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王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します  作者: 幸イテ(旧名:kouta)
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第十八話 仮面


 生徒同士の談笑で喧騒に包まれる教室は、私の入室と共に音が消えた。皆の視線が一斉に私の方へと向く。好奇と戸惑いの視線に晒されるのは分かりきっていた。私は固まっている教室の皆を見回すと、先のソフィアに習い、自分から行動を始める。

「おはよう皆。昨日は驚かせてごめんなさいね」

「おはようございますナタリア様。これまでソフィア様を隠しているのは大変だったでしょう」

 出だしが勝負の中、早速空気の読める一人が流れを作ってくれた。彼女の名はデイジー・マクラウド嬢、私と同じ侯爵家でありながら、いつも私に気を利かせてくれる子だ。

 デイジー嬢曰く、私がいなかったら自分が王妃候補になっていたらしく、そんな重責は自分には無理だと感じていたとの事。私のお陰で逃げられたため、今はこうして私を助けてくれるわけだ。

「皆を騙すのは気が引けたのだけれど」

「あのクアラルン家の末裔ですもの。しょうがありませんわ」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 私とデイジー嬢は頷き合う。一度流れを作ってしまえば後は簡単だ。流れを途切れさせないよう、無難に繋いでいけばいい。

「しかしソフィア様の変貌は驚きました。特待生の頃から普通ではない事は感じておりましたが」

 私は心の中で唸る。ここでソフィアの変貌の話に持って行ったのは正解だ。

「磨けば光るとはこの事ね。教育を受けさせた私も驚いたわ」

 私達の会話を聞いて、周りもソワソワしだす。彼女らも聞きたくてしょうがないのだ。私はそんな彼女らに手招きした。

「どうぞ遠慮なさらずに。知らない仲でもないでしょう?」

 私自身忙しかったため、関係は濃くはなかったが、それでもずっと同じクラスだったのだ。私の許しを受けて、彼女達は嬉しそうに話の場に参加した。

「ナタリア様はソフィア様といつ仲良くなったのですか?」

「ソフィア様は何が好きなのでしょう?」

 肝心なのは核心に触れない事。ひたすら浅い部分で話を回す。皆の興味が薄れてくれるまでずっと。だが世の中そんなに甘くはない。

 

 このまま和やかに終わるかと思ったその時、とある勇気ある者が声を上げた。彼女もまた私と同じ侯爵家のカティア・アーバイン嬢だ。この選りすぐりのクラスの中でも成績上位をキープし続けており、いつも私と順位を争っていた賢人だ。

 お互い意識し合っているにも関わらず、会話自体はあまりない。カティア嬢とはそういう関係であったが、まさかこの場で行動起こすなんて。


「……ナタリア様はあれで良かったのですか?」


 具体的に何と言わなかったが、それは私とアルベルトの婚約解消について言っている事は明白であった。

「……」

 私が押し黙ってしまった事を受けて、周りに緊張が走る。私としてはいずれ来る質問だと思っていたが、もう少し後になると思っていた。まさか初日で来るとは。それでも焦りはない。私はカティア嬢に聞き返す。

「あれとは私とアルベルトの事でいいかしら?」

「はい、ソフィア様の件は必要であった事は理解しています。しかしナタリア様はずっと殿下の婚約者として努力なさってました。だから……」

 カティア嬢は本気だった。本気で私の事を考えてくれている。だからこそ私は慎重に言葉を選ぶ。

「努力が報われない事は悲しい事よね。複雑な気持ちが無いわけではないわ」

 本当は複雑な気持ちなど全然ないわけだが、ここはあえて合わせておく。私とアルベルトの特異性は理解されるものではないから。ひっくり返すのはここからだ。

「でも一方で嬉しいと思う自分もいたの」

「嬉しい、ですか?」

「ええ、小さい頃から王妃教育を受けてきたからね。それを誇りに思っていたけれど、自由に憧れる気持ちがなかったわけではないわ」

「失ったものの代わりに自由を得た、そう考えてるのですか?」

「無責任と思うかもしれないわね」

 私はカティア嬢の考えを先回りする。先に言っておく事で、あなたの気持ちは理解出来ていると示すために。

「もしもソフィア様が酷い子で、アルベルト殿下が不幸になるのであれば私は断固阻止したわ」

 私は厳格な表情を作り、それまで培った威厳を見せつけた。少しの間を置いた後、今度は慈愛の表情に切り替える。

「でもソフィア、良い子でしょ?」 

 私はあえて公爵令嬢であるソフィアから様を外して、親しさをアピールした。

「私には見えたの。殿下とソフィア様、二人が幸せになる姿が」

「だから身を引く、と?」

「身を引くは違うわね。ただ私は皆が幸せになる道を選んだだけ。周りは私を可哀想と思うかもしれないけれど、私は期待しているの。空白となった自分の未来に」

 私はカティア嬢の顔から徐々に疑念が消えているのを感じた。それもそのはず、私の言葉には本音も混じっている。そして本音の熱意は散りばめられた嘘を隠す。

「婚約者でなくなっても、それまで得た物はなくなるわけではない。王妃でなくてもこの国に出来る事は沢山あるわ」

 私はソフィアと共にありたいと思った。だからといって国を良くしたいと言う想いは捨てたわけじゃない。

「だから皆には私を祝福してほしいの。哀れむのではなく」

 私は常に頭を回転させながら、私の想いを最も魅力的に映えるように組み立てていく。表情すらも自由自在だ。その場その場で適切な顔を私は作れる。

 自分でも大した仮面だと思う。これこそが王妃教育で学んだ最も大切な事であった。上に立つ者で最も必要なのは人を扇動する事なのだから。

「安心して。このナタリア・セイファートは変わらないわ。今も昔も」

 私は今ある勢いのまま、最後まで演じきって見せた。それまで私を試すように見ていたカティア嬢の眼がふっとゆるむ。

「……分かりました。ナタリア様を信じます」

 私の仮面は見事カティア嬢の厳正な眼を潜り抜ける事が出来た。

「ありがとう」

 でもこの感謝だけは私の心からのもの、本物だ。カティアの真心は確かに私の心を当た択したのだから。私は様子を見守っていた皆へと向き直うると、この話は終わりと告げた。

「さ、そろそろ授業が始まるわ。皆席に戻りましょ」

 


