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剣と魔法のエヴァージェント  作者: 久津乃浦・我無
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第一話:吸魔石の暴走

【第一話:吸魔石の暴走】

第6大聖堂 礼拝堂内

「エヴァージェントに祝福あれ。人の世界に平安あれ。」

朝の礼拝堂に神官長の太く滑らかな祈りの声だけが響く。

礼拝堂の真ん中には天井に触れるのではないかと思うくらい巨大な黒曜石が鎮座している。よく見るとその黒い石の中は混濁しており、生き物のように蠢いて見える。

神官長がその宝石に向け日課の祈りを捧げたあと、傍らに控えていた他の神官に向き直り、

彼らが大事そうに両手で抱えていた無色透明な宝石を一つ手に取った。

『宿したまえ、渇望の原初よ、我らの糧にならん』

神官長がそう発しながら、無色透明な宝石を黒い石に近づける。

すると、黒く蠢く渦がにわかに早くなり、近づけた無色透明な宝石の中央に、ポッと水面にインクを垂らしたような黒い煙が広がってゆく。

その黒い濁りは徐々に透明な宝石全体に行き渡り、最後は黒々とした宝石に変化させた。

「次の吸魔石をここに…」

神官長が次々に透明な吸魔石を黒い色に変化させてゆく。

「他に誰か、日々の糧を求める者はいないか?」

神官長が問うが、神官から申し出はないようだ。

「…ではこれで本日の魔力供与の儀を終える。」

神官たちが各々、黒くなった吸魔石を手に礼拝堂を後にしてゆく。

その時だった、吸魔石が呼吸するような振動を僅かに感じた。

神官長は静かに向き直ると、その違和感を探るように巨大な吸魔石を仰ぎ見る。

しかし黒く蠢く模様は普段通り静かであったし、異様事態は起きていないように見えた。

神官長の目の届かない箇所に小さな亀裂が入っていた事を除いて。


辺境の町 サンドール町内 朝市通り

早朝のバザールで露店を開いているおばあさんがユアラ・ハリューズに声をかける。

「おはようユアラちゃん。今日も元気いいねぇ」おばあさんが売り物のリンゴを一つユアラに差し出す。

「ありがとう!おばあちゃん。何かあったら遠慮なく言って!冒険者の私が何でも力になるわ!」

「いつも助かってるよ。」

ユアラは早速、もらったリンゴに噛り付く。

「んーうまい!」

ここはサンドールという森と渓谷に囲まれた風光明媚な田舎町。

エヴァージェント辺境の地とみんなは言うけど生まれ育ったこの町をユアラは気に入っている。

ユアラは朝市の風景が一番好きだ。

町の活気も感じられるし、何より時々見た事もないような輸入品が並んでいる事がある。

行きつけの鍛冶屋に来ると、ひときは目を引く大きな吸魔石のペンダントが売られている。

「これ、司祭様用かしら。随分大きいわね」

「おお、ユアラちゃん。こいつは魔法職専用だ。」

店の奥から店主が声をかける。

「へぇ~」

ユアラは自分が首から下げている小指ほどの小さな吸魔石と見比べてみた。

自身の涙型の吸魔石には中央に少しだけ黒ずんだモヤのような魔力が封じ込められている。

一方、売り物の吸魔石は新品なので無色透明、大きさはユアラの顔くらいの大きさだ。

「ねえ、この吸魔石、いったいどの程度の魔力を貯められるのかな?」

