第7話【後日談】 やはり薬師は人気がありすぎる
本編完結のすぐ後の話です。
第7話【後日談】 やはり薬師は人気がありすぎる
(兜の騎士:エルドリック視点)
依頼報告と注文を済ませて、ボクはようやく、空いている丸卓に腰を下ろすことができた。
兜の留め具に手をかける。
金属が外れる音とともに、こもっていた世界が開いた。
兜を外した瞬間、酒場の喧騒が一気に耳へ流れ込む。
笑い声、怒鳴り声、乾杯のぶつかり合う音。
脂と酒、煙草の匂いが人いきれと混ざり合い、肩の力が自然と抜けていく。
低く揺れる灯りが、脱いだ兜の縁に淡く反射していた。
人目も気にせず水布で顔を拭う。
やっぱり、この雑多で自由な空気は、何物にも代えがたい。
汗を拭い終えた、そのわずかな隙を狙ったように――
背後から声が飛び込んできた。
「聞いたか? また“二言”の奴が追放宣言したらしいぞ」
手が止まる。
下世話な噂に耳を貸すつもりはなかった。
それでも、酒場のざわめきに紛れて続きがどうしても耳に入ってくる。
「祝いの席で横領だとか言って騒いだらしいが……いつも通り、勘違いだったんだとよ!」
「アイツ、計算もできねぇのかよ! 金の流れなんざ見りゃ一発だろうが!」
二言……ビックス君が、またやってしまったのか。
どうしていつも彼は、よく考える前に動いてしまうのか。
いや、そもそも“追放”を何度も、軽々しくしている時点でおかしいのだ。
追放される側……ミーナさんの気持ちを考えたことがあるのか――
「お待たせしましたー! エールと狩人のスモークプレートでーす!」
ドンッと置かれた料理にハッと顔を上げた。
いつの間にか考え込んでいたらしい。
……いけない。今は食事だ。
そう自分に言い聞かせるように、杯を手に取った。
エールを飲み、燻製ベーコンを噛みしめるも、不思議と味がしなかった。
……ミーナさん。
彼女は傷ついていないだろうか。
彼女の調合する薬を初めて使った時は驚いた。
薬効だけではない。苦みを抑えた、使う人への気遣いがにじんでいた。
ギルドで見かける彼女は、いつも楽しそうに笑っていた。
明るい声に柔らかい笑顔、その優しさ映すようなハシバミ色の瞳。
依頼の契約や準備に走り回る時は、二つにまとめられたヘーゼル色の髪が、軽やかに跳ねていた。
今は……どうだろう。
あの小柄な身体で、どれほどの悲しみを受けたのだろうか。
喉まで上がった呻きを、エールと一緒に飲み込んだ。
ガタン、と叩きつけた杯の音が、テーブルのざわめきを断ち切った。
それは、自分でも驚くほど強い音だった。
数拍の静寂。
仲間たちの心配そうな視線を受け止め、ゆっくりと見返す。
絆の温かさと重さを受け止めた瞬間、腹の底で決意が固まった。
「みんな……話がある」
ピタリと静まった空気の中で、言葉が自然と口をついて出た。
こういうことは、皆で話し合って決めるべきだ。
「大事な話があるんだ」
そう。僕は、あの男とは違う。
(二言の剣士:ビックス視点)
ギルド酒場の夜は、いつも騒がしい。
笑い声と怒鳴り声が飛び交い、木の卓が揺れ、酒の匂いが鼻を刺す。
そんな喧騒も、今日は気にならない。
いや、昨日から世界は輝いて仕方ない。
ふと腰に下げた新しい剣が気になり、腰から外して撫でてみた。
鞘の上からでもわかる、新しい剣の息吹。
――早くこの剣を自在に振り回せるようになりたい。
疲れているはずなのに、すぐにでも剣を振りたい気分だ。
「ビッ君、また剣いじってるの」
我に返ると、ミーナが笑っていた。
依頼の後なのに薬草の香りがふわりと漂い、頬が熱くなる。
「い、いや……別に。ちょっと見てただけだ」
さっと腰に剣を戻し、そっぽを向く。
ミーナにプレゼントしてもらったあの日の記憶は、いい思い出だ。
……ちょっと先走ったこともあったけど、いい思い出だと思いたい。
「ビッ君、顔赤いよ。熱でもあるの」
ミーナが心配そうにのぞき込んでくる。
ちょっと顔が近すぎて、心臓が跳ねた。
「だ、大丈夫だって。疲れてるだけだよ」
気恥ずかしさに耐えきれず、慌てて席を飛び退いた。
ミーナは、ほっとしたように微笑んでいた。
けれど、俺が離れたことが気に入らないのか、ちょこんと口を尖らせていた。
再びミーナと目が合った――その時。
「すまない。ちょっといいかい?」
振り返ると、騎士甲冑を纏った男がピシリと立っていた。
磨き上げられた鎧に対して、傷ついた盾だけがやけに目立った。
一目で分かる。場慣れした戦士だ。
「誰だよ?アンタ」
「突然すまない。ボクはエルドリック・シルバルト。“蒼翼の盾”のリーダーをしている者だ」
ハキハキとした通る声で、丁寧に頭を下げた。
蒼翼の盾――名前を聞いた瞬間、記憶がよみがえった。
俺たちと同じ中級冒険者で、防御と“いなし”を得意とする守備型のパーティー。
相手の攻撃を受け流し、一瞬の隙を突いて素早く攻勢に転じる戦法が有名だ。
あの盾の傷は、その戦い方の証だろう。
「あっ! すまない。兜を脱ぐのを忘れていたよ」
エルドリックがガバリと顔を上げた。
慌てたように兜へ手を伸ばし、カシャン、と金属音を響かせて外す。
