第十三話 これが私が目指すべき道
思えば始まりはロイドとの会話であった。
自分自身幸せを感じていない者が他の人を幸せに出来るでしょうか?
ロイドが投げかけた質問は今でも私の胸の内に残っている。うっすらと忘れかけてたそれはソフィアと出会った時に一気に再燃した。ソフィアと出会ってから私は責任と欲望の狭間でずっと悩んでいた。それこそ心が病んでしまう程に悩み続けた。
でも今は心が澄み渡っている。答えに至るまで随分と回り道をした。でも回り道をしたからこそ、今私は確固たる自我を築いている。心が定まったなら後は行動に移すのみだ。
私は今日、
勝負に出る。
今、私は王宮を目指していた。目的はただ一つ。アルベルトと話す事だ。アポイントはすでにとってある。馬車に揺られながら私はこの後起こる事を考え、一人笑みを浮かべた。
「さて、もう逃げてられないわよアルベルト」
「こうして王宮で会うのも久々だな」
「そうね。学校に通ってからはそちらで会っていたから」
王宮で会ったアルベルトの顔は今日も変わらず澱んでいた。発散出来た私と違いずっとため込んでいるのだ。こうにもなろう。逆に言えば良くここまでため込めたものだと感心した。
「……ソフィア嬢の件か?」
私は黙って頷く。アルベルトも薄々私が来た理由を察していたようであった。アルベルトは私と同じなのだから、そうでなくてはとほくそ笑んだ。
「いい加減答えを出さなきゃと思ってね」
「それは俺も思っていた。俺達はあの子を不幸にする存在でしかない。今度極力会わないようにしなければ……」
「本当にそう思ってるの?」
「…………」
アルベルトは答えない。それもそうだ。
「そう簡単に諦められるのであればこうも私達は悩んでいないわ」
諦めきれない気持ちの行く末は結局は袋小路なのだ。そこでどんどん蓄積していき、小さなため息だったものが大きなため息となっていく。それほどまでにため込んだアルベルトが爆発するのは必然であった。
「だったらどうしろと言うんだ!? 側妃にでもしろと? それとも愛人か!? 冗談じゃない!!」
ソフィアを大切にしたいからこそおまけの存在にはしない。それは結構。だがアルベルト、貴方には覚悟が足りない。あなたは私が王妃になる前提で全て考えてしまっている。敷かれたレールの上で。だからこそその目を曇らせているのだ。
「あの子を、ソフィアを舐めるんじゃないわよ!」
私はアルベルト以上の圧を出し、勘違い野郎を黙らせた。私がここまで大声を出した事に驚いたのだろう。呆然と私を見上げる彼に向けて私は告げた。
「アルベルト、あの子は王妃の器よ」
「なっ!?」
絶句するアルベルトの眼を私は見続ける。自分の言った事が冗談ではないと証明するために。
「君は……何を言っているのか分かっているのか?」
「ええ、もちろん。アルベルト、あなたは私との婚約を解消してソフィアを王妃に迎えるべきよ」
「そんな、そんな事許されるわけないじゃないか!!」
ありえないとアルベルトは切り捨てる。だが声を荒げているのは冷静さを失っている証拠だ。怒りがないと誘惑に負けてしまいそうだから彼は怒っている。でも私は彼を逃がさない。
「私は周りから許される許されないを聞いているんじゃないわ。アルベルト、あなたがどうしたいかを聞いてるの」
アルベルトがしなければならないと思っている事は、周りがそう望んでいるからに過ぎない。王族故に責任から逃れられないのだ。だからこそ私は引っ張り出す。後の王ではなくアルベルトと言う男を。
「ソフィアが暴行を加えられたのは、私達が変に遠ざけようとした結果よ」
私が暴行の件に触れた時、アルベルトの口が強く結ばれた。
「あの子の飛びぬけた才能は周囲の妬みを生む。あの子は賢い子だし、悪意もうまくかわしてきたのだろうけど、権力だけは無理。権力にだけはかなわない。私達が離れてもきっと誰かがソフィアを利用しようとするわ。利用するだけならまだ良いかもしれない。始末しようとする者達だって出てくるわ。それこそウェンディ達のように。分かるでしょアルベルト。ソフィアはもう平穏な平民の生活は無理なのよ」