「んー…この前俺が神殿に持ち込んだ鍛冶屋専用の吸魔石への魔力封入で、一つ15リンドルだったから、これ一個でざっと50か…60リンドルか…」

「そんなに!?」

興味深そうに吸魔石を見ているユアラを見て店主が言う。

「なんだぁ?まさかユアラちゃんは魔法職に転身かい?」

ユアラは慌てて否定した。

「ん?いや…やめとくわ。暴走したら恐いもの。」

「はは。そりゃそうだな。

お前さんのその小さな吸魔石でも暴走すればこの町全体が影響を受けるからな。」

すると店主がユアラの顔を見て思い出す。

「おお、そういえばこの前、森で仕留めたイノシシ肉の燻製が出来上がったって、レストランの髭爺さんが言っていたぞ。いい仕上がりだそうだ。

あれはユアラちゃんが仕留めたんだ、少しくらい貰っても良いんじゃないか?」

それを聞いたユアラの目が輝いた。

「ええ。それ良いタイミング。朝食まだなのよね~それじゃまた来るわ!」

ユアラはそう言うと店を後にする。

「まいど~」店長の声が見送った。


辺境の町 サンドール町内 マドルート通り

ユアラは意気揚々と町の中心街にあるレストラン“ルシオラ・レ・パンタ”に脚を運ぶ。

「髭じい。この前の肉、燻製できたって?」店に入るなりそう告げる。

「おや。ユアラじゃないか。どこから聞きつけて来たのか。」

「鍛冶屋のおやじは町一情報が早いのよ」

「ああ、あいつか。

どうだ、朝食がまだなら食ってくか?燻製はおまけするぞ。」

「やった!頂きます!」

「ではちょっと待っとれ。窯に火を着けるからな…」

髭じいがキッチンの窯に向かって指を差してこう発する

『燃やせ。熱き炎となり、種火とならん。』

「…」

しかし窯のまきに火が付く様子はない。

するとそれを見ていたユアラが言う。「おやじ。吸魔石!」

おやじの首から下げた吸魔石が綺麗な無色透明になっている。

「おお。魔力切れじゃな。」

するとユアラが横から窯に向けて指をさして発する

『燃やせ。熱き炎となり、種火とならん。』

するとユアラの指先から小さな炎が即座に飛び、一瞬にしてまきに火が付く。

「すまん。余計な魔力を使わせてしまった。」

「いいのよ。どうせそんなに使わないし。」

二人が話していると店にお客が入ってきた。

「爺さん。この前の燻製出来たんだって?…ってユアラじゃないか」

振り返ると幼馴染で同じ冒険者仲間のナッセ・キラーガが立っていた。

「ナッセも鍛冶屋のおやじから?」

「なんだ、ユアラもか。

この分だと他の連中にも吹き込んでいそうだな」

ナッセが微妙な顔をしながら近くの席にどっかりと腰を据える。

「髭じい。俺もユアラと同じで苦労したんだぜ~」

ナッセがおどけた雰囲気で髭じいにオマケ交渉をアピールする。

すると髭じいが言う「お前さんはワシの手伝いはしてなかろう?ユアラはさっき手伝っておったぞ。なあ?」

ユアラにウィンクする。

「そうね。残念だけどナッセは普通に美味しく頂いてくださいね。」

「ちぇ、なんだよ。」


辺境の町 サンドール町 西門付近

 二人が食事をしだした頃、町の門衛のもとに住民の一人が慌てた様子で駆け込んできた。

「大変だ!魔煙だ!魔煙が噴き出している!!」

それを聞いた門衛の一人がすぐに鐘楼に駆けあがる。

もう一人の門衛が事情を聴く。

「それで。場所はどこだ。」

「西の森の炭焼き小屋の脇だ。地表の亀裂から突然噴出した!

