第六話 闇に沈む
ソフィアも私とアルベルトの事を少なからず想っていた。それは祝福ではない。むしろ死に至る猛毒であった。
私達からの一方通行であればまだ諦められた。
でも想いは確かに通じ合っている。通じ合ってしまっているのだ。
「はぁ……」
その日の目覚めは最悪であった。ソフィアの視線に気づいてから、私は彼女を注意深く観察するようになった。特に注目したのは私達に会っている時とそうでないときの違いだ。
その観察のためにあえてアルベルトとの視察を断り、ひっそりと隠れて覗き見したりもした。普段の私にはありえないリスキーな行動だ。それでも私は確かめたい思いを止められなかった。
その結果の私のため息が物語っている。理性は否定したがっているがあれを見てしまっては無理だ。恋をしていなければあんなに焦がれるような視線をアルベルトに向けない。別れた後にあんなに悲しそうにはしない。
もはや勘違いでは済まされない。ソフィアもまたアルベルトに恋をしている。
「だからってどうすればいいのよ。一緒に破滅しろとでも言うの?」
仮にアルベルトとソフィアを婚約させるとしよう。そうなればまず私と婚約を解消する必要がある。その後に婚約し直しになるわけだが、いくら成績が優秀とはいえ、平民のソフィアを後の王妃まで押し上げるのは無理がある。
私との解消は理解されたとしても、他の貴族達をすっ飛ばして平民を選ぶのは全ての貴族を敵に回す。それこそ誰にも祝福されない婚約だ。アルベルトは後の王とはいえ、貴族に見向きもされない状態では王であっても何も出来ない。そうなったらもはや詰みだ。
国を壊す悪しき王としてアルベルトも、王を誑かしたソフィアも無事で済まないだろう。では私はどうなるだろうか? 正直どうでもいい事ではあるが。生き残るにせよ死ぬにせよ、二人がいないのであれば私も死人だ。
それが容易に想像出来てしまうからこそ、私は言った。祝福ではなく死に至る猛毒だと。それも思わず身を委ねたくなる甘美な毒だ。
「いっそ落ちてしまおうかしら? そして罪人となった二人を私が囲うとか? そうすれば……私相当に病んでるわね」
ぞっとするような黒い考えに失笑しか出ない。でもそれくらいしか答えを出せないのは事実であった。簡単に解決出来る問題ならばとっくの昔に行動している。
「ほんと、どうしましょうかね?」
冗談っぽく言ってはみるものの、心は深い闇に沈んだままである。パンドラの箱を開けてしまった私はその日から心に魔物を飼うようになっていた。
這い上がるどころか私は深く深く落ちて行く。この先に果てはあるのだろうか? ふとそんな事を思った。
どす黒い気持ちを抱えたまま、学校に行くとアルベルトがいなかった。珍しい事もあるものだと思っていると、アルベルトの護衛フレデリックが私の元を訪れ、彼から体調不良で急きょ休みを取ったという事を知った。
「軽い風邪との事ですのであまり心配しないでください」
「そう。だったら見舞いは行かない方が良いのかしら?」
「その方が良いかと。移すのは嫌だとおっしゃっていましたので」
「分かったわ。じゃあ見舞いの品だけ用意させるわね」
「感謝します。殿下も喜ぶ事かと思います」
フレデリックは礼儀正しく礼をすると私の元を去っていた。彼はアルベルトは風邪と言っていたが私は知っている。その体調不良は心の病だと。アルベルトも私と同じく悩んでいた。悩みすぎて心と体のバランスが崩れてしまったのだろう。
何故私が無事なのかと言えば私が先にソフィアの想いに気づいてしまったからだろう。その事で新たな闇を生んだわけだが、分からないままでいるのもまた地獄に違いない。特に異性であるアルベルトにとっては。
「どっちが良いって話でもないのだけれどね。気づくのが遅いか早いかだけの事だもの」
そう結論づけると私は自分の護衛を呼ぶ。
「エル?」
「はい、こちらに」
アルベルトの護衛であるフレデリックもそうであるが、私の護衛であるエリシアも私達から話しかけないと会話には参加してこない。これは別に虐げているとかではなく、彼女たちの本分が護衛だからだ。仲良く話している間に護衛対象がやられましたは冗談では済まされない。
特にアルベルトと私は学校内で最重要人物である。国立学校故、安全面には配慮しているとはいえ、まさかを起こさないためにも私達含む高位貴族たちは、それぞれ護衛を連れるのを許されている。
例外的にフレデリックが単独でやってきたのは、アルベルトのいる王宮の中は安全だからであろう。我がセイファート家でもそうであるが、屋敷には屋敷を守るための守備兵がいる。故にこのエルとフレデリックはあくまで外出用なのだ。
