前の彼女の話 ~プロローグ『怪談としては本編』
連載とは名ばかり。ただ、前後半に分けたかっただけ、と言う。
後半、短いんでこれだけ読んでも大丈夫です。
前の彼女の話
~プロローグ、『怪談としては本編』
夏休み、私はただ退屈だった。
バイトも部活も別にしてないし、特に趣味もない。
これで付き合っている人がいれば少しは話が違ったんだろうけど、私にそんな人はいなかった。一応、好きな人はいたのだが、その人にはもう付き合っている娘がいるのでどうしようもない。
まぁ、でもどうせすぐに別れるんだろうとは思っていた。
あの人につりあわないくらいに、あの女はガキだ。
私はせめてもの暇つぶしに、街を適当にぶらつく。この時にはそれが夏休みの日課となりつつあった。
そんな中、この日は偶然にも懐かしい顔と会うことが出来たのだ。
――奈津子だ。
彼女とは小学校からの付き合いで、高校にあがるときに学校が分かれてしまったために、メールのやり取りばかりで中々会う機会がなかったのである。私は前々から彼女と直に話したいと思っていた。
久しぶりに会った奈津子はどうも元気がないように見え、それが気になった私は彼女を遊びに連れてってやることにした。
その中で話を聞いてみようと思ったのである。
私と奈津子は久しぶりに、一緒に馴染みのカフェに入った。
よく中学のときに通ったカフェなのだが、学校で話を聞く限りはここは女の子にあまり知られていないようである。男子には聞いていないのでよくわからない。
値段も格安で雰囲気も落ち着いている感じのカフェなのだが、落ち着いている雰囲気というのは、一般的な最近の女の子の趣味ではないのかもしれない。
私は店員に注文を済ました私は、すぐに奈津子に尋ねて見ることにした。
「どうしたの奈津子、なんか元気ないじゃない」
奈津子は「うん」と気のない返事をした。
なぜか、私と目をあわせようとしない。
「最近、彼氏も出来てあんなに嬉しそうだったのに」
奈津子は再び「うん」と返事を返す、それに言葉は続かない。
「……彼氏と喧嘩でもした?」
彼女は首を振った。
あんなにおしゃべりな奈津子がなかなか話そうともしない。
こうして見ると、元気がないというよりはやつれているという感じがする。
いつも、奈津子は髪に気を使っていてサラサラの髪だった。
髪を染めているのにもかかわらずあまり痛んでなかったし、染めているかどうかさえ微妙な色合いで綺麗に染めていた。それなのに、今ではところどころ枝毛が出来てる上に、髪の染めにむらが出ていて、はっきりと彼女が髪を染めているとわかる。
あまり寝ていないのか、うっすら目元にくまが出来ていた。それを化粧で隠すことさえ忘れているみたいだ。
いったい、何があったのだろうか。
いや、正直言えば心当たりがなくもない。
私はためらいがちに聞く。
「もしかして、奈津子の彼氏のさ……前の彼女のこと?」
奈津子はそれにも首を振る。
これは私にとって、とても意外なことだった。
私ならともかく、奈津子なら絶対に気にしていると思ったからだ。
実は、奈津子の彼氏には元々別に付き合っている娘がいて、その上で奈津子はその彼氏にアプローチをかけた。
その中で色々あったけど、今ではその人はその娘と別れて奈津子と付き合っている。
普通に見れば奈津子がアプローチをかけたせいで、二人が別れたように見えるだろう。学校の連中もそう言っている。
でも、私はそうは思わない。それぐらいで別れるなら最終的に結局は別れたのだ。時期が若干早まっただけのことだろう。
実際の所、第三者の私から見てもあの二人はもう終わりの関係だった。
私がもう一度何かを言おうと思い口を開いた。
「飲み物の方、お持ちしました」
が、店員にそれが遮られる。
「こちら、アイスアップルティーとアイスココアになります」
その店員はさっさと飲み物を置いて奥に引っ込んでしまった。
まぁ、いいか。あまり急いで聞くと奈津子が話すのを嫌がってしまいかねない。
私はそう思って、アップルティーを飲むことにした。ちなみに、アイスココアは中学の頃よく奈津子が飲んでいたもので、さっき何も言わない奈津子の変わりに私が勝手に注文したものだ。
私がアップルティーを飲んでいると、奈津子が私に顔を向ける。
今までずっと私に話そうか考えていたのだろう。
自然と身体が奈津子のほうへ向く。
「……あのね」
そう言って、また黙り込む。
奈津子は話そうか決めかねているようだ。
「きっと、言っても信じてもらえないと思う」
「奈津子、私たち友達でしょ? 例え、どんなことでも私は奈津子の力になりたいの。だから私を信じて」
私は奈津子に必死に訴えた。
それを聞いて奈津子はうつむく。