 その後、特に問題といった問題は起こらずに昼休憩の時間となる。約束通りアルベルトは私を迎えに来た。

「ナタリア」

 その間私以外の女生徒から鋭い視線が突き刺さるが、アルベルトも慣れたものでそんなものはどこ吹く風だ。

「ほら、皆そんなに殿下を睨まないで頂戴。私は納得していると言ったでしょ」

 不敬ったらありゃしない。しかしそれも私個人を慕ってくれているからこそ。少し嬉しくなってしまうのだから、私も現金なものだ。

「殿下、ナタリア様を不幸にしたら許しませんからね」

 そう言ったのは先ほど私に踏み込んだ質問をしたカティア嬢だった。あの子がここまで私を慕っていてくれたのは意外だった。アルベルトは初めこそ驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻し、王子としての仮面を被った。

「もちろんだ。私とナタリアの婚約関係はなくなったが、それでも私は彼女の幸せを願っている。その覚悟は結果で見せよう」

 二人の視線がぶつかり合う。そうしてカティア嬢はやっと矛先を下げた。

「分かりました。殿下の選択を見届けさせてもらいます」

 これも私が婚約者から外れたからこそ見れたのだとしたら、なんとも不思議な気分であった。

 教室から出た後、アルベルトは可笑しそうに私に話しかけた。

「君はなかなかクラスの皆から愛されてるな」

「そうだったみたいね」

 嬉しいやら気恥ずかしいやら、私はアルベルトの生温い視線をかわす術を持たなかった。



 アルベルトと合流した後、私達はソフィアの下へと向かう。何事もなければそれに越した事はなかったが、ソフィアの教室前には人だかりが出来ていた。

「何を言って取り入ったんだ?」

「あなた不敬よ! 今のソフィアは公爵令嬢なんだから」

「そんなわけあるか! その髪と眼だって嘘っぱちだろ。俺が洗い落としてやる!」

 案の定と言えば案の定、前からもソフィアを排除したい者達は存在した。彼女を嫌っていたのはウェンディ達だけじゃない。

 しかしだ。今のソフィアは前とは違う。彼女は唯一足りなかった権力を得た。私とアルベルトは期待を持ってソフィアを見守った。ソフィアは難癖つけてくる者達を一瞥すると、抑揚なく、感情の読めない声で語りかけた。

「あなたは男爵家、その後ろのあなたは子爵家でしたね」

「そ、それがどうした!?」

「俺達より偉いとでも言うつもりか!」

「その通りです。あなた達は誰を敵にしようとしているのか」

 ソフィアの目が妖しく光る。彼女から急に発せられた圧に彼らは怯んだ。その隙をソフィアは逃さない。

「私という存在は王家のみならず、他の公爵家の方々からも認められています。故に私を認めないと言う事は、国に対して叛意があると受け取ります」

「んな!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 この時になってやっと彼らは正しく認識した。今のソフィアは特待生ソフィアじゃない。正真正銘本物の公爵令嬢、ソフィア・クアラルンなのだ。だが理解するのが少し遅かった。ソフィアはもう止まらない。

「覚悟なさい。私は公爵家として、あなた達の家に抗議文を送ります」

 事態が大きくなってしまった彼らは真っ青になり、慌てて土下座する。

「す、すまなかった! いえ、申し訳ありませんでした!」

「この通りです! どうか、どうかご容赦を!!」

 ソフィアは無言で彼らを睨みつける。私は唸った。そうだ。それで良い。その沈黙が彼らに恐怖を与える。そしてソフィアは十分に時間を使った後、圧を解いた。

「去りなさい。次はありませんよ」

「はい!」

「ありがとうございます!」

 結果としてソフィアの完勝であった。私とアルベルトは顔を見合わせ、ソフィアの成長を喜んだ。

「貫禄がちだな」

「ええ、これくらいは軽くやってもらわないとね」

 ソフィアのクラスメイト達は憧れの視線を彼女に向ける。

「ソフィア、凄い」

「やっぱり私達も様をつけた方がいいかな?」

「いいえ、私は皆さんには友として名で呼んで欲しいです。ただ公の場では申し訳ありませんが、公爵令嬢として接してくれると助かります」

「分かったわ!」

 最後のケアもばっちり決まった。私達の加護を必要としないソフィアの派閥を作る事、これが残り短い期間にも関わらず学校に通う目的であったが、ソフィアは無事その一歩を進めたようであった。



今回も読んでいただき、ありがとうございました。

少しだけお知らせです。

私事ですが、今年は私にとって色々と変わる年でありまして、

心機一転を図りたいと思い、来週月曜日、3月2日の誕生日を迎えるタイミングで、

ハンドルネームを「kouta」から「幸イテ(サチイテ)」に変更します。


新しい名前と一緒に、これからも物語を書き続けますので、

今後ともよろしくお願いします。

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