第二十二話 例外
私達の仕掛けた振るい分けはほぼ予想通りの効果を発揮してくれた。貴族達それぞれのソフィアに対する本音が分かった。もうアルベルトから沢山だと言われているので、言葉にこそしないが、一部の例外についても学びがあった。
しかし例外はこれ以外にもあった。
「最後の確認に移りましょう」
ここからはある意味では最も重要な話だ。エルから別の書類を受け取ると、私は二人に対してとある調査結果を報告した。
「結論から言うわ。これまでにソフィアの暗殺を計画していたのは二件よ」
「っ!」
「…………」
瞬間、アルベルトが怒りの表情を浮かべる。一方でソフィアは黙って目を閉じた。
そう、もう一つの例外とはソフィアを直接排除しようとする輩達の事だ。死人に口無しとはいうが、まさにそのとおりで殺してさえしまえば、それ以上出来る事は何もない。
もちろん本人が表立って襲ってくるわけではない。それではただの自滅にしかならない。
卑怯者たちは馬車に細工して事件を装ったり、ならず者を演じて襲撃したりなど、あの手この手で証拠を隠し、その牙を突き立てようとしてくる。
「アルベルト」
「分かってる」
怒りは原動力となるが、視野が狭くなる。ソフィアは必死に気持ちを落ち着けようとするアルベルトの背中をさすった。
「狙われている本人の方が冷静とはね」
「こうなるのは分かってましたから。むしろ思ったよりも少ないくらいです」
きっとソフィアは我がセイファート家の門をくぐった時から、この覚悟していたのだろう。
「頼もしい限りね」
ただ私はそんな彼女に残酷な話をしなければならない。
「ソフィア、あなたのクラスメイトが狙われていたわ」
「えっ?」
ソフィアから今までの余裕が崩れ去る。自分以外がターゲットにされるのは流石に想定外だったようだ。しかし誰かを排除したいと思っている奴らは平然とこういう事をやる。
「計画自体の内容はこう。あなたの友人の一人を懐柔し、お茶会をやろうとしてたわ。そこにあなたを誘わせて、我がセイファート家ではなく、あなたの友人の所有する馬車へと乗らせる。そして」
「馬車には何らかの細工してあって不慮の事故、ですね。つまりは私の友人もろともって事ですか?」
「そうなるわね」
到底実現するとは思えない杜撰な計画だ。いくら親しくても公爵家が下位貴族の馬車に乗る事はない。
それにソフィアの友人の半分は平民の特待生である。そもそも馬車を所有してないし、ソフィア以外が主催したお茶会など行かないだろう。
それでもソフィアは沈痛な面持ちであった。
「誰か、引っかかってしまったのですね」
「……ええ」
ソフィアの友人はただ善人であれば良いわけじゃない。ソフィアが狙われないよう、隙を作ってはいけないのだ。引っかかった者は軽い気持ちだったのだろう。ソフィアや皆と楽しいお茶会をしたい。それだけだ。それでも危機感が薄いのは友人として致命的だ。
「その者はどうした?」
ソフィアの代わりにアルベルトが私に尋ねた。
「エルからすべて話してもらったわ。強いショックを受けていたとの事よ」
「だろうな」
アルベルトは心配した表情でソフィアを見る。
「ソフィア」
「予想外ではありました。ショックを受けているのも事実です。でも大丈夫ですよ。未然に防げたのです」
ソフィアは気丈にも笑ってみせたが、虚勢であるのは明白だった。自分はともかくとして友人まで守りきれない、その事実に気づいてしまったのだろう。
「ソフィア、思い出しなさい。私達の歩みを」
「ナタリア様?」
「私達は一度底まで落ちた。世界のこうあるべきが強すぎて、動きたくても動けなかった。でも今はどう? ここまで這い上がってきたわ」
ソフィアの友人は今まさにどん底だろう。だが人は失敗から多くを学ぶ。もしも友人がそこで心が折れなかったら、きっと彼女は戻って来る。今度こそソフィアを支えるために。
「信じてあげなさい。あなたが選んだ友人を。それが私達に出来る唯一の事よ」
ソフィアは深く頷いた。ソフィアが納得したのを見届けてから、アルベルトは私の方へ向き直って聞いてきた。
「犯人は分かってるのか」
私はうんざりした様子を隠さずに答えを告げる。
