第二十話 ふるい分け
「随分と疲れた顔してらっしゃいますね?」
「いらっしゃいソフィア。まあ、ね」
放課後、いつもの待ち合わせ場所に現れたのはアルベルトではなくソフィアであった。
「今日は早いわね」
「私に直接攻撃してくるような人はいなくなりましたからね。ひそひそ何か話しているのは見ましたが、まあ平和なものですよ」
どうにもあの時ソフィアが見せた貫禄は下位貴族達にとって覿面だったらしい。真っ向から対峙したら負ける、そう理解したからこそ今度は裏で色々嗅ぎまわるようになったわけだが。そうしたしわ寄せが私とアルベルトに来るわけである。何かチクるのであれば私かアルベルトが適任故に。
「それでナタリア様の方は一体何があったんです?」
「……強敵と対峙していたのよ。思わぬ苦戦を強いられたわ」
「えっ? それ、本当ですか?」
信じられないといった表情を浮かべるソフィア。その信頼は嬉しいけど今回の相手は想定外過ぎたのよね。私は次の言葉を待つソフィアに説明する。
「馬鹿は馬鹿でも突き抜けた馬鹿は怖ろしいって思い知ったわ。こっちの話聞かないのだもの」
「あー」
がっくり肩を落とす私を見て、ソフィアは苦笑した。
「つまりはナタリア様の一番長所である理詰めが封じられちゃったという事ですね」
流石の洞察力である。格下にいいようにされてしまった悔しさから、私は自嘲を交えて返事を返した。
「ええ、いつも議論ありきで勝負してきていたから。経験の浅さが出たわね」
「議論はある程度知識ある者同士じゃないと回りませんから」
しみじみと言うソフィアはどうにも経験豊富に見える。平民は学校制度が出来たとはいえ、未だに貴族とは比べ物にならないくらい教育レベルがバラバラだ。私にとっては初めてでもソフィアにとっては日常だったのだろう。
「あーゆー輩は言いたい事言わせた後に理詰めしていけば効果的ですよ。考えなしなのでボロを出しまくっている事に気づいてないんですよね」
そういえば私があの男爵家子息と対峙していた時、私は固まってしまったわけだが、結果として言いたい事を言わせた状態になっていたような気がする。理詰めに関してはデイジー嬢とカティア嬢がやってくれた。
ちゃんとソフィアの言う攻略法のように回っていたのである。その事実に思わず感嘆の声をあげてしまう。やはり大したものだと感心していると、部屋の入り口付近に人の気配を感じた。アルベルトが来たのだろう。
「二人とも来ていたか……」
「あなた」
「アルベルト様、その顔……」
いつもなら一番早く来ているアルベルトが遅れてきた理由がその顔にあった。彼の疲れ切った顔を見て私達は顔を見合わせる。十中八九私と似たような事があったのだろう。普通の議論ならアルベルトが負けるわけがないのだから。
私は冗談交じりにアルベルトに問いかけた。
「あなた……一体どんな災難に見舞われたの?」
酷い顔から薄々察していたが、アルベルトの話はとてつもない破壊力があった。私は再び痛くなった頭を抑えつつ、彼の話を整理する。
「出自問題が三人。これは計画通りとして、次がソフィアが隣国の密偵って……随分と飛躍したわね」
陰謀論だけではない。最後にアルベルトに向けて叩きつけられた『とっておき』がこれだ。
「しまいには転生した魔王……ですか。ソフィア様、私一体何者なんですか」
経験豊富なはずのソフィアでも乾いた笑みしか浮かべられないこの威力、直撃を受けたアルベルトの心情は察するに余りある。私が対応した男爵家子息よりもたちが悪い輩たちとの連戦、しかもどんどん凶悪化していくおまけつきだ。
「……一応聞くけど根拠は?」
「最初の三人は作戦内、私達が仕掛けた二つの嘘にかかった者達だ」
「つまり調べもせずに突撃してきたわけね」
そう、ソフィアの髪染めの噂と、両親の噂は私達が仕掛けたものであった。その目的は二つある。
一つ目の理由、それはソフィアの敵対勢力を知るため。ソフィアの情報を集めたいは全ての貴族がそうであろうが、得た情報を利用してどう動くかでソフィアに対しての感情を知る事が出来る。
二つ目の理由、それは貴族達の能力を図るため。私達が用意した二つの噂は検証すればすぐに嘘だと分かるようになっている。
髪染めに関しては、実際に噂にある方法を試してみると綺麗な白銀の髪にはならないのだ。眼に至っては赤いグラスを入れるわけだが、そんなの正気の沙汰じゃない。
両親に関しては実際に会いに行けばこちらもすぐに分かる。顔が全く似ていないのだ。私達はソフィアの両親役として劇団員を雇ったのだが、その際の条件が演技力の他にソフィアと顔が似ていない事であった。
二つとも実に簡単な確認作業だ。でもそれすらも怠った奴らが今回私やアルベルトに密告に来た訳である。自分の家の格を落とすと知らずに。
これこそが私達の用意したふるい分けだ。貴族達が正しく情報収集できているかを確かめ、さらにそこから敵意の有無をも明らかにする。学校という特殊な舞台を利用した渾身の一手だった。
「それで……」
私は言葉に詰まる。残りの二人は格が違う。聞きたくないという強い思いが、私の口から次の言葉を発するのを躊躇させる。それでも進まなければいけない私は、大きく息を吐くと、改めてアルベルトに問いかけた。
「それで残りの二人は?」
「密偵の方は街中で聞いたそうだ」
