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少年は幻想の夢を見るか?  作者: 門間円
第二章・フェミュルシア
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間章の1

~間章の1・魔王降臨~


荘厳、堅牢。そういった言葉がこれ以上ないというほど似合っている、大広間のような石造りの部屋。

その中央には絵に描いたような玉座が威風堂々という様な具合に設置され、その前に立った人物に影を落としていた。

玉座の後ろにはめられた教会にかかるステンドグラスを想起させるような巨大な窓から差し込む逆光で顔が隠されていてなお、その人物の威厳が損なわれることはない。

筋骨隆々という言葉はこの人の為にあるのではないかと思えるほどに屈強な体に、窮屈そうにまとわりつく華美なマントが揺れ、胸元の幾つもの勲章が彼の武功を物語っている。

ガルデコール帝国の中心部、帝都デザリア。

その帝都でも最も大きく存在感を放っている皇帝の城の玉座に背を向け、ガルデコール帝国皇帝――ヴィレイユ=ゴーグレインは遠征に出した部下の報告を聞いていた。

年はおそらく30台後半といったところだろう。しかし、ヴィレイユの纏う存在感は成熟しきっており、まるで倍以上生きているのではないかと思わせるほどに落ち着いた、それでいて威厳のある立ち振る舞いだった。

恭しく傅き、その恰幅のいい体をまるで子鼠の如く縮ませている男――ヴァーブルク=グレイルが頭を垂れたまま口を開く。

「神域の森にて、我々第四師団は魔物共の討伐および、魔光石の採掘を命ぜられておりました」

時折、整えられた髭に手をやりながらヴィレイユは、ただ無言でヴァーブルクの言葉に耳を傾けている。

「我々はそこで、ハルと名乗る不審な男と遭遇いたしました。その者は異様な装いで森の前に忽然と現れ、我らが射止めた魔物に涙し、我々に宣戦布告をしてきた次第でございます」