「ロッシュ男爵家よ」
「ソフィアに暴行を加えた奴らの一人か。子息のカイル単独か? それとも男爵家か?」
「残念ながら男爵家、よ。唯一の子息の未来が閉ざされたからって事でしょうけど、私怨も良いところね」
あってはならない事だが仮に成功したとして、その先に未来はない。要するに自棄っぱちだ。
「勝手に悲観して、勝手に恨みを募らせる。心底迷惑です」
友人を利用されかけたのが許せないのだろう。今のソフィアは普段の温厚さを微塵も感じさせないほどに冷たい。子息だけでなくロッシュ男爵も同じ考えともあれば、失望も大きいだろう。
「対応は私に任せてくれ。これからは特待生が活躍し、実績を残すだろう。ちょうど良い入れ替えになるな」
アルベルトの言わんとしてる事は明快だ。貴族籍の剥奪、すなわち色落ちの刑だ。
「エル、集めた証拠を渡してあげて」
エルは私の指示を受け、証拠品をフレデリックに渡す。
「確かに」
チェックはフレデリックの役目だ。私にとってのエルがそうであるように、アルベルトのフレデリックに対する信頼は厚い。
「それで二人目の方は?」
「二人目に関しては……」
会議はまだまだ続く。
私は肌でひしひしと感じていた。
ソフィア・クアラルンの存在が公表されて以来、事態が一気に動いているのを。
結局その日屋敷に帰ったのは日が暮れてからであった。友人が利用されかけた件で疲れたのか、ソフィアは早めに就寝した。そしてそれは私にとって都合が良かった。
「エル、あの話は確かなのね?」
「残念ながら……」
いつも必要以上に表情を出さないエルが、気遣わしげな声で私に問いかけた。
「二人に話さなくて良かったのですか?」
「心配してくれてありがとう。でもこれだけは私がケジメをつけるべきなの。私が犯してしまった過ちなのだから」
私は二人に一つ嘘をついた。暗殺計画が二件であった事は間違いない。
でももう一つあったのだ。暗殺に匹敵する悪魔の計画を考えている者がいる。
「……マリアンヌ孤児院の襲撃を計画するなんてやってくれるじゃないの」
腹立たしいったらなかった。ロッシュ家のソフィアの友人を利用するのも下衆の所業だが、ソフィアではなく彼女の大切なモノを絞って狙うとは。
相手はソフィア・クアラルンの失墜が目的ではない。ソフィア自身の心を壊そうとしてる。感じるのは執念とも言えるほどの深い恨み。私という存在がそれをさらに助長させてしまった。
「計画実行予定時間は?」
「明日の夜更けです」
「それは助かるわ」
夜更けであればソフィアは寝てしまっているだろうから、ごまかしの必要がない。ソフィアは鋭い故、対峙しなくていいのは心が楽だった。
「人数は?」
「想定では五人」
「成人男性一人、成人女性が一人、後は子ども達……十分ね」
私は少しばかり思案すると、エルに指示を飛ばす。
「明日、孤児院の皆を宿に連れて行って。大人二人には説明するけど、子供達には不安がらせないように小旅行と言うのがいいかしら? その後は我がセイファートの騎士を十名孤児院に潜伏させるわ。私はソフィアが寝たのを確認してから合流する」
「ナタリア様は屋敷にいらっしゃってもいいのでは? 私達だけでやれます」
「それでも、よ。私は結果を見届ける義務がある」
エルは至極正しい。これは単なる私の心の問題だ。もはや理屈じゃない。しかし私はもう決めてしまったのだ。今一度彼女と向き合う事を。
エルはそれ以上何も言わなかった。
そして明日の夜更け、騎士達と共に孤児院に潜伏していた私は広場へと躍り出た。
「随分遅かったわね。待ちくたびれてしまったわ」
反応はなかったが私は確信していた。意識さえしていれば気配と言うものは感じられるだ。分かっているのなら焦る必要もない。私はただ待ち続ける。相手が表に出てくるまで。
どれくらいそうしていただろうか、ようやく観念したのか、物陰から何者かが現れる。その人物は私の予想した通りの者であった。私の胸に去来したのは罪悪感、私は心の中の弱気な自分を振り切り、彼女との再会に微笑んで見せた。
「久しぶりね、ウェンディ」
とうとうここまでやってきました。次話はウェンディとの再戦の話です。その結末は……




