第二十八話 追放者 ソフィアサイド
フローレル男爵は最後の抵抗とばかりに喚き散らしました。仮に自分が有罪だとしても王子に裁く権利はないと。少しでも時間稼ぎしようとしたのでしょう。確かにまだ王位を継いでいないアルベルト様には、そうした権限はありません。
しかしそれは普通の事件の話です。今回男爵が行ったのは例外にあたります。国家反逆罪なのですから。特に色の真実に関してはこの国においての禁忌です。どう言い訳しようにも逃げられるものではありませんでした。
「ソフィア! 貴様は一体何者だ!? 貴様は本当に……」
衛兵に連れ去られる前、男爵は私に向かって叫びました。
「言ったでしょう? 私はただのソフィアです」
「そんなわけがない! お前は本物のはずだ!」
それまで男爵は私が平民である事を嘲笑していたのに、今は公爵令嬢である事を望んでいるようでした。その叫びは懇願であり、男爵としてのプライドを守るためのものでした。ここまで来てもそんな意味のないものに拘るなんて……
私に男爵の腐った矜持に付き合う必要はありません。大義もなく王族に立てついておいて何が貴族の誇りか。私は男爵の最後の砦を打ち壊しました。
「いいえ、あなたは平民に敗れたのです」
男爵の顔が凍り付きました。その表情は言うなれば絶望、となるのでしょう。しかし同情はしません。あなたはそれだけの事をしました。
「嘘だ……嘘だぁ!!!」
半狂乱になりながら、男爵は退室させられます。彼はその後、事故死として処理されるでしょう。年齢的に病死になるでしょうか? 国を危険にさらした彼は処刑場に上がる権利すらないのです。
男爵が去った後、場は静寂に包まれました。私達が勝利したのは間違いありません。ですが胸にこみ上げるのは喜びではなく、虚しさでした。
「ソフィア、良くやった」
「ありがとうございます」
それでも一つの事が終わったのは確かで、アルベルト様は私を労ってくれました。アルベルト様は私の顔を見ると、懐かしむように言いました。
「いつかナタリアに言われた事がある。ソフィアを舐めるなと」
「……そんな事が?」
「ああ、私が君と一緒になるのを恐れていた時にな。ナタリアにそう檄を飛ばされたんだ」
私はその時の様子を容易に想像出来ました。想像の中のナタリア様は生き生きとしていて、自然と笑みが浮かびます。
「私はもしも君と一緒になったら、私達を陥れようとする者達から君を守りきれないと思っていた。だがナタリアの言ったとおりだったな。
君は弱くなんてなかった。君は強くて美しい」
アルベルト様はとろけるような笑みを浮かべて、最後に言いました。
「惚れ直したよ」
私は顔が急に熱くなるのを感じました。不意打ちもいいところです。
「アルベルト様、凄く、凄く嬉しいのですが……場所を考えてください!!」
私は猛抗議します。だってこの場にはエルさんやフレデリックさん、司祭様だっているのですから。周りの優しい視線が辛いんです。
「私はナタリアから出遅れてるからな。ポイントを稼げるところはしっかり稼ぐさ」
アルベルト様とナタリア様、こういう所は本当にお二人は似ていると思います。行けるときは行く。即行動はお二人ならではでしょう。
恥ずかしいったらないですが、心の中のモヤモヤも少し晴れた気がしました。本当にこういう所がずるいのです。
しかし和やかな空気もここまでです。
「さて、司祭殿。話を聞かせてもらっても?」
先とは打って変わって、真面目な顔になったアルベルト様は司祭様に問いかけました。男爵はこれで終わりですが、問題はまだ全て解決していません。協力者の件が残っているのです。
司祭様はすぐには答えず、一度目を閉じます。私達は急かす事なく、司祭様を見守りました。本当に教会からの追放者であるのなら、きっとそれは司祭様の知り合いに違いないのだから。
覚悟を決め終えたのでしょう。次に目を開けた時、司祭様から迷いは消えていました。司祭様は協力者の正体について自ら語り始めました。
「その男の名前はオルフと言います。
前任の司教、
ラウル様の息子です」
「馬鹿な……ラウル殿の息子だと?」
アルベルト様は驚愕で目を見開きました。私も教会との良き関係は必須との事で、教会にいる人達について学びましたが、ラウル司教様の息子さんは確か……
「病死したのではなかったのか?」
アルベルト様の問いかけに司祭様は首を振ります。
「司教の息子ともあれば、追放を大々的に公表するわけには行きませんでした。我が子すら導けなかった司教に何の価値がありましょう?」
私達は文句を言えませんでした。何せ私達も今、男爵を秘密裏に処刑しようとしています。国の危険を天秤にかけて、隠す事を選んだ私達も同じ穴のムジナなのです。
「オルフは正義感が強い子でした。ですがそれが行き過ぎるきらいがありました。これが正しいと思うと盲目的に追い求めてしまうのです」
「つまりは理想主義者か……」
アルベルト様の顔が険しくなりました。私もこの一年間の教育で理解しましたが、理想のみを追い求める人物は危険です。視野が狭くなりがちで他の事を置いてきてしまう。
理想は必要だとは思いますが、一方で現実を忘れてはなりません。
力なき理想は混乱しか生まないのですから。
「私達は彼の完璧主義を是正しようと尽力しましたが、反発する一方でどうにもなりませんでした。故に私達は選択を迫られたのです。追放するべきか、処刑するべきか」
司祭様の苦しそうな表情から当時の苦悩が滲み出ていました。
「判断のカギとなったのは実際何かを行ったか否かです。思想は過激でも、犯してもいない罪で処刑はいかがなものかとなって、最後には追放となりました。無論これは私情も含まれていたでしょう。前任の司教様は皆から慕われていましたから。あの人の息子であるのだから、オルフも違う地で広い世界を見れば改心してくれるだろう、そう願っていたのです」
