今の彼女の話 ~本編『怪談としては蛇足』
自称本編。しかも、自称プロローグより短い。
~本編、『怪談としては蛇足』~
あれから、二人はすぐに別れたらしい。
言い出したのはもちろん奈津子の方で、私と別れた後すぐにまた幽霊を目撃したらしく、その直後に携帯で彼に「お願いだから、私と別れて」と泣き叫んだそうだ。
奈津子が言うには、それから彼がきちんと別れを認めるまで、まだ幽霊は彼女を付きまとっていた。それを私に確かめるすべはなかった訳だけど、真夜中に突然「今日もアイツに殺されかけた」などと電話が来るものだからどうしようかと思ったものだ。
別れてからはその女の影すら見ることがなかったらしい。
奈津子は「もう鏡なんて見たくない」と言っていた。
彼の方は前の彼女が自殺して、そのことに対し恋人にも言えない責任を感じ、精神的にもつらいものがあったのだが、その状況でいきなり奈津子から別れ話を切り出されたので、相当参ってしまったようだった。
ただ、それでも彼は奈津子がノイローゼ気味なのは知っていたし、彼女がそう望む以上はそれが彼女のためだと考えたため、あまり時間をかけずに別れることに応じた。
だけど、彼は別れを切り出された理由はあくまで『前の彼女が自殺した』という事実によるためだと考えているだろう。まさか、『幽霊が出た』からなどと、そんな非現実的な理由だとは思っていないようだ。
つまり、今から考えても私の考えは正しかったのだ。
それはそれとして、今私はいつものカフェにいる。
人を待っているのだ。
そういえば、ここは女子だけでなく男子にもあまり知られていないようだった。
……もしかしたら遅れてくるのかもしれない。
私は窓の外からのねばりつくような視線を感じていたが、それを無視して腕時計とにらめっこしながらアップルティーを飲んでいた。
私がカフェに来てから、20分ほどたった頃だ。自分の席に男性が近づいてくることに気付く。真面目そうな割に、どこかだらしない感じがある。
今日はワイシャツなのか、めずらしい。
と、彼とは別に近づいてくるものがある事にも気付く。だけど、それには別に驚きも感じない。
「待った?」
彼は、私がもうこのカフェにいるのを見てかなり焦っている様子だった。
「ううん、まだ10分前だし。ぜんぜん待ってないよ」
私は彼に笑いかけた。
まぁ、要するに私にも彼氏が出来たのである。
「いや、女の子より遅れてくるなんて俺も駄目な奴だな。今度からは気をつけるよ」
彼は言いながら座わった。
どうも、『男は女性に優しくあるべきだ』とか『困っている人には親切にする』とか、礼儀だの常識だのと、そういう鼻につく部分はあるがそこもそんなに嫌いじゃない。
男女できっちり区切りをつけるのは正直どうかと思うけど。
私は彼のシャツの肩の部分を見た。
目が合う。
「ん、なんかついてるかい?」
「いえ、汗臭いなぁと思って」
「それは悪かったね」
彼は苦笑する。わざわざ走って来たのだろう、実際汗の臭いは少しした。
どうも彼は素直すぎると思う。
でも、そこもそんなに嫌いじゃない。
私がじろじろ見ているのに気付いた彼がさわやかに笑う。
「どうしたの、さっきから?」
「男には関係のないことよ」
私も彼につられて笑って言った。
彼が不思議そうな顔をして「そう」と一言。
なんとなく彼はいじけた様子で黙ってメニューを開く。
さっきからずっと彼の背後から、理不尽な怨みと怒りが私に向けられているのがわかる。
また、それと目が合った。
私はそれに笑いかける。
ふと顔を向けると、彼は未だにいじけているような様子だった。
それでも私と目が合うと犬のように嬉しそうに笑う。
なにも知らないのかどうなのかはわからないが、なんだかその様子がすごくわざとらしい。
「どうしたの、また男には関係のない話って奴?」
「……あなたと付き合えて良かったって思ったの」
私がそう言うと彼は一気に機嫌を直した。
ころころ、すぐに表情が変わる。
まぁ、そういうとこも腹立つけど嫌いじゃないのかもしれない。
私はなんとなくコンパクトを取り出す、これは奈津子に貰ったものだ。
首にある青いあざ、細長いロープのような青いあざ。
今ではそれが私に付いている。
私がそのあざに触れた時、彼の背後にいる女が突然爬虫類のように目を動かし、より一層私を強く睨みつけた。
思ったんですけど、主人公が彼氏じゃなくて彼女狙いだったら、の方がよりドロドロしてましたかね。あえて、女性同士の愛憎含むみたいな。よくも私の彼女盗ったな、みたいな。……そういうの好きですけど、ややこしいですかね。




