第十一話 導き
衝撃の肉串デビューを果たした私は感無量であった。何と言う満足感なのか。なお今はエルが眼の色を変えて必死に肉串にかぶりついている。ソフィアのお薦めは彼女にも無事刺さったらしい。
「お腹もたまりましたし、エルさんの準備が出来たら色々見て回りましょうか」
「ええ、案内宜しくね」
「任されました!」
エルが正気に返ったのを見届けた後、私とソフィアは近くを散策する事にした。まず行ったのが小さなアクセサリーなどを売っている小物屋だ。私達貴族がするような貴金属ではなく、ガラス製のものや、木製のものが主流である。
「意外とセンスいいものがあるのね」
「平民だっておしゃれをしたいですから。別に高い物じゃなくたっておしゃれは出来るんです。ほら、これとかどうです?」
「ガラスで出来た青い鳥のネックレスね。良く出来ているわ」
「お姉さまには物足りないかもしれませんが」
「そんな事ないわよ。貴族のしている貴金属ってのは単に見た目の美しさだけじゃなくて、財力を周囲に誇示するためでもあるから、純粋に楽しめる物じゃないのよね。それに本当に美しいアクセサリーを映えさせるためには、それを着ける人も美しくあらねばならないわ。下手すればアクセサリーに負けちゃうのだから気が張ってしょうがないわ」
「あっははは……」
げんなりした様子の私を見てソフィアは苦笑する。よく下位貴族の者達が自分達を良く見せようと、最高品質のアクセサリーを買ったはいいものの、浮いてしまっているなんてのは良くある光景であった。
「でも鳥か……エルにあげれば喜ぶかしら?」
「それは良いアイディアですね。コニーちゃんの事が好きなエルさんならきっとこれも気に入るはずです!」
そんな会話が聞こえていたのか、離れて私達を護衛しているエルの瞳がなんだかウルウルしていた。耳も良いのよねエルって。これで買わなかったら私が鬼になってしまうので、後できちんとお会計しましょう。
「じゃあ今度は私達の分を探しましょうか」
「はい!」
正直な話、私はこの安価なアクセサリー達がかなり気に入った。このお手軽さは実に画期的だ。貴族の財力の証明から切り離されているため、純粋に楽しむ事が出来る。こっちの方が進歩しているんじゃないのか? そんな事すら思った。
色々悩んだ結果、私達はお揃いのアンクレットを買った。学校で同じものを着用していれば流石に面倒になりそうだったためだ。それに貴族が庶民のアクセサリーするのも金がないと見られかねない。だからこそ足首につけるアンクレットである。
私たち女性は基本的に長いスカートを履いている。だからこっそりおしゃれしても隠れて見えはしないのだ。このちょっといけない事している秘密の共有感が楽しかった。
それからもソフィアが案内してくれる場所はどれも私にとっては新鮮で、あの停滞の日々を思い返すと泣きたくなるくらいであった。
だがそのような時ほど事件と言うのは起きるもので。別に私やソフィアが巻き込まれたとかそういうのではない。ただ私は現実を見せられた。
初めは貴族が訪れたのかと思った。それまで思い思い過ごしていた人々が道を開け、そこから現れたの騎士達。その真ん中には頭に布をかぶせられた二人が連行されていた。すなわち罪人である。
「あれは……」
「二日ほど前、強盗殺人があったんです」
「なんでそんな馬鹿な事を……」
殺人は重罪だし、最も重くなると死刑だってありうる。さらに言えば強盗と言うのも心証が悪いだろう。リスクとリターンがかみ合っていない。でもソフィアは言った。
「犠牲者となったのは金貸しでした」
私はその一言で全てを察した。
「一体どちらが悪かったのかしら? それとも両方?」
「私には何とも言えませんね。ただ分かるのは生きるためだったのでしょう」
「生きるため? 破滅が約束されているのに?」
「逃げ切れる可能性だって0じゃないですから」
それでも余りにも考えなしだ。そう思っているのに切って捨てられないのはどうしてだろう。私は複雑な思いを抱えたまま彼らを見送った。ウェンディ達を殺しこそしなかったが、私がもし平民であったなら、私もまたああなっていたのだろうか?