捨てきれなかった希望の結果が今、オルフという者は教会の慈悲を、最悪の形で返したのでした。
「決断から逃げたと言われてもしょうがありません。ただ私達が、オルフを外に出しても問題ないと考えたのには根拠がありました」
「私達は彼に色の真実を教えていなかったんです」
「そもそも教会も貴族と一緒で、上の者、役職で言いますと司祭にまで上がらないと色の真実は教えられません。一般的な神官は下位貴族と民と同等の知識しか保有していないのです。そして私達はオルフを危険視していました。私達は世襲制ではありませんが、それでも司教様の人徳の影響は大きく、オルフもそのまま行けば司祭は間違いないとされていました。だからこその追放だったのです」
「……妥当ではあるな」
それがアルベルト様の結論でした。私も同じ意見です。将来犯すかもしれない罪で処刑は我が国の刑法の根幹を揺るがしかねません。情があろうがなかろうが、処刑は避けるべきだったでしょう。
教会に属している間も極力知識に触れさせませんでしたし、追放も物理的に真実から距離を離す事が出来るため、普通に有効だと思いました。
やるべき事はやっている、私はそう思いました。
「しかしだ。オルフがそこまで危険な考えを持っているのであれば、追放した後も監視をいれておくべきだった。教会でそれは難しいだろうが、国ならば出来た。司教の経歴に傷を付けたくないのは理解出来るが、私達だってそこは汲む事が出来る。何故父上に相談しなかったのだ?」
「司教様が偉大過ぎたのです。だからこそ当時の教会は必死に隠そうとしました。相手が国であっても。今になって思えば視野が狭すぎると思いますが、柔軟に考えられる者はその場におりませんでした。無論少数ながらもおかしいと唱える者達はいましたが、大きな流れには逆らえず」
私は複雑な気持ちになりました。司教様の言い分は理解出来るものです。しかしその情けは大きな災いとなりました。欲にくらんだ男爵を破滅に追いやり、無知のフランの人生を壊したりなど、影響は計り知れません。
ただ私に限って言えば、悪い事だけじゃなかったのが奇妙なところでした。
何せこの教会の失態がなければ、私がアルベルト様とナタリア様と並んでいる今はなかったでしょうから。オルフが男爵に入れ知恵する事でウェンディが生まれ、そのウェンディの愚かな行動によって、私達は三人で進む決断をする事が出来たのです。
ふとマリアンヌ院長の言葉が頭に浮かびました。
道は途切れずに続いている。良い事も悪い事も含めて。
全部が繋がってるのを理解した今、私がしなければならないのは一つ。今どうするかだけを考える。過去がどうとか気にしてしまっては、過去に引っ張られてしまいます。
「過去の事はもう良いでしょう。起きてしまった事を悔やんでも仕方ありません。それともアルベルト様は司祭様を罰しますか?」
「それは……ふう、君は本当にカッコいいな。これでは私が女々しい男みたいじゃないか」
理性がその瞳に戻ったアルベルト様は司祭様に向き直り、これからの話をし始めました。
「ソフィアの言う通りだ。この際、過去の事は水に流そう。重要なのはこれからどうするかだ」
「そう言ってくださいますか」
「理解は出来るからな。今回は仇となったが、情は要らないものでは決してない。さて、司祭殿、今オルフがどこにいるか見当はつくか? それに色の真実にどうやって辿り着いたのか?」
「そうですな。場所はともかく、色に関しては思うところはあります。色の真実と色付けの技法は基本的に口伝です。資料は一切ありません。だから誰かから聞かなければならないのですが、私達でないとするのならばきっと……」
「司教様、ですね」
「おそらく。司教様はオルフを信じておりましたから。きっとオルフの方で司祭として認められたなどと言って、司教様から上手く情報を引き出したのでしょう」
きっと司教様にとっては誇らしくて優しい思い出なのでしょう。司教様は息子が正しく力を使ってくれると信じていたに違いないはず。だからこそ私は許せませんでした。
仮に男爵が情報を独占しようとせず、周囲にばらまこうとしたら、国が大混乱に陥る可能性もありました。オルフ本人が何を考えていたのかは分かりません。お金をもらっているからには金に困っていたのは一つの理由ではあるのでしょう。しかし自分の持つ情報の危険さを正しく認識していたのでしょうか?
この浅はかさ、とても危険です。
「セイファート家によると、フランがウェンディになったのは五年前だったか」
「私も確認しましたが、五年前はオルフが追放された時期と被ります」
「今もなお男爵領にいると思うか?」
「多分いないでしょう。ウェンディ嬢が死んだ時点で失敗を悟っていたはずですから」
「それでも調べる価値はあります。いた形跡があればまず犯行は特定出来ますし、どこに向かったかも分かるやもしれません」
「ソフィアの言う通りだ。まずは男爵領で痕跡を探そう。フレデリック」
「承知致しました」
足早に部屋を出ていくフレデリックさんを見送ると、アルベルト様は司祭に告げました。
「司祭殿、分かっていると思うが先に言っておく。もしもオルフを見つけ、色付けを行っていたと確定したら」
極刑、アルベルト様は暗にそう言っていました。
「致し方ありますまい」
「司祭様……」
「幸いと言っていいのでしょうね。司教様はオルフの所業を知らずに逝けたのですから」
司祭様は寂しそうに呟きました。これをなんて言ったらいいのでしょうか。
私の頭に浮かんだ言葉は、
無情でした。
血は受け継がれる! いいや、受け継がれない場合もある!
そんな話でした。あと1話で第2部完結です!