私が駄目か、と思ったその時。奈津子からボソっと声が聞こえた。
ただ、何て言っているのかわからない。
「奈津子、聞こえないよ」
また、奈津子からボソボソと声が聞こえる。
それでも、さっきよりも少しだけ大きな声だったので、今度はなんとか聞き取ることが出来た。だけど、私はそれが聞き間違いだと思った。
「奈津子、もう少しはっきり言って」
「……幽霊が付きまとってくるの」
どうやら、聞き間違いではなかったようだった。
「それってどういうこと」
「あのね、ずっと知らない女の人が付いてくるの。家にいるときも、学校にいるときもずっと。授業中は窓から覗いてくるし、自分の部屋にいるときも絶対どこかにいるの」
「それって今も?」
奈津子は頷く。
そんな馬鹿な話があるわけはない、でも奈津子は本気のようだった。
「最初はね、家の鏡に時々なにか映るだけだったの。それも最初は錯覚だと思ってた」
奈津子の話によるとそれは夏休みが始まった頃からで、初めの頃は気にも留めていなかったが、だんだんそれが女性の顔であることに気が付き始めたらしい。その女性は次第に家の鏡の中だけでなく、学校や自分のコンパクトミラーにも現れようになった。
「それで、今では鏡の外にも現れて付いてくるようになったの?」
「そうなの、まるで普通の人みたいに見えるの」
「見間違いじゃないんだよね」
「絶対ないよ」
どうしたものだろうか。
冷静に考えれば、ノイローゼとかそんな感じだけど。
考え込む私の顔を見て、奈津子は不審そうな顔をした。きっと、私が奈津子の話を疑っていると思ったのだろう。
奈津子は私を睨みつけて言った。
「これ見てよ」
奈津子は腕をまくる。
その腕を見て私は目を見開いた。
ひどく紫色に腕が腫れていたからだ。
「その女の人に後ろから押されてね、車にぶつかったの。脚立に登って作業をしている時に倒されることもあった」
私は奈津子に何て言ったらいいかわからなかった。
仮にそれが幻覚であったとしても、もうただ事ではすまない状況にある。
「ねぇ、私はどうしたらいいんだと思う」
そう彼女に聞かれても、私にはどうすることも出来ない。
その時だ、私が気が付いたのは。
「奈津子、鏡ある?」
奈津子は驚いたかのように、私を見た。むしろ怖がっているのかもしれない。
「持っているけど、ずっと見てない」
「見てみて」
「……でも」
「いいから」
奈津子はしぶしぶコンパクトを取り出す。
それを目をつぶって祈るように開く、そして鏡を見てからほっと息を吐き出して、安堵した様子を見せた。
「なにも映ってないよ」
「そうじゃないの」
奈津子は私がなにを言いたいのかさっぱりわからない様子だった。
それはそうだろう、ずっと鏡を見ていないのだから気付くはずもない。
「首の所、見てみて」
「いったい、なにがあるっていうの」
そう言いながらも、奈津子はコンパクトの角度を下げていく。
そして、気が付いた。
自分の首にある、細長い青いあざ。
それはまるで、首に巻きついてるかのようだった。
「これって……」
奈津子にはそのあざなのかがわかっていないようだった。
「ねえ、奈津子」
私はさっきから、もう一つうすうす感じていたことがあったが、今の奈津子を見て、それは確信に変わった。
きっと、奈津子はこの事を知らないのだと。
「奈津子の彼氏ね、奈津子と付き合う前に彼女がいたのは知ってるでしょ。学校は違ってるから顔はわからないと思うんだけど」
奈津子は頷く。
私は携帯を取り出して、その中に入っている画像を出す。
「それってね、この娘なの」
その画像を見せた瞬間に、奈津子の顔から血の気が引いていく。
「そんな、ありえない。だって……」
奈津子は私を見ているのか、見ていないのかわからないような目で私を見た。
あまりの動揺に目の焦点が合っていない。
「この人、あの幽霊と同じ顔してるよ!?」
彼女の声が店内に響く。
やっぱり、そうだったのか。
私は言おうか言うまいか迷った。
だが、いずれわかることだ。私が言わなくても、どうせ他の人から聞くことになる。
それなら、私がここで言っておきたい。
「あのね、奈津子は知らなかったと思うけど。その娘ね、実は私と同じクラスだったの。よく話してたりする程度には仲は良かった、かな」
私は関係ない話をしながら核心に近づいていく。
こういうことは、どんなふうに言えばいいのかわからない。
「でも、あなた達が付き合い始めてからすぐにね」
話している方の私が息を飲んだ。
意図せずに間を置いてしまう。
息を吐き出して、私はその事実を言葉にした。
「夏休みの直前に自殺したの、それもロープで首を吊って」
これだけ読むとフツーの怪談ですね。
怪談って予定調和で面白くない。