赤髪の幻影
〜序章〜
瞼を幾度か瞬かせると、滲んでいた景色が少しだけはっきりとする。
そこは、まるで大きな樹木の根を屋根にしたような、緑に囲まれた空間だった。
何故自分はここにいるんだろう。
樹木の枝葉の隙間から、昼前なのだろうか、温かく、柔らかい日差しがいたる所に光の筋を作り出し、
日の光を浴びた草花が伸び伸びとその葉を伸ばして見た事もない色取り取りの花々が誇らしげに咲いていた。
何もかもが見慣れない光景で、少しでも自分の知っている景色を探そうと眼を凝らす。
眼を凝らせば凝らすほど、その光景はどこかで見たようでも、初めて見たようでもあるように思えた。
しかも、何かひとつに焦点を合わせて見ようとすると、すっとそのものがぼやけて、何であるかはわかるのに、その光景を鮮明に見る事ができないのだった。
依然としてピントの合わない緑色の景色の奥、水が流れ落ちる静かな音が聞こえてくる。
近くまで歩いて行くと、大樹の根を伝って落ちてきた水が地面の窪みに流れ落ちてできたような池があった。
ちょうど池の真上に穴が開いているのだろう。
真上からさす光に照らされてキラキラと流れ落る水は清らかで、水底が透けて見えていた。
その水に手を伸ばそうとしたとき、
「君は、何に変えても守りたいものがあるかい?」
金色の柔らかな眼を軽く細め、赤色の少し硬そうな髪が揺れて。
何時からそこにいたのだろう。
ぼんやりと滲んだ景色の中、滲んだ輪郭でもハッキリとわかる程に日本人離れした、背筋が凍るような美貌の未だに幼さが残る少年は、ただ、当たり前の様に、水の上に立っていた。
「守りたい……モノ?」
滲む景色とは真逆に、鮮明に聞こえるハイトーンソプラノの歌うような綺麗な声に問い返す。
すると、また同じ、まるでオペラでも聴いているような綺麗な歌声にも似た、少年の声。
「守るというのは、守らなかったもう片方を、傷つける事。君は、それを良しとできる人かい?」
問いかけにどう答えるべきか。少しの間水面に揺れる葉を見ながら考えた結果、少年の方を向いて答える。
「僕は、守るって事が、傷つけるってことだって知ってても、それでもやっぱり、守れるモノは、守れるだけ守りたいと思うよ」
少年の表情は、滲んでいてわからない。でも、その澄んだ金の瞳は、ずっとこちらを見透かすように、上から注ぐ光に負けない程の輝きを向けていた。
暫しの沈黙。さぁっと風が駆け抜ける感覚と、水面がそれに伴って揺れるのがわかるようだった。
風に弄ばれる髪を軽く押さえるようにしながら、少年が口を開く。
「そうか。僕は君のお陰で決心がついた。君にあえて良かったよ。また、近いうちに――」
儚げだで、少しだけ悲しそうな表情の少年はそういって、こちらに手を振っていた。