広く、冷たい印象の石造りの室内の温度が下がるような錯覚を覚えながらも、ヴァーブルクは報告を続けた。

「その者が一振りするや否や、星が落ちるほどの強大な光を纏った魔術による攻撃を仕掛けてまいりました。我々は撤退を余儀なくされ――」

盛大に誇張されたようにも聞こえるヴァーブルクの証言が熱を帯び、語気が強くなってきた頃。

黙って聞いていたヴィレイユが手を上げてヴァーブルクを制して短く告げる。

「もうよい」

「は?」

その言葉に、加熱していた自身の中の熱が一気に冷めていく。

そう、どの様な言葉を並べ連ねたところで、自身の失態が帳消しになるわけではない。

ましてや、この様な荒唐無稽な話を素直に信じる様では国の長としての信を問われかねないほどに。

ヴァーブルクの報告というのは飛びぬけて馬鹿馬鹿しい部類に入るものだった。

本人もそれは自覚していた。しかし、だからといって虚偽の報告をしていいはずもない。

ヴァーブルクは必然的に、多少誇張気味になったとしても、それが真であると信じてもらえるように熱心に報告するほかなかったのだ。

ガルデコール帝国は実力主義の国として名を馳せる、大陸でも随一の広さを誇る強国だ。

その皇帝ともあろうものならば、その気になればヴァーブルクの証言など妄言として一蹴し、首を飛ばす事すら言葉一つで出来てしまう。

皇帝に言葉を制されたことで、ヴァーブルクは半ば覚悟を決めたつもりで次の言葉を待っていた。

「その者は、何か言ってはおったか?」

威厳が音を持てばこの様な声になるのかと。自身の進退が掛かっていなければ素直に感服しただろう。

それほどまでに室内の雰囲気を飲み込んでなお、威厳に満ち溢れた低音が問いかけた。

予想とは違った言葉に、ヴァーブルクは内心で安堵しつつ、問いに対する答えを自身の記憶から掘り起こしつつ答える。

「はっ。その者、ドラゴンを従え、神域に踏み入ること無かれ、と」

あの姿は、まさしく天を統べ、森を従え、有象無象を焼き払う龍。

過去に姿を見た者は無く、数多の伝説でのみその存在を語られていた存在を背に悠然と立ち、言霊ひとつで軍を圧倒する少年。

その存在は、同じく伝説として数多くの伝承や物語に登場しては、人の敵として永らく語り継がれてきた存在その物のようだった。

「魔王……か」

ヴァーブルクの抱く考えと同じ結論に至ったのか、ヴィレイユが重く、まるで心の小さき者ならば聞くだけで押しつぶされてしまうのではないかというほどの声音で呟く。

少なくともヴィレイユが半信半疑程度には証言の信憑性を吟味している事に、ヴァーブルクは再び安堵して進言する。

「伝説上の存在と高を括っておりました。しかし、あの力は人ではありますまい」

「なるほど。直接一戦を交えた貴公が言うのだ。――して、魔術師よ。お主はどう考える?」

ヴィレイユの声が、初めてヴァーブルク以外に向けられた。

すると、まるで布を引きずるような音とともに、部屋の暗がりとなっていた部分から一人の男が現れる。

その男は目深にローブを羽織り、顔どころか口元すらも見えるか怪しいほどの風体で、揺れる様な足取りのままヴァーブルクの少し後ろで跪く。

口から紡がれる言葉も、どこか頼りなく、それは数日前、ヴァーブルクの隣に居た怪しげな男、魔術師に相違なかったが、見る者が見れば違いが歴然としていた。

まるで、見えない何かに怯える様な、常に肩を小刻みに震わせて傅き、言葉を紡ぐ様は見ているものに憐憫さえ抱かせる。

「……恐れ多くも陛下の御前にこの身を晒す無礼をお許しいただきたく――」

そんな魔術師の、皇帝を賛美する言葉など聞き飽きたという風に首を振るヴィレイユの、僅かに白髪の混ざる後ろへ撫で付けられた茶髪が揺れる。

「よい。……貴様はどう捉えたかと訊いている」

短く、それでいて、これ以上格式ばった社交辞令で話を長引かせるならば次は無いという威圧感を込めた口調で問う。

力強い言葉に、怯えたようだった魔術師の体がビクッと震え、言葉が発せられるまでに若干の間があった物の、先ほどよりはしっかりと地に足の着いた声色で魔術師は証言する。

「……人ならざる膨大なマナを有しておりました。あれこそ真の魔王であると」

その言葉を聴いたヴィレイユはしばし考え込むように顎に手をやり、吟味するように窓の外の光に目を細めていたが、不意に思い当たった様に魔術師に向けて問いかける。

「なるほどな。聞くところによると、膨大なマナを持つ魔族を討伐すればその者の持つ魔力を欲しい侭にできると聞く。それは本当か?」

その言葉は、ヴァーブルクには無謀にも思えた。

確かに伝説では、龍を打ち倒した者は龍の加護と呪いを受ける。といった物もあった。

龍の圧倒的な力と、永遠にも似た時間、死ぬ事も許されぬ常世を生き続けねばならない地獄。

そんな物があるわけがないという人が大半だろう。

しかし、伝説として扱われていたドラゴンという存在が事実だった今、はたして如何ほどまでが噂、眉唾として流せるのか。

お世辞にも神話や伝承に聡いとはいえないヴァーブルクは、ただ黙ってヴィレイユの問いに対して小さく震えながら返答を迷うように顔を上げかけては戻す魔術師をちらりと横目で見る。

