、向こうから来た人にぶつかってしまった。
「っと――すみません、大丈夫ですか?」
かなりの衝撃を感じたことから、相手は走っていたのだろうと推測する。少年は少し揺らいだだけだったが、ぶつかった相手は尻餅をついている。
手を差し伸べて相手の顔を見た。
その時、少年をかつてない衝撃が襲った。
「――あぁ大丈夫だ」
少女の青い瞳が少年を捉える。少年は息を飲んだ。
少女は、少年の手を握らず自分で立ち上がる。
少年は手を差し伸べたまま動かない。
「すまない、急ぐので失礼する」
夕日に照らされ、光輝くような桃色の長髪をなびかせて、少女は夕焼けの繁華街を駆けていった。
「……そこのオヤジ」
「へ?」
我に帰った少年は饅頭屋の店主に声をかける。
「今のは誰だ?」
「あ、あぁ。あのお方は孫権様だ。孫策様の妹君さ」
いきなり話を振られた店主は、動揺しながらも少年の質問に答える。
「……孫権ってのか」
少年は噛み締めるように復唱する。
それ以降、口を開かなくなった少年から意識を外し、店主は通常業務に戻っていった。
少年は孫権が走り去っていった方向を見続けている。
「孫権……様……」
この時の少年の顔の赤みは、夕焼けによるものではないだろう。