第二十七話 色 ソフィアサイド
穏やかな顔をして眠るナタリア様を見て私は安心しました。
ナタリア様はもう大丈夫。
後は――
ケジメをつけなければなりません。
フローレル男爵からこれまでの事を謝罪したいと連絡があったのは、その日の夜の事でした。任務を果たした伝書ガラス、コニーに餌をやるエルさんに私は問いかけます。
「アルベルト様はなんて?」
「明日決着を付けるとの事です。ソフィア様も今日は休んで明日に備えるようにと」
「明日ですか……分かりました」
私はエルさんにご苦労様と伝えましたが、エルさんはすぐにその場を離れず、何か言いたげな様子でした。やはりナタリア様を傷つけた遠因となった人ですから、色々思うところはあるのでしょう。
「何かありました?」
「差し出がましいようですが、フローレル男爵は何をするつもりなのかと考えていました」
「……きっと謝るのが目的ではないでしょう」
碌な事じゃないのは確かです。本気で謝るのならセイファート侯爵家に対してでないといけません。元婚約者とはいえ、謝罪先がアルベルト様というのがおかしいのです。
「でも何を考えてようがかまいません。私はどの道彼を潰す予定でした。あっちから来てくれるなら好都合です」
「ソフィア様……」
「ええ、私は怒ってますよ。これ以上ないくらいに」
私はあえて怒りを隠しませんでした。元からこれ以上貯めこんでしまったら爆発してしまいそうなくらいだったのです。
「止めはしません。私もそうですから。ナタリア様を苦しめた罪、必ず償わせてあげてください」
普段あまり感情を見せないエルさんが燃えるような瞳で私を見ます。私は心得たとばかりに頷きました。
「任せてください」
そして翌日、アルベルト様と合流した私は、二人でフローレル男爵が来るのを待っていました。緊張はありません。思った以上に私は自然体のままでした。これから戦いが始まるというのに。
「急な話だったが大丈夫だったか?」
「むしろ早くて助かりました。我慢するのもいい加減辛かったですから」
「気力が満ちてるな。ただ」
「分かってます。怒ってもいいけど冷静さは失わない、ですよね」
「ああ、それでいい」
フローレル男爵がやってきたと連絡が来たのは間もなくの事でした。これまでの全ての元凶、どんな顔をしているのでしょうか? 私は楽しみでしょうがありませんでした。
「殿下、クアラルン公爵令嬢、今回は我が娘が大変申し訳ありませんでした!」
開幕、フローレル男爵がした事は頭を垂れる事でした。その大げさなやり口を私は冷ややかな視線で見つめます。仮面ですらなってない。この時点で評価はだだ下がりです。
「謝罪で済まされる話と思っているのか? そなたの娘は我が元婚約者、侯爵令嬢であるナタリアの心に深い傷を負わせた。そなた自身の罪でなくてもそなたは貴族、娘の罪はそなたが償うべきだろう」
さて、フローレル男爵はどう出ます? 愚かな彼でもただ謝罪するだけではこうなる事は分かってたはず。何か策があるからこそ、この場にやってきた、私はそう確信しています。
「しかし私は娘を失いました。もはや後継はいないのです。それは罰になりませんか」
思わず怒鳴りつけそうになりました。偽りの悲しみを携えて、減刑を乞う。何と醜悪な。
私からすれば本当は悲しんでいない事など丸わかりでした。こんなのがフランの義父だったなんて。
「娘を失ったと言ったな? それはいつの事だ?」
ここでアルベルト様は仕掛けました。暗に、本当のウェンディはもっと前に死んでいるのは分かっている。そう告げたのです。
「………」
男爵は無言でした。ここはすぐに反論しなければならないのに。どちらのウェンディかを考えてしまっている時点で終わりです。
「後継がいないのであれば、また似ている者を連れてくればいいのでは?」
アルベルト様はこれ以上引き伸ばす事もないと、一気に切り込みました。
「……流石は殿下ですね。そこまで調べがついてましたか」
私は強烈な違和感を覚えました。貴族を偽装したのは大きな罪です。しかも男爵の場合、右も左も分からない子供を使いました。最低でも貴族籍剥奪は免れぬ現状、どうしてそこまで余裕があるのか。私が怪訝な表情を浮かべていると、ふと男爵がこちらを見てにやりと笑いました。
なるほど、狙いは私ですか。
「確かに私は孤児を使い、死んでしまった我が子、ウェンディの代わりにしました。それは大きな罪でしょう。ですが、それは殿下とクアラルン公爵令嬢もですよね?」
「というと?」
「とぼけないでください。私は知っているのですよ。クアラルン公爵令嬢の色は偽物だと」
男爵は得意げに話し続ける。もはやここからは私の独擅場だと言わんばかりに。
「私はあの孤児にウェンディの色を真似させました。だからピンときましたよ。あなたも同じ方法を使ったと。だからクアラルン公爵令嬢、いや、ソフィア、貴様はただの平民だ。あの孤児と同じな!」
してやったり顔の男爵でしたが、私は平静そのものでした。男爵はそれが面白くなかったのでしょう。不満げに顔をそらすと、今度はアルベルト様にその下衆な笑みを向けました。
「というわけでです。私はあなた達の秘密を知っている。だから取引しませんか? 私は罪人でしょうが、それを言うならあなたも罪人です。バラされたくなかったら」
金とでも言うつもりなのでしょうが、愚かですね。ここで斬られる可能性は想定してないのでしょうか? アルベルト様と私が子供だからと侮っている?