「……ドラゴンが居りますれば。そちらの伝説の真偽にも希望が持てましょう」

答える魔術師の声は未だに震えている。

皇帝へと戻そうとした視界の端で、ヴァーブルクは魔術師の口元が綻んでいるのを見た。

不穏さが滲み出る様な魔術師の口の端に浮かぶ不吉な笑みに不安感を抱き、ヴァーブルクがそらし掛けていた視線をもう一度魔術師に向ける。

しかしそこにはただ俯いて震える魔術師の姿しかなく、怪しげに浮かんでいた笑みはその名残すら残っていなかった。

魔術師の言葉を聴いた皇帝は小さく頷き、室内の両端に均一に並んだ柱の一つへ視線を向け

「お前はどう考える?ミルコード宰相」

と、まるでそこにいるのが当たり前の様に語りかける。

すると、柱の影から一人分の影が分離し、柱に隠れるように経っていた男が玉座へ緩やかに近づいてゆく。

まだ若い、腰まで届くような銀髪が日差しを受けて鮮やかに靡き、成人男性としては線の細い体を包む豪奢なローブのような物が、彼の権威と美貌を引き立てるように揺れた。

髪と対を成すような褐色の肌はきめ細かく、玉座の間という場においてなお、均整の取れた顔立ちが映える。

ガルデコール帝国において、23という若さで宰相にまで上り詰めた知将と名高い男――ワルシャイン=ミルコードは空色とも言う様なアイスブルーの瞳を細めて笑う。

「これはこれは。皇帝閣下ともあろうお方が、これ以上のお力をご所望でございますか?」

歌うような、男性としてはややキーの高い声。しかしそれすらも美しいと感じさせるのは、ワルシャインの持つ美貌ゆえか。

ワルシャインの問いに、今までの堅苦しい言葉ではない、彼自身の言葉でもってヴィレイユは答える。

「無論だ。より強く、より豊かに。これを望まずして為政はできんとは思わんか?」

低く笑いながら言うヴィレイユに、ワルシャインは小さく頷き返してふっと表情を和らげた。

「ごもっとも。しかし、聞くところによりますとその魔王。こちらから攻めぬ限りは攻めてくるつもりはない様子」

「だからこのまま静観しろと?」

ヴィレイユが微かに不愉快そうな語気を孕んだ言葉で問い返し、玉座の間に重い沈黙が流れる。

その沈黙が何を意味するのか、気が気でないヴァーブルクが落ち着きをなくし始めた頃

「いえ。今はまだ時期ではないというだけです。強大な物に立ち向かうには、それ相応の準備が必要となります故」

ワルシャインは皇帝の圧力などまるで気にした風もなく、ただ淡々と答える。

「そこまでの相手であると?」

ヴィレイユの口調は、未だに重い。

ワルシャインは肩を揺らし、薄い笑顔を口元に貼り付けながら

「何事も、より安全に事を運んだほうが後々の余裕にも繋がります」

まるで歌うような調子で付け加えるのだった。

その言葉の意図を察した、ヴィレイユの表情が一瞬緩み

「後々の……な」

含みを持たせてワルシャインの言葉の一部を反芻する。

考えに耽るように顎に手を置きながら黙り込んだヴィレイユに、ワルシャインは一歩進み出てひざを折り

「そこで、ここはひとまず諸外国との連携という面からみましても、情報を開示してはいかがでしょう」

傅き、頭を垂れながら持論を展開する。

その長い髪が床に垂れるのではないかと思うほどに細かく流れ、ワルシャインの顔は陰に隠れて見えない。

「ただの魔物掃討戦ではなく、魔王という、人と魔の覇権を争っているという形にしてしまうのです。たかだか魔物討伐と出し渋っていたリューデカリアの誠意を確かめるいい機会にもなりましょう」