「あなたの伝書ガラスを使わせてもらってもいいかしら?」
伝書ガラスとは人用に卵の頃から飼育し、命令を聞くようになったカラスの事である。伝書の名の通り、主に手紙の配達を行ってくれる賢い鳥だ。
「コニーをですか。もちろんです。どんな内容を、誰に伝えますか?」
コニーとはエルの伝書ガラスの名前だ。野生のカラスは知恵も回る厄介者であるが、人の味方となったコニーは温厚で愛くるしく、私もたまに触らせてもらっている。
「アルベルトに見舞いの品を見繕って送るように我が屋敷に伝えてほしいの。私はこれから授業を受けなければならないから」
「了解しました。何かご希望のものはありますか?」
「そうねぇ。フレデリックは風邪と言ったけれど多分違うだろうし……」
私は考える。そもそも心の病に効くものなんてあるのだろうか? 一番の特効薬は結局ソフィアと話をする事なんだろうけれども。いっそソフィアにお見舞いに行ってもらうとか? 変な方向に進みかけて私は頭を振った。
「いえ、普通に滋養に良い物を送っておいて」
「かしこまりました。コニー、仕事だ!」
エルが呼びかけると近くの木の上に待機していたコニーがやってくる。エルは早速私が言った事が書かれたメモをコニーの足に括りつけると空へとはなった。
「さあ、行ってこい!」
勢い良く飛び立つコニーを見て私は素直な賛辞を述べた。
「いつ見てもお利口さんね」
「私の自慢の相棒ですから」
普段は護衛と言う仕事ゆえ無表情のエルであるが、コニーの話をするときはどことなく嬉しそうなのを私は知っている。人とは違うとはいえ、好きな相手と一緒にいられるエルを私はうらやましく思った。
「それじゃあ私は授業を受けに行くわね」
「はい、私も護衛の任務に戻ります」
だからと言ってエルは私のそばにいたままで別れるわけではないが。しかしながら護衛の任務に戻る際、彼女は空気に溶け込む。こうして目を合わせていれば彼女がいる事が分かるが、一度視線を外してしまえばなかなか探すのは大変だ。
気配を隠す訓練をしているとの事だが、エルといると視覚と同じくらい音も大事だと思い知らされる。音がないだけでこんなにも探しにくくなるなんて、彼女が護衛になる前は思いもしなかった。
アルベルトのいない授業は初めてだったが、特に寂しいとか違和感があるとかはなかった。そもそも勉強中はお互い集中しているため、アルベルトと会話する事がない。ディスカッションなどがあれば流石に違って感じるだろうが、今日に限っては実演系のものはなく、ただの日常として流れて行った。
むしろアルベルトがいない事を一番実感したのはお昼休憩の時だ。これまで昼食を一緒に食べる者はアルベルトしかいなかったため、私は一人個室で食べる事になる。何故個室かと言うと昼食時に私とアルベルトが一緒にいたら、他の生徒達が緊張するであろうという事で、学校に頼み込んで昼時のみ空き教室を貸してもらったためである。一人で食べる昼食は少し味気なく感じた。
いつもよりも早く食べ終わってしまい、時間が余った私は一人ぼんやりと考える。考える事はもちろん私達とソフィアの事だ。何度考えたって結果は同じなのは分かっている。私達がソフィアを求めるとどうしたって未来は詰んでしまう。
それでも何かないかと探し続けているのだから私もなかなかにヤバイ。そんな私に学校を休んだアルベルトの事を笑う余裕なんてない。
なんて辛い時間。その時の私はそう思っていた。本当の恐怖はこんなものではないといいうのに。この日、私はそれを思い知る事となった。
午後の授業が終わり、アルベルト不在からこれから一人で視察に行こうかと思った時であった。慌てて一人の生徒が私も元へと駆け込んできた。ソフィアと同じく平民の特待生であるモルガンだ。
その必死な表情に私は猛烈に嫌な予感がした。
「あ、あの! ナタリア様!」
「モルガンどうかしたかしら?」
私は理性を総動員しながら冷静さを装う。だがモルガンの次の一言で全ては水の泡となった。
「ソフィアを! ソフィアを助けてください!!」
「ソフィアですって!?」
「ソフィアがいきなり男の人達に連れていかれたんです!!」
一瞬頭が真っ白になった。脳がモルガンの言った事を理解する事を拒んだ。でもじわりじわりと彼女の言葉が内に浸透していくにつれ、心が冷えていった。その様子を見て内なる魔物がケタケタ笑っている。
そして私は理解した。そうか、これが怒りと言うものか……
「……教えなさい。一体誰がそんな愚かな事をしたの?」
それは本当に自分が発したのかと思うほど冷たい声であった。