仲間の一人が魔煙を吸っちまった!」

するとカン!カン!カン!カン!と警鐘が町に響き渡る。

 遠くから警鐘が聞こえユアラとナッセは顔を見合わせた。

「魔煙か!」ナッセは言うと傍らの剣を手に取りすぐさま店を出る。

「お、爺さん!これ取っておいて!」とユアラも食べかけのパンを一口かじると、

慌てながら自分の剣を握りナッセの後を追った。

 二人が門の前まで来る頃には、他の冒険者も集まっていた。

「ユアラ!こっちだ!」パーティーの一人で弓使いのディノ・ヒルベルトが二人を見つけて手を振っている。

「状況は?」

「…最悪だ。ここから500m先の炭焼き小屋で魔煙が噴出した。被害者は1名。今神官が到着するのを待っている。幸いこっちは風上。町には来ない」

「あの森には狼の群れが居たわよね」とユアラ。

「ああ、それだけじゃない森サソリも生息している。厄介だ」とナッセ。

すると門の向こうの森から狼の群れがこちらに駆けてきた。

どの狼にも黒いオーラがまとわりついて、まるで黒い濁流のようだ。

「言った傍からこれだ!仕方ない掃討するぞ。」

冒険者たちが一斉に狼の群れに駆け込んで切りつける。

ユアラ達も応戦した。

数分後…襲ってきた狼の群れの討伐が完了する。

至る所に狼の死骸が転がっている。もうそこにオーラの影はない。

死骸の中に小さな個体が点々とあるのをユアラが見つけた。

「こんな子供まで…」

ユアラの首に下げていた吸魔石の中心からコポリっと黒いキリが産み出て溜まる。

するとナッセがユアラの肩を抱き寄せて言う。

「仕方ない。魔煙に触れた生物はみな狂暴になる。今は討伐する以外に方法がないんだ。」

「…そうよね。」ユアラが悲しくそう返した。

その直後だった。

森の奥からゆらりと人影が躍ったかと思うと、ユアラ目掛けて住人の一人が襲ってきた。

住民は正気を失っているようで、言葉にならない奇声を上げながら斧を振り上げている。

見ると首にかけているはずの吸魔石が割れており、台座だけになっている。

その住民の動きは人間離れした素早さだった。

初撃を間一髪でかわすユアラとナッセ。

「これは!?」と動揺するユアラにナッセが応える。

「さっき言ってたヤツだろ。魔煙を吸った住民だ。気をつけろ!」

黒いオーラに包まれた住民が、ユアラに狙いを定めると、斧を振り回す。

ユアラはその攻撃を剣で受け流しつつ叫ぶ。

「ど。どうすれば…」

「間合いを取れ!無暗に傷つけるな!ユアラの吸魔石がもたないぞ!」

ユアラの吸魔石にボコボコと黒いキリが沸き上がり、みるみる黒ずんでゆく。

「っち!」ナッセが住民とユアラの間に割って入る。

「お前の相手は俺だ!」ナッセは剣で斧を弾いて間合いを取る。

しかし住民はまるで獣のような雄叫びをあげると、ナッセに襲い掛かった。

金属がぶつかり合う音が響き、鍔迫り合いに持ち込んだ。

住民は凄い力でナッセを押し切ろうとする。

「くっ!こいつの力はなんだ!」

ちょうどそこに門衛と共に神官が駆けつけた。

「神官!俺が抑えている隙に!早く!」

神官は住民に素早く透明な吸魔石を向けると、こう発した。

『宿したまえ、渇望の原初よ、我らの糧にならん』

その直後、神官の掲げた吸魔石に向かって、住民の黒いオーラが収束しながら吸い込まれてゆく。

吸魔石がみるみる黒く濁ってゆく。一方で住民のオーラは薄まり始めた。

ナッセは斧を握る力が落ちてきたのを感じ取った。

「今だ!」ナッセが斧を剣で弾き、同時に住民の腹に蹴りを見舞う。

斧が空高く舞い、地面に刺さった。

蹴られた住民は吹き飛びはしなかったものの、数歩だけ後ずさりすると「うう…」と低く唸って、膝から崩れ落ちた。

しばらくして、黒いオーラから解放された住民が徐々に正気を取り戻す。

「…お…俺は…」

「大丈夫か!クロト!」炭焼き職人の仲間が駆け寄る。

それを見届けたナッセは剣を鞘に納めながらユアラに近づいた。

「無事かユアラ」

「うん。ありがとう。ナッセ…」

ユアラの吸魔石を確認すると中央は黒いキリに覆われているが、安定しており増える様子はない。

「ところで、怪我の治療お願いできるかな?」そう言うとナッセが手の甲をユアラに見せる。

かすり傷だが少し切れて血がにじんでいた。

「少しドジっちまった」苦笑いを浮かべるナッセ。

「もう。仕方ないなぁ」ユアラに笑みが戻る。

『癒せ。慈愛の原初よ、傷を塞ぎたまえ』

ユアラが傷口に手をかざしながら発すると、白い光が傷口に収束しながら灯り、ナッセの傷を消した。

すると後ろからディノが声をかける。

「二人の世界を壊して悪いんだけど、ユアラ。俺もケガしたんだ。頼む癒して~」

ディノの腕を見ると、紫色にうっ血している。打撲のようだ。

「もう…わかったわ。手を出して」

ユアラが二人を回復させている間に、周囲では狼の死骸の集積作業が始まった。

大部分は一か所にまとめられ火葬の準備が進む、その傍らでは食料として荷台に積まれてゆく。

「俺たちも手伝おう。」ナッセに促されユアラがうなずく。

食料に仕切れない分を集めると、神官が火葬の炎を灯す。

『還れ。慈愛の炎になり、無垢の灰とならん』

神官の手元から青白い炎が放たれ、積み上げた死骸の山を瞬く間に包み込んだ。

周囲の冒険者は右手で左の肩を抱き黙とうをささげた。

一通り作業が終わると神官が冒険者に向けて声をあげた。

「皆にお願いしたい!