ソフィアはもう普通の子ではいられない。平和な場所で幸せに暮らして欲しいという私達の我儘はもうかなわない。
「でも私個人の感情でソフィア嬢に国を背負わせるわけには……」
「だったら別の貴族がソフィアを娶ってもかまわないと言うのね?」
「そ、それは……」
クリティカルな質問にアルベルトは言い澱む。我慢出来るわけないのだ。ソフィアが誰かの者になるなんて。それでも踏ん切り付かないのはきっと……
「アルベルト、はっきり言わせてもらうわ。あなたはソフィアの事を守りたいから離れようとしたんじゃない。守り切れる自信がないから離れようとしているだけ」
瞬間、アルベルトの顔から表情が消えた。
「君なら! 君なら守れるっていうのか!!?」
それはアルベルトの魂の叫びであった。今までの比にならないくらいの圧が私を襲う。でも私はこれこそ待っていた。やっと会えたわね、アルベルト。
「ソフィア嬢が王妃になったら多くの反発が出るだろう。命の危険だってそれまでとは段違いだ。国民だって何か失策したらきっと私ではなくソフィアのせいにされてしまう。周りは敵だらけだ。それでも守れると君は言うのか!?」
「守るわ。そうするって決めたもの」
即答であった。そのために私はここに来たのだから。
唖然とするアルベルトは私に問いかける。
「ナタリア、どうして君はそこまで強くあれる? 君は私と一緒だったはずだ」
「答えに至るまで色々あったけど、一番は見てしまったから。ソフィアが理不尽にいたぶられていたところを」
あの日、私は理性の檻が砕け散った。そして私が恐れていた魔物は隣人となった。
「仮にその日私が学校を休んで、あなたがあの光景を見たとしたら、同じ結論になっていたと私は思うわ。あれは……」
「許せない。許すわけには行かない」
あれから色々と経験したが、ここだけはぶれる事はない。
「ナタリア、君は……」
「アルベルト、私達は運があるわ。今のサイヴェリア国の状況は私達にとって追い風よ」
私は指を二本立ててアルベルトに向けた。
「私達の幸運は二つある」
そう、私は無策でこの場所に来たのではない。本気だからこそどうすればいいかを考えてきた。さあ、ここからが本番だ。
「一つ目は今の王族と高位貴族の体は実は弱いという事。権威を保つために近い血同士で婚姻を結び続けていたけど、それももう限界に近いわ。私達の世代でもあなたの元婚約者であるシーラ様含め、四人の高位貴族が病死しているわ」
王族だってその例外じゃない。アルベルトだって弟を失っているのだ。今いる第2王子は本当のところ第3王子なのである。近親婚の問題は他人事じゃないのだ。
「数ある侯爵家の中で私が選ばれた一番の理由、分かってるでしょ? セイファート家の者が侯爵家の中で一番健康だったから」
「セイファート侯爵の奥方は隣国のご令嬢だったな」
「ええ、だから血が薄まった。でも私とあなたが結ばれれば結局また血は濃くなっていく。私達は緩やかに滅びに向かっているの。まだ大丈夫、まだ大丈夫、それを繰り返してここまで来てしまった」
私の考えにアルベルトは唸る。
「確かに血を薄める事は必要だし、公爵家の者達はむしろ納得するかもしれない」
何故公爵家なのか。そこには理由がある。公爵家の中には滅んでしまった悲劇の公爵家があるのだ。その名こそクアラルン家、サイヴェリア国建国からある由緒ある家であった。クアラルン家の者は代々優秀であったが、特に血の濃かった家で、その結果全員が亡くなってしまった。
そして他の公爵家もクアラルン家程じゃないにしろ血は濃い。だからといって別の下位貴族と縁を結ぶのもなかなか難しく、問題はないがしろにされてきた。
「私が率先して血を変えていくのはアリだとは思う。厳しいとは思うが可能性はゼロではない。だが下位貴族の方は納得しないであろう。むしろこちらの方が厄介だ」
