第二話 ナタリアとアルベルト
ソフィアのお披露目が終わり、会場に安堵の空気が流れたその時、アルベルトは彼女の手を取った。
「それではソフィア嬢」
「はい」
ファーストダンスを踊るためである。
「楽しんでらして」
私は二人を笑顔で見送る。ここも予め段取りが決まっており、ファーストダンスは本当に婚約者が変わったのだという事実を知らしめるためのパフォーマンスである。だが計画の中であっても二人は本気で楽しもうとしているのが見て取れた。
「でもそれでいい。本気だからこそ二人の仲を疑う事が出来ない」
二人が踊ってしまうと余りものである私は一人壁の花になるわけだが、流石にフリーになったからと言ってすぐに声をかけてくる馬鹿者はいない。
私は私に視線を向ける貴族達の困惑が手に取るように分かった。普通であれば私とアルベルトの婚約解消は悲劇でもあり、侯爵家が約束を反故にされた事実は軽いものではない。クアラルン家の遺児という納得せざるを得ない事情があったとはいえ、面白くないのは間違いないだろう。
しかし当事者である私は一切悲しみを見せず、むしろその逆で私こそが二人を一番祝福している。それも演技ではなく心の底から。一体何故かと貴族達は不思議でしょうがないだろう。
皆は私とアルベルトの仲が良好であったのを知っている。だから後から出てきてアルベルトをかっさらっていったソフィアに私が負の感情を持たないのが解せないのだろう。
でも私から言わせれば違うのだ。
そもそもの前提を間違えている。
周りは皆はアルベルトと私を異性同士、つまりは恋愛の関係だと思っているだろうが、当人達の考えは全く異なっている。確かに私とアルベルトは仲が良いし、傍から見れば理想の関係と思われてもおかしくない。
しかし近ければ良いという訳でないのを私達は知っている。私とアルベルトは単に相性が良いとかそういった次元ではないのだ。
何故ならいつだって私にアルベルトの考えは筒抜けだし、アルベルトもまた私の考えは全て見透かされる。だからか私とアルベルトは何時だって結論が同じになる。答えに至る過程にいくらかの差異はあれど、答えが一緒であるのならばそんなのは微々たるもの。
言うなれば、
アルベルトはもう一人の私なのだ。
自分自身に恋をするか? と聞かれれば大抵の人はNOと答えるだろう。自己愛はあってしかるべきだが、自分と恋をしたいとは思わないはずだ。
他人と言うには近すぎる存在、それが私とアルベルトであった。そして恋愛とは他人同士だからこそ成立するものだ。
ドッペルゲンガーと言う空想上の生き物がいる。そいつは人の姿を完全に模倣するのだが、真似された側が自分の姿をしたドッペルゲンガーを見ると死ぬというはた迷惑な存在だ。何故ドッペルゲンガーを見ると死ぬのか、その一説としてドッペルゲンガーが真似された本人を殺す事で本物になり替わるためというのがある。
私はそれをあながち嘘ではないと思っている。ドッペルゲンガーが存在するしないはどうでもいい事で、肝心なのは殺して模倣先になり替わるという部分だ。
私が思うに同じ者同士が反発し合うのは道理だ。自分と寸分違わぬ存在がいるということは己のアイデンティティーの危機なのだから。
だから私がアルベルトと性別が異なっているのは幸いと言えた。元は同じかもしれないが、性別が別れたおかげで助かったと思う事は多々ある。
まず単純に見た目の差異が大きい。男女に別れると容姿だけでなく、骨格の違いから体の大きさや服装すらも異なってくる。声だってその一つだろう。基本的には声変りのない女性の方が高い。
勉学に関しても私は女としての教育を受ける事になったし、アルベルトは男としての教育を受ける事になった。受ける教育が違えば少なからず違いは出てくる。そして男女としての体の感じ方、及び感性の違いも手伝って、私とアルベルトは他人同士としていられるのだろう。
もしも仮に私とアルベルトが同じ性別で生まれ落ちたとしたら、私はアルベルトを殺していたかもしれないし、あるいは殺されていたかもしれない。私と言う存在は二人もいらないのだから。
別に私とアルベルトがそのまま婚約していてもそれなりにはやっていけたのだろう。紙一重のところで別の人間とは認識出来ているという、奇跡的なバランスで私達の信頼関係は成り立っている。燃えるような恋ではないけれど、これから国を担っていく同士としてお互い認めて合っていた。
ただ私は、
私とアルベルトはソフィアと出会ってしまった。
周りが望むまま敷かれたレールをなぞっていた私達の目の前に現れた眩い光、それこそがソフィアだ。私達のような作られたものではなく本物の輝きを持つ者、その輝きに魅せられて私達は狂ってしまった。
あるいはこれまではおかしくて正気に返ったのか。
きっとその答えは私ではなく、後世の者達が決めるのだろう。
すでに選択をし終えた私達はただ全力で走り抜けるだけだ。
周りの視線なぞどこ吹く風で一人思考にふけっていた私であったが、ダンスが難しいパートに差し掛かったところで、視線を二人へと戻す。
「さあ、勝負所よソフィア」
今は優雅にアルベルトと踊っているソフィアであったが、優秀である彼女が最も苦戦したのがダンスであった。特別運動音痴と言うわけではなかったが、元平民ゆえの警戒心の高さとでも言おうか、相手に合わせるというか、身をゆだねる事が難しかったらしい。