これより魔煙を封じに森に入る。

道中の警護を引き受けてはくれないか。

報酬は一人3リンドルと5セシェル」

ナッセがユアラに聞く「吸魔石のメンテナンス一回分くらいか…どうする?行けそうか?」

「大丈夫!ナッセは?」ユアラがナッセの吸魔石を確認する。

ナッセも溜まっているが、ユアラ程ではなかった。

「お互い大丈夫そうね。行きましょ!」

「おい、俺を置いていくな」とディノが慌てて駆け寄った。


辺境の町 サンドール外縁 ウルラ山 山道

 警護といっても普段とは状況が違う。

元々生息している獰猛な野生動物に加え、

魔煙を吸って狂暴化した魔獣を討伐しながら進む。

それだけではない多少であれば問題ではないが濃い魔煙に触れるのは危険だ。

「こっちにも来てくれ!くぼみに魔煙が充満している」

冒険者の一人が神官を呼ぶ。

神官が急いで駆け寄り魔煙を吸魔石に閉じ込める。

ディノが言う「なんでこんな見えにくい場所に魔煙が溜まるかねぇ。

これじゃ迂闊に探索も出来やしない」

「魔煙は地面を這うように進むので、窪地に嵌りやすいようだな」とナッセ。

「おかげで、大体の場所が判るからいいじゃない。」とユアラ。

「まっ!俺なら木の枝伝いで飛んでいけるから良いけどよ。

なんならユアラくらいなら負ぶってでも飛べるぜ!」

ディノが屈伸しながら自慢する。

「はいはい。その時はよろしくね!」

ユアラの素っ気ない態度に、ディノは少しがっかりしたようだ。

「そろそろ炭焼き小屋だ!全員周囲を警戒!」

年長の冒険者の号令で全員が周囲に気を配る。

少し進むと開けた場所に出た。

正面に炭焼き小屋が見える。

よく見ると小屋の向こう側から魔煙が地面を伝いこちらに流れていた。

その時だった不意に小屋の陰から、ノースランド・ウッドベアが、のそりと立ち上がった。

黒いオーラを纏ったブラッドベアの口元からは、よだれが滴り落ち。視線は定まっていない。

小屋の屋根より高い位置で鼻を盛んにひくひくさせ周囲の匂いをかんでいる。

「なぜここに!冬眠期間じゃないのか!?」

「魔煙が巣穴に入り込んだんだろうよ…」

冒険者がそう話していると、視線がこちらに向く。

「来るぞ!各自応戦!」という年長者の号令で近くにいた冒険者たちが武器を構え直した。

四つ足状態で巨体を躍動させながら突撃してくるウッドベア。

ノースランド・ウッドベアは危険度Cクラスで、狼のDクラスより格上だ。

突撃してくるウッドベアの前に大盾を構えた冒険者が、

盛んに斧で盾を打ち鳴らしながら立ちはだかる。

「来いよ!こっちだ!俺が相手だ!」

ウッドベアのヘイトが盾持ちに向かい勢いそのままに盾持ちに突っ込んだ。

ズガン!という金属のぶつかる音が響く。

盾持ちは防御姿勢を維持したまま、踏ん張った両足で地面を抉りながらもウッドベアの突撃を止めた。

「こ!こいついつもより強いぞ!」

するとすかさずナッセが補助魔法を発する。

『与えたまえ。土の賛歌よ、兵に不屈の意思を示せ』

すると地面の土が盾持ちの足元を伝い、脚全体を覆い、装甲を着込んだかのように形成される。

「こいつはありがたい!」補助魔法により盾持ちの姿勢が前かがみで安定する。

ウッドベアは力押しが効かないと見るや、スクっと立ち上がって右手を振り上げ、大振りに打ち下ろそうとした。

その瞬間をディノは見逃さなかった。

詠唱と共に放った矢が急速に加速し、閃光がウッドベアの片目を射抜いた。

ウッドベアが悶絶しながら後ずさりする。

盾持ちとの距離が離れたのを見計らって、

魔術師の爆炎魔法がウッドベアに炸裂する。

瞬く間に包んだ炎はウッドベアを半狂乱にさせた。