ワルシャインから齎された案に、ヴィレイユは小さく喉の奥で笑いながら訪う。

「なるほど、人と魔の戦争という形にするわけか。戦列に加わらなければ、それを理由に終戦後にリューデカリアを攻める理由にもなる。そう言いたい訳か」

ワルシャイン達に背を向けて玉座に腰掛け、ひじ掛けに頬杖をついたヴィレイユが言うと

「然様でございます」

と、ワルシャインも首肯して応える。

「だが、魔王の布告をだしたとて、リューデカリアが率先して魔王討伐に乗り出したらどうするつもりだ?」

先ほどまでと違い、まるでワルシャインの言葉を促すような調子で問いかけるヴィレイユに、ワルシャインは意図的に小さな間を空けてから答える。

「ご心配なく、戦争に見合う理由などいくらでも見繕えます。そして、率先して戦っていただけるならば、こちらは国力を削ぐことなく事を運べます」

ワルシャインの言葉を聞いたヴィレイユは鼻を鳴らす。

その調子はどこか上機嫌にも取れるもので、政略などに疎いヴァーブルクまでもが話が好転しているのを感じ取れた。

「どちらに転んでもよいというわけか」

そう言いながら、ヴィレイユは立ち上がって玉座の影から出るように大きく前へでる。

日差しは既に傾きかけており、玉座の間の絨毯が元々の赤よりも更に深く、焼けるような黒々とした赤さへと変わっていた。

絨毯の上に落ちた影はまるで闇そのもの。これから起こるであろう世界の混沌を映し出す様に怪しく揺らめいている。

「いいだろう。ヴァーブルク、魔王と直接やりあったのはお前だけだ。布告にあたり、より詳細な証言を期待する」

ヴィレイユの発した言葉に、ヴァーブルクは一瞬唖然となり、その言葉が意味する内容を理解するのに一瞬間が空いた。

恐る恐るといった調子でヴァーブルクは頭を上げ、影で表情の窺うことのできない皇帝を見る。

「――では、敗走の罰は……?」

わずかに震える声は、恐怖からか、はたまた見え出した光明からか。

そんなヴァーブルクの言葉をさして気にかけた風もなく、ヴィレイユはただ淡々と結論のみを口にする。

「よい。今後に期待しておるぞ」

ヴィレイユの言葉を聴いたヴァーブルクは、まるで額が床に敷かれた絨毯に付くのではないかと思うほどに低い姿勢で

「はっ、寛大なお心に感謝いたします」

声を張り上げて感謝の意を表す。

ヴィレイユはそれに頷くのみで返し、部屋を出てゆくように促した。

ヴァーブルクと魔術師は小さく頷くと、それこそ脱兎のような機敏さでもって玉座の間を出てゆく。

その後姿は安堵に満ち溢れていたが、ヴィレイユはそんな彼らを一瞥すると、最後に部屋に残ったワルシャインに

「国家間との協議に入る準備をしておけ」

とだけ言って、玉座の後ろの窓から見える黄昏に飲まれてゆく町並みを見るように背を向けた。

「畏まりました」

そんなヴィレイユに一礼し、短く応えてワルシャインも玉座の間を後にする。

玉座の間をでてしばらく歩く。

すると、まるで待っていたかのように柱の影から現れた男、魔術師がワルシャインの後を追従するようについてくる。

「……それで。魔王というのは本当か?」

歩を緩めず、まるでそれが当たり前であるかのようにワルシャインが訊ねる。

「はい。人ならざる膨大な魔力を有しておりました」

淀みなく答える魔術師の言葉は、玉座の間で見せた震えなどまるで嘘だったかのように、ヴァーブルクに見せた怪しい調子など微塵もないはっきりとした口調だった。

ワルシャインは小さく口元を押さえ、内から湧き上がる愉悦に肩を揺らす。

「……ふ、ははっ。面白くなってきたではないか。まさか、あの伝承が本当の物だとは」

ワルシャインの口から毀れた笑いに、魔術師は内心首をかしげながら問いかける。

「ミルコード様?」

魔術師が問いかけたお陰で、ようやくそこに魔術師がいた事を思い出したように、一瞬でワルシャインの笑いが影を潜め

「――余計な詮索はしないほうが身のためだ」

先ほどまで皇帝に進言していたときとは似ても似つかない、冷たい声で魔術師に言う。

柔らかな調子などかけらもない。最後通告だとばかりの言葉に、魔術師はしまったと思った。

「……肝に銘じておきます」

喉の奥から漸く搾り出された言葉は、震える事もできないほどにか細く小さい。

「下がれ。次はないぞ」

沈黙の後に、ワルシャインは小さく切り捨てるように言った。

魔術師は言葉を聞くや否や、まるで廊下に落ちる闇に溶けるようにその姿をにじませ、跡形もなく姿を消し、ワルシャインのみが廊下に残される。

闇に沈んでゆく景色、光が柔らかな銀髪を照らして、褐色の肌が溶ける様に蔭っていた。

「……魔王とやらよ。精々利用させてもらうとしようか」

ワルシャインの口元に浮かぶ笑みは、凍るほどに冷たく、瞳に宿る光は獲物を狙うように獰猛だった。




その数日後。

大陸の三分の一を国土に収めるガルデコール帝国の公式な宣言が大陸全土を駆け巡り、魔王の降臨というニュースは全国を震撼させる事となる。

こうして、屈強な兵と広大な領土を持つ実力主義国家、ガルデコール帝国と、多くの物流が合流する経済大国として名高い資本主義国家、パルカ共和国。

そして、歴史と伝統、正当性を重んじるリューデカリア王国の、大陸が誇る3強といわれる国が、一同に手を組んだのだった。


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