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王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します  作者: 幸イテ(旧名:kouta)
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第二十四話 勿忘草 ソフィアサイド

ここから一時ソフィア視点になります。


 ウェンディが亡くなってから、ナタリア様は笑わなくなりました。


 あの事件の翌日、ナタリア様はまるで事件なんかなかったかのように普通でした。普通に挨拶もするし、朝食も取る。学校の準備に遅れる事もない。


 そう、ナタリア様は気づいていなかったのです。



 その普通に振る舞う事こそが異常の証であると。



 目の前で自害されるなんて凄惨な事件、どんなに強靭な精神を持つ人であっても、平常でいられるわけがないのです。

 その結果、表向き普通に振る舞うけども、笑えないというちぐはぐなナタリア様が生まれました。話していてもどこか上の空な時があり、慌てて取り繕う姿は痛々しくて見てられないほど。



 ウェンディの死は確かにナタリア様に深い傷を残したのです。



 ウェンディの接触を許してしまった事は悔やんでも悔やみきれません。まさかナタリア様が一年前のウェンディの事件を一人で抱え続けていたなんて、思ってもみませんでした。

 あれはナタリア様だけの罪ではありません。私の弱さも原因でした。だから二人で抱えるべきはずのもの。

「まだ、足りてないというのですか……」

 私はまだナタリア様にとって信ずるに値しないのか、私は悔しさで歯を食いしばりました。私は知っていたはずでした。ナタリア様はとても責任感が強い人だと。だからこそ今回の件は事前に気づく事が出来なかった私の失態。

 何故、あの日私は何も考えずに就寝してしまったのか。ナタリア様の異変を見抜けなかったのか。私は能天気にも明日も頑張ろうとだけ考えていたのです。この時点で資格がないのは分かっています。それでも……


「私を、一緒に連れて行ってほしかったです」

 

 私がいればウェンディにあんな事させなかったのに……



 しかし悪い事が起きそうな予感とは馬鹿にならないもので、いつもなら起きない時間に何故か目が覚めた私はやっとナタリア様の不在に気が付いたのです。置いて行かれた事を知った私は必死で駆けつけましたが、一歩及ばずでした。


 私が到着したのは最悪のタイミングでした。


 今でも鮮明に覚えています。あの時、ウェンディは私を見て嗤ったのを。彼女が私に向けた最期の言葉は……




 ザマァミロ




 その時の感情をどう表現したらいいだでしょう? 今まで感じた事のない程の怒りと、背筋が凍りつくような恐怖、私はその時私自身を忘れました。

「お前っ!!」

 ウェンディの下へ走り、その頬を引っ叩こうとした私でしたが、

「あっ……」

 彼女の白い顔を見てしまっては、正気に戻らざるを得ませんでした。


 そこにいたのはもはやウェンディではありません。ただの抜け殻だったのです。


 唖然としてその場から動けなくなった私でしたが、すべての感情を削ぎ落としたかのようなナタリア様を見た瞬間、いけないと思いました。

「ナタリア様! ナタリア様! こっちを見てください!」

 私は必死にナタリア様に呼びかけました。そうでもしないとウェンディにナタリア様の魂ごと連れて行かれてしまいそうで。

 ウェンディの穏やかな顔がより私の焦燥感を煽ります。私は咄嗟に顔を反らしました。分かりたくなんてなかったのです。彼女は満たされて逝ったのだと。




 いつもは明るさで満ちている今のセイファート家のお屋敷は暗い。ここは私とナタリア様が素の自分で気兼ねなく話す事が出来る幸せの箱庭でした。くじけそうになってもここで勇気をもらえる。私達の、私の聖域が呆気なく壊されてしまった。

「……くっ!」

 目が潤んできているのを感じた私は慌てて天を向く。負けたと思いたくない私の意地でした。ナタリア様だって泣いていないのだから、私だって……


 そこで私は思い直しました。いっそナタリア様が泣いてくれたら抱きしめる事も出来ました。でも現実はナタリア様は一人で必死に耐えている。そんなナタリア様に私はどう接してあげればいいのでしょう?


 私は声を大にして叫びたかった。


 ナタリア様、私はここにいますと。




「ソフィア」

「……侯爵様、奥様」

「ふふ、貴方の方が位高くなるのだから、もう様はいらないと言っているのになかなか取れないのね」

 ナタリア様のご両親は不甲斐ない私にも優しかった。自分達もナタリア様が心配な事に変わりないはずなのに。

「せめてこの屋敷にいる間はそう呼ばせてください」

 私がそう答えるとお二方は悪戯っぽく笑った。何事かと思ったら二人は私のある意味弱点ともいえる場所をついてきました。

「だったらお義父様とお義母様が良かった。なあ?」

「そうね。特殊な関係ではあるけれど、あなたは私達の養女みたいなものなのだから、お義母様は別に間違ってないなずよ? それでも礼節は必要って遠慮しちゃって。あなたもナタリアに似て頑固なんだから」