心底不快です。さて、そろそろ私も動きましょうか。
「ちょっと待ってください」
「なんだ平民の分際で」
「ウェンディの色は誰がつけたのですか? 色は貴族が赤子の時、教会の司祭が洗礼する事で、受け継がれた血と反応して与えられるものです。その秘技は教会の者のみが所有しているはずです」
「お前はそれを知っているだろうが。だがまあいい。答え合わせと行こうか。色の儀式はそのとおりだが、教会にはさらにその上の力を隠し持っている者がいる。そのために危険視されて追放されたという事だが、その者はなんと血に関係なく好きな色をつけられるのだ! たとえ平民であろうとな。だから私はあの孤児をウェンディにした。あいつはナタリア様に憧れていたからな。お近づきになってくれればいいと思ったが、まさかこんなチャンスをくれるとは!」
使い捨てするつもりしかなかった男爵に怒りを覚えますが、一旦外に追いやります。重要なのは協力者の正体です。何せ男爵だけではウェンディの偽物は作れませんから。どう問い詰めようかと悩んでいましたが、私達は幸運でした。男爵は自分から協力者の事を口にしたのだから。
さあ、このまま炙り出していきましょう。
「仮にそのような力があったとして、どうしてその者があなたにそれを教えたのですか? それは本当に教会の者なのでしょうか?」
「私が騙されたとでも言いたいのか? 貴様もウェンディを見ているだろうに。あれは完璧だった! 力は本物だ!!」
どうにも解せないのは協力者の意図です。何故その者はここまで愚かな男に協力したのか。そこでふと気づいた事がありました。相手が賢い前提で考えると逆に見落とすものがあると。アルベルト様とナタリア様はそれで苦労していました。
つまりは……
私はアルベルト様の方に視線を向けると、あの人は頷いてくれました。アルベルト様の支持を得て、私は仕掛ける事にしました。
「いくら支払ったのですか? 私は500万といったところですが」
「は、とうとう認めたか。しかし随分とぼったくられたようだな。平民は交渉も下手か」
「答えになってませんが?」
「そんなに必死になってくやしいのか? 私は150万だよ」
やはり金ですね。追放者と言うのはあながち間違いではないかもしれません。教会の者は衣食住は保証されてますが、一方でお金を持ちません。追放されたとしたらお金はすぐにでも必要でしょう。そしてこれは高いリスクを犯すだけの理由になります。
しかしもう少し情報が欲しいですね。
「がめついおじ様だったはずですが、随分値切られましたね?」
「うん? 俺のところは若い男だったが……」
本当にこの男は楽で助かります。勝ちを確信しているのか、疑う事をしません。
「顎に髭を生やしたおじ様ですよね? あなたの見間違いじゃないですか?」
「何を言う!? そっちこそ見間違っているだろう。あの者は……」
冷静に考えれば別の者だったで済む話なのですが、煽る事で視野を狭めます。後は適度に疑いをかければ、情報を垂れ流し続けるでしょう。
それからも私が情報の引き出しに徹していると、フレデリックさんから合図がありました。つまり協力者の特定が完了したとの事です。
ここで茶番は終わりました。
さあ、男爵、いよいよ罪を償う時間ですよ。
「さて、そろそろ種明かししましょうか」
「種明かしだと?」
「とりあえず褒めておきましょう。ええ、確かに私は平民でいわゆる作られた貴族です。よくぞ辿り着きました」
せっかく私が正解だと言ったのに男爵の顔に喜びはありませんでした。むしろ様子の変わった私に戸惑っているように見えます。今回の私は上手い役者だとは言えなかったと思うのですが、所詮平民と侮っている男爵には十分だったようです。
「ところで貴方が言っていた誰でも好きな色をつけられる、でしたか」
「ああ……」
「それに疑問は持たなかったのですか?」
「疑問、だと?」
私は大げさにため息をつきます。
「だからあなたは三流なんです」
