The bank of love. =愛情管理局=
恋愛小説初挑戦。
至らない所は多々有ると思いますけどそこのところはご愛嬌。
これはどうしようもなく脆くて頼りない、僕のお話。
僕のことを知りたい?その必要は無いよ。どうして?それは僕の話なんて君の心に数分と残らないだろうから。第一、君が信じてくれるかどうかも疑問なんだ。
その日は、良く晴れた、いつもと代わり映えしない一日だった。
いつものように、クラスメイトから少し度が過ぎたスキンシップを受け、一人屋上で昼食を食べ、午後の授業に出席する。
次の見舞いはいつにしようか。母さんは現在入院中だ。胃癌。頭の悪い僕でも分かる。もう長くない。少しでも親孝行をしないと。
バイトを最近始めた。コンビニの深夜は辛いが、いなくなった父の代わりは僕が務めないと。
帰りは、小雨が降り始めていた。気にする事は無い。自然現象じゃ無く濡れる事はしばしばある。
家に着いた。アパートの一室。最近はゴキブリが出てきて困る。
誰もいない部屋に「ただいま」。こうすればいつか誰かが「おかえり」を返してくれる、そんな気がする。
留守電を見てみよう。一件、いや、二件だ。
『ピーッ・・・○○さんですか?貴方のお母様の容態が芳しく有りません。早急に××病院までお越し下さい』
『ピーッ・・・○○さん?お母様が先ほどお亡くなりになりました。至急××病院までお越し下さい・・・なお・・・』
そこまでしか聞こえなかった。
何が起こったのか分からなかった。
こういう場合、学校に報告されるのでは無かったか。成る程、あの教師今日は挙動が不振だった。
悟られないようにしていた訳か。生まれて初めて【殺意】が芽生えた瞬間だった。
いや。そんな事はどうでもいい。問題は、母さんが一人で逝ったという事だ。
涙が溢れた。泣いたのは本当に久しぶりだ。
その時、後ろに視線を感じた。振り返ると、見知らぬ人が立っていた。
「貴方は本日の11時24分53秒を以て、この先誰からの愛情も受けられない事が決定いたしました」
この人は誰だ、どうしてここにいるのか、という疑問は、浮かんで来なかった。
それ以上に、冗談かもしれない、ただ自分が見ている幻覚かもしれないこの女の言葉に、耳を傾けずにはいられなかった。
「貴方には救済として我々、愛情管理局のスタッフの内誰か一人が、貴方がこれから生涯受けるはずだった愛情を返済します」
返済?母さんは帰ってこない。もう二度と。言葉を返そうとしたが、嗚咽が漏れるだけ。情けない。
「さて、この制度は希望性です。どうするかは今この場所で、ご自分でお決めください」
僕ははっきりNOと言える自信が有った。仮の愛情なんて要らない。そう言い切るはずだった。
「お願い、しますね」何を言っている。誰だ、今言ったのは。悪ふざけが過ぎる。
「僕が受けるはずだった愛情を、返してください」僕は困惑した、自分の喉からその言葉が出ているのが信じられなかった。
「分かりました、貴方には明日から何らかの形で人が近づいて来るでしょう。その人は貴方の事を愛するようにしてありますしスタッフである事に関する記憶消去も十分済ませますのでご安心を。では」
気がつくとそこに人は居なかった。僕は幻を見ていたのかもしれない。
その日は、母さんの遺体を確認し、一日を終えた。
心に、胸に何か塞ぎきれない大きな穴が開いたようだった。
次の日、僕は学校を無断欠席した。何か僕に開いた穴を埋めようと必死だった。
とにかく遊んだ。ゲームセンターなんて行った事が無いから新鮮かと思いきや、全くもって駄目だった。
何をしてるんだ僕は。そう思い家に帰った。
「ただいま」「おかえり」
困った。本当に困った。部屋の中心で、誰かが僕の服を畳んでいる。
昨日の白昼夢は、信じられない事に、信じたくないことに、現実になってしまったようだ。
「ごめん、君、誰?」
「私は貴方の隣に越してきた△△です」
「何故に此処にいるんですか?」
「大家さんに頼んだら、すんなり」
このアパートのセキュリティは大家さんのおかげで安心だよ。全く。
とりあえず、何か盗られているものが無いか、調べる。といっても、家にはほとんど何も無いのだが。
「まあ、隣に住んでる人が同じくらいの歳なら、安心しました!これからよろしくです!」
「ああ、うん。よろしく」返事してしまったが、何か少し受け入れ難い。
それから彼女は何回も遊びに来て、次第に僕たちは惹かれていった。
だが、どこか僕の感情はぱっとしなかった。
笑い合ったり、喧嘩したり、毎日が幸せだった。でも、胸の穴は埋まらなかった。
何故かって?
この生活で、彼女は幸せなのか、ということだ。
彼女にとって、これは、【仕事】である。
彼女にとって、これは、【任務】である。
彼女にとって、これは、【命令】である。
記憶を消されているからか、彼女の表情の奥底にも、欠片程の猜疑心も見られなかった。
彼女は、僕を愛しているし、彼女も僕を愛している。
だが。
このままでいいのだろうか。だけど。
僕が今切り出したら、彼女はどうなってしまうのだろうか?
記憶を取り戻したら僕に興味が無くなってしまうかもしれない。
彼女は出会った時と同じように、唐突にいなくなってしまうかもしれない。
もしかしたら、彼女の心が壊れてしまうかもしれない。
それでも、僕は言わずにはいられなかった。
僕は彼女に全てを話した。発端から。全部。
気がついたら僕は泣いていた、彼女も全てを悟ったかのような顔の後、泣いていた。
「私の気持ちは、変わらないよ。話してくれて有り難う。でもね、返済中に記憶が戻った場合の事も、今思い出しちゃった」
「それって・・・」
「そう、私は管理局に戻され、貴方の私に関する記憶は別人にすり替えられる。明日には貴方にとても素敵な男友達が出来ているでしょうね」
気がつくと僕等の間に、あの女が立っていた。
「先程説明を聞いた通りです。今の内に別れを惜しむと良いでしょう」
女はいなくなっていた。しばしの間無言が続く。
ドアのチャイムが鳴った。迎え、か。
別れの時だ。
もう会えない、もう話せない、もう・・・。
「これ、本当は規則違反なんだけど・・・」
彼女は差していた髪留めを差し出した。僕は受け取った。
「これくらいなら許してくれるかもね」
「分からないけどね」
「・・・じゃあ、私行くから」
「うん」
「・・・またね!」
「・・・じゃあね!」
彼女は車に乗ると窓から手を振ってくれた。僕は彼女の車が見えなくなっても手を振り続けた。
明日になったら消えてしまうこの記憶。留めておきたい。でも出来ない。
僕は諦めるように床についた。
翌日は、ずっとモヤモヤしていた。
何か大切なものを失ってるような、そんな気がした。
馬鹿話で盛り上げる友達も、その日は少し違和感が有った。
僕は何か分からないまま、帰路についた。
僕が何を忘れていたのか、それは分からない。
でも、絶対忘れてはいけないものだった気がする。
今日は眠れなさそうだ。部屋の扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり」
野暮かもしれないけど解説
記憶を消されたのは主人公だけであり、彼女は自分の職を捨てて彼に会いにいった。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。