「それは……その、申し訳ありません。そのように呼ぶと甘えすぎちゃいそうで」

 二人が普段とあまりにも変わらな過ぎて、私は申し訳なくなるのと同時に、心が温かくなるのを感じました。やはりこのお二方はナタリア様の両親なのです。

「ところで私に何か用でしたか?」

 私がそう問いかけると侯爵様は真面目な顔になり、一度奥様と顔を見合わせました。それを見た私は何か大切な話であるとすぐに分かりました。

「ナタリアもそうだがソフィア、今の君も弱っている。だから話すかどうか迷ったんだが……」

「私達は辛くとも進むべきだと判断しました」

 辛くても進めるのであればと思い、私は黙って聞く姿勢を取りました。私が準備出来たのを確認してから侯爵様はゆっくりと口を開きます。



「私達が話したい事、それはウェンディの隠された経歴についてだ」



 私は自分の心臓が跳ね上がるのを感じました。


「フラン」


「ふらん?」

 聞き覚えない言葉に首をかしげると、侯爵様は驚きの事実を告げました。

「ああ、フラン。それがウェンディの本当の名前だ」

「それって……」

 これ以上の言葉がありませんでした。だって本当の名が意味するのは……

「本物のウェンディは十年前、事故で亡くなってたわ。フランはそれを偽装するために用意された孤児の子だったのよ」

 頭に殴られたかのような衝撃でした。まさかウェンディが私と一緒だったなんて。

「君は言っていたな。ナタリアとウェンディは過去に会った事があるみたいだと」

「エルさんから聞いたので、私自身が見ていたわけではありませんが」

 あの時起きた事を言葉にすると、私が間に合わなかった事実を再確認しているようで、苦い思いが湧いてきます。

「調べてみた結果、確かにナタリアは昔彼女に会っていた可能性が高い。ただしそれはウェンディではない。ナタリアはフランと出会っていたんだ」

 私は過去にナタリア様と話した事を思い出しました。ナタリア様は幼い頃、アルベルト様と一緒に王族の仕事の一環として、貧しい者たちに向けて、各所で炊き出しをした事があったと。会ったとしたらその時に違いありません。

 理解したくなくても理解出来てしまう。きっとフランにとってナタリア様は輝いて見えたのだろう。私がそう見えたように。

 お互い境遇が似てるのが無性に腹立たしい。こんな気持ちは生まれて初めてでした。苛立ちを抑えつつも私は侯爵様に問いかけました。

「一体何故フローレル男爵はこのような真似を?」

「ソフィア、君でもう答えは出てるんじゃないか?」

「……」

 フランはフランのままではなくウェンディにさせられました。フローレル男爵が、本物のウェンディが死んだ事を悲しんで、似ているフランをウェンディとして愛そうとしたのならまだ救いはあったのかもしれません。

 でも私は確信しています。十中八九、フランは利用されるためだけに選ばれたのだと。男爵に少しでも愛情があれば、あの惨劇は起きなかったのだから。

「男爵はフランがナタリア様に憧れてたのを知っていたのですか?」

「前提として本物のウェンディと顔が似ていたのはあるでしょうね。これまで誰にも気づかれなかったのだから。でも似ているだけじゃ他人になりすますなんて無理よ。大事なのは本人の意志。ナタリアに近づけると思ったからこそ、フランはその名を捨てる事も出来たのでしょう」

「そんな……」

 奥様の答えに私は拳を強く握りしめました。頑張って抑えようとしても、怒りが滲み出てくる。駄目!

「どうして……どうしてお二人は私にその事を教えたのですか!?」

 一度口にしてしまったら、もう止まりませんでした。

「私はウェンディを恨んでいたかった! でもこんなの聞かされたら私! 私!!」

 八つ当たりなのは分かっていました。それでも吐き出さないと、どうにかなってしまいそうで。

「私だったら彼女を助けられたっていうのですか!? 似た境遇だから? 無理に決まってるじゃないですか!! 私は今の自分で精一杯で余裕なんてないのに……」

 侯爵様達は何も言わず無言で私を見つめます。それが責められているような気がして私はさらにまくし立てました。

「ウェンディは私を傷つけました! ナタリア様を傷つけました!! ウェンディは悪い奴なんです! だから、だから!!!」

 でも何故か言葉にする度に、私の心が悲鳴をあげて。視界が滲んできたのを自覚した時、私の中の何かが崩壊しました。


「うあ、あ、ああぁぁぁぁぁ」


 もう涙が止められませんでした。だってウェンディは、フランはあり得たかもしれない自分なのですから。


 もしもあの日、私がマリアンヌ院長に出会えていなかったら。


 悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうで、私に残された最後の抵抗は泣きじゃくる事でした。


「ソフィア、それでいい」

 侯爵様が頭を撫でてくれました。

「思いっきり泣きなさい」

 奥様が後ろから抱きしめてくれました。

「すべて吐き出したら、また先に進めるようになるわ」

 ウェンディは、フランはナタリア様だけでなく、私の心にもその存在を強く刻みつけました。


 私はきっと一生彼女の事は忘れられないでしょう。




というわけでウェンディの過去でした。持っている運と言いますか、巡り合わせの良し悪しって確かにあると思うんですよね。


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