だから一人では踊れてもパートナーと一緒だと一気に動きがぎこちなくなる。特にパートナーが男性となると顕著だ。まずソフィアはお互いの胸を合わせるほどに男性の近くに立つという事が出来なかった。
見た目が良い事は何も得だけを運ぶものではない。特に庶民の中でも底辺である孤児院育ちのソフィアは色々と苦労したのだろう。ソフィアは頭の回る子なので、うまくかわすのは上手かったのだろうが、そんな彼女にとっての天敵は力で押さえつけられる事だ。
理不尽な力をかわす唯一の方法は近づかない事。事実ソフィアは男性と話す時は必ず一定の距離を取っていた。ソフィアにとって容易に男性を近づけさせない習慣は必要な物だったろうが、それが邪魔になるなんて思いもしなかった。
しかしながら社交にはダンスが必須、という訳でもないが、ソフィアは平民から王子の婚約者へ転身を果たした特別な女性、だからこそデビューを華々しくさせなければならず、そのためにはどうしたってダンスが必要で私は頭を悩ませた。
慣れさせるにしたってアルベルト以外の男性と踊ってもらうわけにもいかないし、そもそもそれをやればアルベルトの方が嫉妬に狂ってしまうから論外だ。結局起死回生の一手などなく、地道にやっていくしかなかった。アルベルトとソフィアの関係を隠しつつ、秘密裏でアルベルトにセイファート家に来てもらってこっそりとダンスの練習してもらう。何とハードな日々だったか。
それこそ最初は手を繋ぐとか、そんな子供のお遊戯レベルから始めたのだから、今ソフィアがちゃんと踊っている姿を見る事が出来るのは、ダンスを一から教えた身としては感慨深いものがある。よくもまあ今日と言う日に間に合ったものだ。
周りが見守る中、ソフィアは難しいパートもミスなく超える事が出来た。後は終わりに向けて一直線である。あそこを超えたのならもう間違う事などない。
アルベルトとソフィアが無事にダンスを終えると、周りから盛大な拍手が起こる。二人はそれに応えるために礼をすると、意気揚々に私のところへと帰ってきた。
「ナタリア様!」
「殿下とのダンスは楽しかったかしら?」
「はい、ナタリア様が教えてくださったおかげで、間違える事なく楽しく踊る事が出来ました! 次はナタリア様と踊りたいです」
「私と? ふふふ、良いわよ」
もちろんこれも仕込みである。私とアルベルトが踊っても良かったが、円満な関係をアピールするには別にアルベルトでなくてもいい。私とソフィアでも成立するのだ。私は男性パートも踊れるし、私がアルベルトと踊ってしまうとソフィアが孤立してしまう。
そうするとソフィアに大して何かしら行動を起こそうとする輩は必ず出てくる。ソフィアには対応する術を教えてはいるが、これといった実績のない今のソフィアでは流石に分が悪い。異例の女性同士のダンスを決行する事になった裏にはそうした事情があった。
しかしながら裏の意図とは関係なく私自身ソフィアと踊れるのは普通に嬉しい。恋愛感情ではないが、私もアルベルトと同じくらいソフィアの事が気に入ってるのだから。
「それでは手を取っていただけるかしらお姫様?」
「ええ、宜しくお願い致します」
私が冗談めかして手を差し出すと、ソフィアは嬉しそうにその上に自分の手を置いた。
「二人が仲良いのは良い事だが、やはり妬けるな」
アルベルトの言葉の響きは柔らかいが、若干の棘が紛れ込んでいる。なかなかの独占力で結構。しかし私の方だって言い分はある。
「正式に婚約したらソフィアも我がセイファート家ではなく、王城で暮らす事になります。それからは私の方がソフィアに会いにくくなってしまうのですから、殿下は我慢してくださいまし」
「全く我ながら重いと思うよ」
「ええ、にもかかわらず殿下はそれを抱え込んだままにしようとしていたんですからね。流石に無茶が過ぎましたわ」
「反論の余地もない」
私の指摘に対し降参だとアルベルトは苦笑いした。楽団が次の曲の準備が終わったのを見計らって私はソフィアの手を引く。
「それでは行ってまいります」
「ああ、楽しんでおいで」
周りの貴族達は私とソフィアが踊る事に驚いているが、舞台に上がった私の代わりに各々の反応を詳しく見るのはアルベルトの仕事だ。
私はただ目の前にのみ集中する。ここでは全力で楽しむ事こそが最大の効果を生む。先ほどのファーストダンスと同じだ。
些か緊張していたアルベルトとのダンスと比べ、今のソフィアは大分リラックスしている様子だった。最初のダンスを無事に終えた事で余裕が出てきたという事なのだろう。それに私がソフィアの練習のパートナーを付き合っていたため、慣れている相手という安心感も手伝っているはずだ。
「……これはまたアルベルトに妬かれるかしら?」
「ナタリア様?」
「いえ、何でもないわ。今はダンスを楽しみましょう」
「はい!」
私は思考を切り替えてダンスへ集中する。せっかくだから私の方がアルベルトよりもソフィアと相性を良いところを見せつけてやりましょうか。
何だかんだで私もソフィアに関しては負けず嫌いのようで、思わず笑ってしまった。
ナタリアもアルベルトも激重です。