それを見てユアラが支援魔法を発しながら首もと目掛けて走り込む。

『纏え。疾風となり、我が身と踊れ』

ウッドベアの振り回した腕を寸前でヒラリとかわすと、回転する勢いのまま剣で薙ぎ払った。

刃が深々と首に差し込まれる。

次の瞬間ウッドベアの巨体が揺れ、力なく地面に倒れ伏した。

それを見て冒険者たちから勝どきの声が上がる。

「う…ウッドベアを倒したぞ!」「おお!」

それを見た年長者がすかさず「気を緩めるな。発生源は目の前だ。」と場を締めた。

神官が炭焼き小屋付近から地面を這いながら迫る魔煙を吸魔石で吸収しがら裏へと回る。

すると、地面に開いた亀裂から黒いキリが噴き出していた。

「ここか…」

神官はすかさず封印の言葉を発する。

『封じ込めよ。土よ集いて、渇望の盾となれ』

すると、亀裂の周囲の土が覆い始め、次第に魔煙の噴出が少なくなってゆく。

完全に魔煙が消えた事を確認すると神官が言う。

「運んできた吸魔石をこの上へ」

冒険者二人がかりで大きな吸魔石を置く。

『宿したまえ、渇望の原初よ、我らの糧にならん』

封印している神官を見てディノがつぶやいた「これでひと段落か…」。

するとナッセが「そう言いたいところだが…風下に流れた魔煙を取ってからだな」と付け加える。

「いったいどの位の魔煙が広がったのかしら」ユアラが周囲を見回しながらつぶやく。

封印を終えた神官が冒険者たちに言う。

「すまぬが、もう少しの辛抱だ。

幸い、ここの風の流れは緩い。

魔煙の進みはおそらく鈍化し、周囲数百メートルといったところだろう…」

「げぇ~まだあるのかよ~」ディノがお手上げの仕草をした。

ユアラが聞く「神官様。この現象、なんでここ最近多くなったのですか」

すると神官は少し表情を強張らせながら重い口を開いた。

「少し長い話になるが良いだろうか…

昔も時々このような事はあった…

しかし近年この現象が各地で起きている。

皆も記憶にあるだろう…数年前、北の町ポートウィルを地震が襲った。

その時、巨大な亀裂が町の中心部に走った。

当初はそれで済むかと思われていたが、地下を伝い魔煙が噴き出したのだ。

その日のうちに町は崩壊し。生き延びた住民はごく僅かだった。」

ナッセが言う。

「それは私も聞いている。

魔煙は人から理性を奪う。だからポートウィルで暴動が発生した。」

するとディノが質問する。

「で。結局のところ、その魔煙ってのはどこから来るわけよ?」

「…人だ…人の心だ。

この世界には別の世界があるという…

そこに住む人々の発した負の感情の成れの果てが魔煙なのだ。」

「でも、私たちはその危険な魔煙をこうして吸魔石に貯めて平然と生活しているわ」とユアラ。

「そう…本来であれば魔煙はどこか人目に着かない場所に捨てるべき存在。

しかし魔煙を放置すればいずれ魔煙にエヴァージェントが飲み込まれ崩壊する。

そこで我々の祖先が魔煙を別のエネルギーに変換し消費する技を作り出した。

それが吸魔石であり、魔法の媒体となるものの正体だ。」

神官がユアラに言う。

「お主がさっき、なぜ最近多いのかと問うたな…

それは別の世界の住人の負の感情が増えたからだ。

もしも、別世界の人の心が荒み、負の感情がこれまで以上に溢れれば、

エヴァージェントに災厄が訪れることになる」

「ど。どうするんだよ!何とかからないのか?」動揺するディノ。

するとナッセが聞く。

「魔煙を止める方法はあるのでしょうか」

「無いわけではない…が、それには人の力が必要だ。

我々ではなく、別世界の人の力が…」

「んなもん無理に決まってんじゃん!