進んだら戻れない破滅への道。しかしだ。もし仮に私が平民だったとして、ソフィアが危機にさらされていたとしたら私はきっとやる。あの時の私のように。
それは断言出来た。
「ああ、つまりはそういう事なのね」
「お姉さま?」
「人は譲れないもののためには魔物にもなるのだわ」
私がそうであったように。
「魔物ですか。面白い比喩ですね。でもナタリア様の言う通りなんでしょうね。何が大切かは人それぞれなんでしょうが、人はそのために全力を尽くすのだと思います」
ふと思い出すのはウェンディ達だ。彼女達がやった事は愚かに尽きるが、その裏には危機感があったように思える。優秀な平民が自分達に取って代わると。貴族としての誇りが彼女達を追い詰めたのだとしたら、何と言う皮肉なのだろう。
しかしと私はソフィアの方を見る。ソフィアに見せてもらった街は様々な想いに溢れていた。より強い言葉で言うと欲望か。その中で育ってきたであろうソフィアはどこか大人びて見え、自分の方が余程子供だと思うくらいであった。
単純な良い悪いでは図れない人の複雑さ、実際に見なきゃ分からなかった事だ。貴族は生まれた時から基本守られている。だが庶民はそうもいかない。自分で行動し、自分で守らなければいけない。その力の濁流を私は感じ取っていた。
「お姉さま、最後に一つ寄りたい場所があるのですが……」
「あら、どこかしら?」
「私の孤児院です」
どうしてソフィアが孤児院に連れて行きたいと言ったのか分からない。でも私は黙って彼女の後ろをついていく。ソフィアの孤児院は市場から十分ほど離れたところにあった。建物自体は決して立派とは言えない。でも子供達の喧騒が聞こえてきて、暖かな空気に溢れていた。
「ここがソフィアの育った場所……」
「はい、私の自慢の実家です」
そう断言するソフィアは自慢気で、家の事が本当に好きな事が伝わった。
「ソフィアおねーちゃん! 帰ってきたの!?」
「久しぶりー!」
今ソフィアは学校にある寮で暮らしているため、孤児院に来たのは久々のようであった。子供達がどんどんと集まってくる。彼女はとっても子供達に好かれているようであった。私からすれば想定の範囲内であるが。
「みんな元気にしてた?」
「うん!」
「お勉強も頑張ってるよ!」
子供達は思い思いの言葉をソフィアに告げる。ソフィアはそれを一つ一つ丁寧に対応していく。私がその姿に感心していると子供のうちの一人が私を指さして言った。
「お姉ちゃんはソフィアお姉ちゃんのお友達?」
「ええ、そうよ。ナタリアっていうの。宜しくね」
子供の対応は初めてであったが、ソフィアをまねて私は精一杯の笑顔を見せる。それが正解だったのか私は一瞬のうちに子供に囲まれてしまった。その後はひたすらに質問の嵐である。もう無我夢中であった。可愛いとかそんなの関係なしにただ対応に追われる。子供達のバイタリティは圧倒的で私はついていくのに精いっぱい。
「こらこら、一斉に話しかけたらお姉ちゃんが困っちゃうでしょ?」
結局、ソフィアが助け舟を出してくれるまで子供達の猛攻は続いた。時間にして1分弱、それでも私にとってはとても長く感じた。
「お姉さま子供達がごめんなさいね」
「いいえ、なかなか可愛いらしいじゃない。ええ」
そう言いつつも声がちょっとひきつってしまったのはご愛嬌、全くの未知の体験過ぎて頭もパニック気味だ。助けてもらったはいいけれどこれからどうしよう? と本気で考えた矢先の事であった。
「あら、ソフィア?」
その優し気な声はやけに耳に残った。
「お久しぶりですマリアンヌ院長」
「元気そうで何よりだわ。そちらの方は?」
「私の親しい友人であるナタリアお姉さまです」
ソフィアからの紹介を受けて私は院長へ挨拶をする。
「初めましてナタリアと申します。ソフィアと親しくさせていただいてますわ」
こうしてソフィアとの仲を公言出来るのは思いのほか気持ち良かった。
「初めまして、この孤児院を経営しているマリアンヌよ。しかし凄い人を連れてきたわねソフィア」
マリアンヌ院長はさらりと言ったが、発言内容を逃さなかった私はぎょっとした。
「貴方様はセイファート侯爵家ご令嬢ナタリア様で合っていますか?」
今更ながらに偽名を使わなかった事が悔やまれる。しかし仮に偽名を使っていたとしてもこの人にはバレていたかもしれない。だって今の私は髪の色と眼の色を隠している。つまりこの人は私の容姿だけを見て言い当てたのだ。
「あなたは……」
「驚かせてごめんなさい。実は私も元貴族なの。もはやなくなってしまったわけだけど……」
「なくなった?」
クアラルン公爵家ではない。察するに院長の年齢は30代~40代である。しかし彼女が生まれる前にクアラルン家の者は滅んでしまっている。クアラルン家以外でなくなった貴族家と言えば……
「もしやブルームーン子爵家?」
「流石に王子の婚約者様ともなれば博識ね。ご明察よ」
まさかの出会いに私は思わず身構える。記録によるとブルームーン子爵家は青い髪に三日月のような黄色のラインが入っていたらしい。まさに名の通りの容姿だったわけだ。しかし元という事でマリアンヌ院長は色を失っていた。
この出会いを用意したのはソフィアだ。この出会いには何かしらの意味があるはず。そんな私が余程挙動不審だったのだろうか、子供達は訳が分からずきょとんとしていた。
お互いの意図はともかくとしてこのままじゃ良くない。どうしようか迷っている中、先手を打ったのはマリアンヌ院長であった。
「ここじゃなんですし、奥で話しましょうか。心配でしょうからそちらの護衛の方もどうぞ」
元貴族であるからには護衛の事も知っていて然るべきだ。洞察力に優れた院長との間に緊張感が走る中、ソフィアだけはマイペースであった。
「私はお茶でも入れてきますね」
「私も手伝う!」
「僕も僕も!」
この出会いは一体何をもたらすのだろう。
私は一人覚悟を決めると孤児院の中へと足を踏み入れた。
新キャラソフィアママ登場です。