男爵の顔が歪みました。
「なんだと!? もう一回言ってみろ!!」
「三流でないと言うのなら証明なさい。お前は何故自分の色が本物の貴族の証で、協力者の作った色が偽物だと言える? どうやってそれを証明するのです?」
「それはだな! それは……」
真っ赤に憤慨していた男爵の顔が徐々に青くなります。ようやく思い至ったようですね。
「答えを言いましょうか?」
「待て! 頼む! 待ってくれ」
私は男爵の制止を振り切って言いました。
「答えは同じものだから。
貴族の色の洗礼も、
あなたの協力者の色付けも一緒なんですよ。
そう、
別に色に血の正当性なんてないんです。
色は私達が貴族らしく見せるために作った、ただのまやかし」
「黙れ! そんな、そんなはずは」
「あなた、自分は特別だと思っていたのですか? 普通は真っ先に自分の色を疑うでしょうに。何で自分だけ正当性がある由緒正しき色だと勘違いしていました?」
これが高位貴族のみが知っている真実です。洗礼は生まれてすぐ、目も開いていない時に行われるので、下位貴族は皆、色は血と同じで受け継がれるものと考えられていました。
しかし本当は違います。色は受け継がれているように見せかけているだけ。
かつてこの国が建国された時、安定には程遠い時代でした。その中で民衆を導くためには神話のような、絶対的な価値が必要。
そのために国は教会と結託し、色の制度が生まれました。見た目を普通とは一線を画す事で、王族と貴族の正統性を担保したのです。
故に、本来つける事が出来る色に制約はありません。
だからこそ私はソフィア・クアラルンになれました。
「それは……違う! まさかそんな事が……」
「いいえ、これが現実ですよ」
「んなっ!?」
男爵は絶句しました。
何故なら私を含め、アルベルト様もフレデリックさんも色を失っていたのです。
私は本来はブロンドの髪、ヘーゼルカラーの瞳ですが、私だけでなく、アルベルト様も金髪がただの黒髪、黒い瞳になってました。
「こんな事も出来ますよ?」
すると今度は私の髪が金髪、金の瞳になり、アルベルト様が白銀の髪、真紅の瞳になります。
「あああ……」
金髪はフローレル男爵も持っていますが、金の瞳は王族のみに許された色です。そのはずの色に私が容易くなってみせたのは、男爵にとって信じられない事のようでした。
「一体どうやって?」
「それは決まっている。司祭殿だ」
アルベルト様がそう言うと、奥から司祭様が現れました。先ほどの私たちの変化は、仕切りの裏に隠れてもらっていた司祭様にやってもらったわけです。
「分かりましたかな? 色を付けるのは別に優れた能力ではないと。我が教会の裏切り者から何を吹き込まれたのかは知りませんが、色付けとは元からそういうものなのです」
これではっきりしました。色は特別なものではなく、国も守るために仕方なく作られた必要悪だったわけです。男爵はここまでとは思っていなかったのでしょう。あそこまで真実に近づいておいたにもかかわらず、彼の目は曇りきっていました。
項垂れる男爵にアルベルト様が冷徹な視線を向けます。
「さてフローレル男爵、君は交渉したいと言っていたな?」
「は、はい」
「つくづく愚かだな。どうして交渉になると思っていた? お前が持っていた情報はそもそも知ってはいけないものだった。お前が持つそれは国の根幹を揺るがすもの。ともすればどうなるか分かるな?」
「あ、あ、あああ!! 申し訳ございません!! そんなつもりは! そんなつもりはなかったんです!!!」
「もう遅い。国を危険に招いたお前は……」
アルベルト様は無慈悲に告げました。
「死罪だ」
そう、初めから交渉の余地なんてなかったんです。この話は……
とうとう一話から引っ張ってきた色の真相です。きっと色に関しては貴族のお忍び用の色落ちや、ソフィアの髪の色が変わった際に「ん?」と思う事もあったかと思いますが、真相はこんな感じでした。