どこに居るかも判らないのに」ディノが頭を抱える。

神官が言う。

「人の心から発したエネルギーは、発した人に還ってゆこうとする。

魔煙は時として消える事がある…それはその持ち主に還っていった証なのだ。」

「では、魔煙をもとの人に返せれば減ってゆくという事ですか」とナッセ。

「そう都合よくはいかない。

だからこうして我々は言葉の力を借りながら魔煙を消費しているのだ。

…少し長居したようだ。先を急ぐとしよう」

 ナッセたち冒険者は周囲の探索を再開した。

すると深い谷底に魔煙が色濃く溜まっている場所を見つけた。

「おそらくここが最後の場所だ…深いな…」ナッセが谷底をのぞき込みながら言う。

ディノも覗き込み「こんな距離で吸魔石の効果は届くのか?」と神官の方を見る。

神官も少し自信ない様子だ。

するとナッセが提案した。

「その吸魔石を俺が持って、魔煙の近くまで降りるので、神官様は詠唱をしてくれないだろうか」

「やめてよ!ナッセ!」と止めるユアラ。

神官は低く唸ると「すまぬが、頼めるか…」とつぶやいた。

早速ナッセが準備を始める。

近くの木に縄を回し、縄の一方を自分の腰に巻き、他方をユアラに渡す。

するとディノが割って入った。

「力仕事は男に任せな!」

ナッセは神官から吸魔石を預かると、ゆっくり崖を降りてゆく。

「ディノ、もう少し縄を緩めてくれ」

「あいよ~」

息のあったチームワークでナッセはスルスルと崖を下り、魔煙のそばまで降りる。

そして吸魔石を魔煙の方向にかざした。

その時だった。上空に黒い影がスッと通過した。

「ホークウィンドだ!」

冒険者の一人が上空を指差して叫ぶ。

ホークウィンドは四つ足の獰猛な猛禽類で危険度Cクラスだ。

「ディノ!引き上げてくれ!」ナッセが急いで崖をよじ登り始めた。

「あいよ!」ディノも力一杯縄を引っ張る。

それを見てユアラもディノに加勢しようとした時だ。

ホークウィンドが上空から急降下して二人を襲った。

「危ない!ユアラ!」

ディノは縄を手放すとユアラを突き飛ばした。

ホークウィンドのツメがディノの背中をかすめて地面を抉り飛び去る。

周囲の冒険者も一斉に攻撃魔法で応戦している。

ユアラが叫ぶ「ディノ!縄は!」

「あ!」ディノは縄の行方を捜したがどこにもない。

ユアラが谷底を確認しにいく。

「ナッセ!!」

しかし崖にナッセの姿はすでになかった。

よく見ると、魔煙の中に吸魔石が落ちている。

「嘘よ!ナッセ!そんな…」

「こんなはずじゃ…」ディノも尻もちをつきながら震えている。

ホークウィンドは火炎魔法を嫌ったのかしばらくすると飛び去って行った。

神官が駆け寄り谷底に視線を送る。

すると不思議な事が起きた。

魔煙が急速に透明になってゆく。

「魔煙が消える…」

「ナッセは!?」ユアラは魔煙が消えた谷底を探すが、ナッセの姿はない。

神官が険しい顔で重々しくこう言う。

「魔煙が主の心に戻った…ナッセと共に…」

「ナッセ!!!」ユアラの叫びが谷間に響いた。


第6大聖堂 礼拝堂内

「なんだ!?何が起きている!!」

神官長が巨大な吸魔石の前で狼狽える。

巨大な吸魔石が呼吸をするかのように振動していた。

「これはまさか…」

その時だった、吸魔石が3重に見えたその刹那。

ピシ!

吸魔石の上に亀裂が入ったかと思うと下まで一気に広がった。

バリン!という音と共に、巨大な吸魔石が割れ濁流のように魔煙が神官長を飲み込んだ。

その勢いは凄まじく、あっという間に広がった。

近くにいた神官も、神殿を守る騎士団も、神殿のふもとにあった町も、瞬く間に黒い渦に沈んだ。

ちょうど神殿に帰ろうと、小高い丘まで来ていた神官がそれを目撃した。

「まずい!魔煙が溢れた!」

神官は乗っていた馬を返すと、隣接する隣町へと急ぐ。

その神官が発する。

『ルディウス・マルフォの名のもとに起これ。疾風の調べよ、我が声を届けよ』

その神官の急報は、瞬く間に大神官のもとへと伝わる。

「なんという事だ…恐れていた事態が起こってしまった!」

驚愕しよろめきながら膝をつく大神官。

「何があったのですか。」その様子を見た神官が駆け寄り支える。

「吸魔石が暴走した…第6大聖堂の周辺に避難指示を。

全土に緊急事態の宣言をする。」

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