「……それだけ?」
「ああ」
重い沈黙があった。何でそれだけで自信満々にやってこれるのか。しかしこの噂は私達が流したものではない。出自が気になる。そう思った矢先に、アルベルトの護衛のフレデリックがやってきた。
「アルベルト様」
「何か分かったか?」
どうやらアルベルトは噂の出自を確かめるようにフレデリックに指示していたらしい。
「おそらくなのですが、ソフィア様はその容姿の美しさから妖精のようだと言われているようでして」
「嘘でしょ? まさか……」
私は思わずフレデリックを遮ってしまった。この時点で答えが分かってしまったのだ。アルベルトも同じ答えに行きついたのか、肩を落としながらフレデリックに確認する。
「民の容姿の美しさから妖精の国と言われている国があったな? フェイリラと言ったか。それか?」
「ええ、つまりソフィア様はフェイリラ国出身でその密偵だと。そういった流れでしょうね」
いくらなんでも飛躍し過ぎである。何と凄まじい想像力なのか。
「…………私魔王だけでなく妖精でもあるのですね」
ソフィアは遠い目をして言った。余りにもくだらなくて密偵の方はもうこれ以上続ける必要はない。私はさっさと次に移る事にした。早く終わってくれと祈りながら。
「……魔王の方は?」
「……夢でお告げがあったそうだ」
「……そう」
こっちもあんまりな理由過ぎて、もうため息しか出なかった。
酷すぎてやる気が削がれる。それでもそんな酷い相手が実際にいるのだ。
いるからには――油断は出来ない。
「どちらも要監視リスト入りね」
「ああ、それとソフィア。この二人には絶対会わないように」
話の通じない奴は危険だ。そんな危険人物が今の時点で二人も分かったのは僥倖だろう。ふるい分けの一番の功績まである。
「ばったりと出くわしたらどうします?」
「ソフィアのクラスの友人の中で最も頼りになる者は誰だ? その者にずっとソフィアの傍にいてもらおう。もしも出くわしたなら、相手から話しかけられる前にその者から話しかけてもらう。その間にソフィアは離れると良い」
「将来の侍女候補と考えてもらっても良いと思うわ」
アルベルトの話に私は付け足す。そこまでソフィアのために尽くしてくれる者であれば、是非こちら側に欲しい人材であった。
「分かりました」
これで一段落したわけだが、ここで話を終えるわけにはいかない。これではまだ半分なのだ。私はエルが調整してくれたひと際甘い紅茶で喉を潤すと、後半戦へと話を進めた。
「ここまでは引っかかった者と、一部の例外の話だったけど、逆に引っかからなかった者達の話もしなければならないわね」
つまり有能側の話だ。罠が単純故に有能と言うか、貴族として当たり前の事をした側とした方が良いかもしれないが。とにかくだ。こっちの動向も当たり前の事ながら重要な話である。
「まずは二つに分けなければならないわ」
「静観していた者と、調査に乗り出した者、だな」
これはどっちが良いとは言えない。優劣よりも性格の違いと言った方が良いだろう。
一見すると静観していた者は怠惰に見えるが、彼らは自分以外の誰かが調査に乗り出す事を確信していた。誰かが調べるのであれば自分がわざわざやる必要がない。そういうわけだ。別にこの二つの噂は報酬が得られる類の話じゃない。一番乗りを目指さなくても良いのだ。ただし嘘を掴まされないよう、出てきた情報が正確かどうかを調べる必要は出てくるだろう。
一方で調査した者が利用されるだけの愚か者かと言えばそうでもない。確実な情報を手にしているのは強い。自分で検証したであろう彼らは私達の意図を正確に理解したであろう。労力はかかってしまったが、苦労した分、その情報を他の貴族に売る事も出来る。
「単純に言えば先に苦労するか、後に苦労するかですよね」
ソフィアの発言は的を得ていて私は唸る。ソフィアのまとめる力は高く、今では私とアルベルトはこれで頭の中を整理するようになっていた。
「後は静観でも本当にどうすればいいか分からないから何もしなかった者だな」
「これはこれで分相応を弁えているといえるかしら」
自信がないのであれば、失態を犯さない事に尽力する。これもまた賢い選択だ。
私がエルに視線を送ると彼女は頷き、書類を持ってきた。それは今回私達に接触してきた者以外のリストで、その者達がここ数日間でどう動いていたかの調査資料であった。もちろんアルベルト側もその書類はあり、私達はその二つを照らし合わせる。
「……大方予想通りと言ったところね」
「そうだな」
学校に通っている間、私達はいつだって学校中に顔を出して回った。それは将来国を支える事になる者達の人となりを知るためであったが、そこで培った審美眼は飾りじゃなかったようでちょっと嬉しくなった。
「私はここら辺まだまだですね」
少し悔しそうに言うソフィアは可愛らしかった。
「ふふ、そこは先輩達に譲って頂戴な」
「ああ、それにソフィアもすぐに私達に追いつくさ」
何せソフィアは一年で国王夫妻を認めさせた実績があるのだから。
「さてナタリア。このリストの中で特に気になる者はいるか?」
「そうね。私は……」
私は再度リストを流し見る。そしてとある一点を指さした。
「私が気になっているのはこの人、ベルナール辺境伯よ」
記念すべき二十話! ここまで来ると結構書いたなぁって思います。