そこに現れたのは――切りそろえられた金髪に、青い目の整った顔立ちの青年だった。
酒場の灯りを受けたその顔で、静かにニコリと微笑んで見せた。
「うわっ……眼福~。あれは反則でしょ」
クララベルが、肘をつきながらうっとりと呟く。
「……ふぅん。見た目だけじゃなさそうね」
リリーさんは、盾の傷をじっと見つめて評価していた。
「それで? “静水のエルドリック”が、俺たちに何の用なんだ?」
レオナードがワインを回しながら、愉快そうに口を開く。
ミーナはというと、少し驚いたように目を瞬かせて、アイツを見ていた。
そして、俺の視線に気が付かないまま、話は続いた。
「突然押しかけてしまって、本当にすまない。“紫紺の烈刃”の皆さんに、ぜひお願いしたいことがあって来たんだ」
丁寧で、落ち着いていて、嫌味のない声。
そのくせ、どこか頼もしさまで滲ませてやがる。
アイツはゆっくりとミーナの前で跪くと、手を胸に当てて言い放った。
「ミーナさん。あなたの薬師としての力を、どうか俺たちに貸してほしい」
酒場のざわめきが、ほんの一瞬だけ遠のいた気がした。
ミーナは胸元で指をぎゅっと握りしめ、目を丸くしている。
「わ、私に……ですか?」
「はい。あなたの調合は街でも評判です。どうしても、あなたの力が必要なんだ。それに……」
不意にアイツの鋭い目線が俺を射抜く。
「何度も追放を言い渡すような環境に、貴女はいるべきではありません」
その言葉に、ミーナが小さく息を呑んだ。
クララベルが「おぉっと」と口に手を当て、リリエンティは静かに目を細める。
レオナードはワインを回す手を止め、面白がるように口角を上げた。
アイツは再びミーナを見つめて、話を続ける。
「あなたの調合する薬は、冒険者たちの間でも評判です。飲みやすくて効果の高い、優しい薬だと」
――ミーナがギルドに薬を卸してるのは知ってたけど、そんなに評判だったのか。
「かくいうボクも貴女の薬に、何度も癒されてきた。その一人だ。」
――いや待て、パーティーの余剰分を売るだけで、そんなに薬を売っていたか?
ミーナは驚いたように目を瞬かせ、頬を赤くして俯いた。
「えっ……あ、あの……そんな、大したものじゃ……」
――え? ミミミ、ミーナ? まさかそんな……
「それだけじゃない。ボクは貴女がパーティーの裏方として、日々、仲間を支えてきた努力を知っている」
――あっお前! ずっと見てたって言いたいのか!
「そして、最近の貴方は、その努力に見合う待遇を受けていない。それは、皆が知るところだ」
――それって……俺の追放宣言のせいか? そうなのか!?
ズキリと胸に後悔が走るが、今はそれどころじゃない!
「だからこれは提案なんです。より貴女が輝ける場所である“蒼翼の盾”の……いやボクの――」
熱に浮かされたようにフラリと伸びたアイツの手が、ミーナに向かって伸びる。
――もう、我慢、できない!
気づいた時には、ミーナを抱き寄せていた。
椅子の倒れるガタンという音をかき消すように、喉の奥から勝手に声が飛び出していた。
「ミーナは――俺の彼女だ!!」
酒場の空気が、一瞬で凍りついた。
また、やってしまった……のか?
ギギギと回らくなった首を無理やり仲間に向ける。
そこには、呆れるようにため息をつくリリーさんと、机に突っ伏して肩を震わすレオナード。
そして……
「わぁ~。そんなに大声で愛を叫ぶなんて、熱々ですねぇ」
一人嬉しそうに俺を祝福するクララベルがいた。
気が遠くなる俺の意識を、何とか引き寄せつつ、俺は恐る恐る、最後に視線を向けた。
エルドリック。
伸ばしかけた手を宙で止めたまま――
まるで気絶したみたいに固まっていた。
目は見開かれ、呼吸すら忘れたように動かない。
静水の名を持つ男が、完全にフリーズしている。
「で、いつまでそうやって抱き合ってるんだ? お二人サン」
レオナードの言葉にハッとする。
俺の腕の中で、ミーナは、耳まで真っ赤にして小さく震えていた。
「ミ、ミーナ……?」
絞り出すように呼びかけると、ミーナはぎゅっと頭を俺の胸に押し付けた。
漏れる声は言葉にならず、ただグリグリと首を振るだけ。
その声を聞いた瞬間、俺の理性は完全に吹き飛んだ。
ただ、この場からミーナを助けなきゃいけない。
その一心で動いた体は、ミーナを抱きかかえたまま、酒場を飛び出していた。
「きゃっ!? ビッ君、む、無理無理無理っ! 恥ずかしい!」
ミーナが声を上げてしがみつくが、俺の足は止まらない。
「うぉおおおおおおおお!」
すまんミーナ。今止まれば、俺は羞恥で死んでしまう。
何時ぞやのように、背後の酒場からは、ドッと笑いが爆ぜたような気がしたが、それどころじゃなかった。
そして、翌日はことあるごとに声を掛けられた。
「昨日はお楽しみでしたね」
……誰か街中からこの記憶を消してくれ。
想いの通じた後の二人の一幕。
付き合ってからの二人のドタバタは続く!
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