そう、意外と高位貴族というものは寛容だ。そう簡単に崩れないからこそ、心に余裕があるのだ。逆に下位貴族の方が平民に対する反発は大きいだろう。
「ソフィアが平民のまま婚約が難しいのは百も承知よ。だからソフィアの出自を作るの」
貴族でよくある話だが、下位貴族が高位貴族との婚姻を結ぶとき、その差を埋めるために下位貴族の方が別の高位貴族の養子となって爵位を合わせる事がある。私はそこから着想を得た。位が足りないならソフィアの位を作ってしまえばいいと。
「ここで二つ目、ソフィアの隠された出自とするのにうってつけがあるわ。それは今は亡き公爵家……」
「まさか……」
「そう、クアラルン家よ。私はソフィアをクアラルン家の遺児にしようと思っているわ」
「亡き公爵家を利用しようとするなんて……失敗すれば破滅だぞ」
私はアルベルトの懸念をどこ吹く風と跳ね飛ばす。
「いいじゃないそれでも。どちらにせよ私達は歴史に名が残るわ。国の未来を救った稀代の聖君か、愛ゆえに国を混沌に導いた暴君か。平凡な王と称されるよりも断然良いのではなくて? もちろん婚約解消したからと言ってそのままさよならって無責任な事はしないわ。それでソフィアと離れたら本末転倒だもの。私も国を支えるのは変わらない。ただそれが王妃と言う立場じゃなくなっただけの話よ」
これこそが私の答えであった。国王が恋に狂って平民との結婚するのは暴挙なのか? それは違う。平民との結婚自体が良い悪いのではない。そこから施政者としての責任を怠ったから暴挙とされたのだ。
だったら私達が例外を作ればいい。責任は放棄しない。ソフィアも諦めない。とても細い道であるが、その先に未来はある。どれ程苦しくてもやる価値がある。私はそう信じた。
全てを吐き出し終えた私はアルベルトの様子を窺う。するとアルベルトは突然頭を抱えて大笑いした。
「そうか、聖君か暴君……くくく、はっはっは! そりゃ良い!!」
「ナタリア、君がこんな面白そうな事を考えていたなんて」
「あなたがぐだぐだしているからよ。王族の責任は分かるけど、どうせ我慢出来ないのは分かり切っていたのだから、逆に振り切るしかないじゃない」
私は両手を広げ、やれやれと首を振った。
「そうだよな。そのとおりだ!」
その後もアルベルトは何度もそうだと繰り返す。自分に刻み込むかのように。
「その様子だとようやく吹っ切れたようね?」
「ああ、目が覚めた気分だよ。俺がしていた事は無駄な足掻きだったんだな」
「それだけソフィアに本気だったって事でしょ? 誇って良い事だわ」
吹っ切れたアルベルトを褒めるため私はリップサービスをしておく。憑き物が取れたアルベルトは清々しいほどの笑顔を浮かべ、私の共犯者となった。
「私も賭けよう。ナタリアの案に! もうなるようになれだ! ただし」
「分かっているわ。何よりもソフィアの意志が優先よ」
私はソフィアに散々助けてもらった。私達が臆病風に吹かれている中、彼女の方から近づいてきてくれた。己の身の危険を承知で私達と会う事をやめなかった。そこにどれ程の覚悟があったのだろう?
今度は私達が彼女の勇気に応える番だ。私はどちらかを捨てるなんて事はしない。どちらも手に入れる。握りしめた手を胸に添えると決意がみなぎってくる。
私は記念すべき最初の一歩を踏み出した。
皆さまいつも当作品を読んで頂きありがとうございます。
今回は一つ残念なお知らせがありまして、ここまで頑張って毎日更新してきましたが、先日から海外出張に行っており(十二話、十三話は予約投稿で投稿してます)、その間ちょっと更新が止まりそうです。あっちでも書ける時間があれば少しでも進めたいとは思ってはいますが、時差ボケとか創作活動にとってはえげつなくて、今までの経験上難しそうだなって。
何とか出張行く前に山場シーンまで行けたのは良かったけど、本当は最後まで一気に駆け抜けたかったなぁ(汗) 出張から帰ってきてから再開する予定ですので、今しばしお待ちください。




