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拝啓、まだ犯罪法が少ない世界へ~一方的な婚約破棄諸々は名誉棄損ですよ~

作者: 播磨
掲載日:2025/11/26

【法律】

それは国のルールであり、国は国民ひとりひとりがまとまった『人の集あつまり』を意味する。

現代日本では、法律は、国民みんなの意見に基づいて決められているとされている。

また国王などがいる国で、法律は国王が制定されている国は現代でも少数ある。いわゆる現代の絶対君主制。

有名なのは、フランスのルイ14世の時代である『絶対王政』と呼ばれるものだろう。

なんにせよ、法律というものは絶対的に守られないといけないルールだ。

公爵令嬢、ロノ・リゼション。

彼女は幼少期に頭に分厚い本が落ちてきた際に、前世の記憶を思い出した。

弁護士を目指し、日々勉強に明け暮れていたある日、不慮の事故でその生涯を終えた。

そしてこの世界が生前に『駄目だどうしても犯罪行為が目に行って、小説の内容が入らない』と読むのをやめた小説の世界だと思い出す。

そして自身はそこに出てくる悪役令嬢であることも。


ロノは思った。

そもそも何もしなければ断罪なんてしないのでは?と。

そしてこの日から、ロノは我儘なお嬢様ではなくなり、物静かで博識な令嬢へと変貌した瞬間であった。


================


さて、時は流れて数年後。

成長したロノは、それはもう博識で完璧な公爵令嬢として周りからも慕われていた。

この数年でロノは法律の穴という穴を探しまくり、そして大きくなった今、その穴を埋めるために新たな法律を定めてもらおうと交渉している最中だ。

「お前が息子の婚約者でなければ、私の右利きか未来の大臣になってもらっていただろうな」

と王はロノの博識さを大層気に入っていた。

この国の王は『絶対王政』というより『国民第一』を考えている、王になるべくしてなった賢王だ。


というのも、ロノは初めから第一王子である『アレス・ウローナンム』との婚約はする気はなかった。

だが小説の矯正力なのか、いつの間にか婚約させられていたのだ。


そんなある日、ロノが主催する慈善事業の成果報告会を兼ねた夜会で、それは起こった。


会場には、ロノの父親である公爵をはじめとする重鎮たち、そして国王陛下までが臨席している。

その壇上に、第一王子のアレス・ウローナンムが、一人の可憐な少女を伴って現れたのだ。


少女は小説のヒロイン、エリザ。女神のような聖女だと噂されているが、現在の彼女はロノに対して勝ち誇った顔をしており、到底女神と呼べるほどの優しい顔つきなんてものじゃない。

そしてそのことに気づいていないアレス王子は、周囲の視線を集めるロノを、射殺すような冷たい瞳で見下ろした。


「ロノ・リゼション公爵令嬢。この場を借りて、貴様との婚約を破棄する!」


大勢の貴族が見守る中、アレスのよく響く声が、一瞬にして会場のざわめきを静止させた。


ロノは冷静に、そして優雅に一礼する。想定していた、避けられなかった運命が、ついに目の前に来たのだと悟った。


そしてガッツポースを内心にして、緩みそうな口元を必死にこらえた。

何故ならこれは、国王のいる成果報告会なのだ。

今もまだ検討中の法律にドンピシャで、こういうことが起こってしまったらどういうものなのかをその場で証明できる。


ロノは冷静に、そして優雅に一礼する。


「まぁ、結構ですわ、アレス殿下。あなた様のような方が、将来この国の王位を継ぐおつもりなら、むしろ私から願い下げのつもりでしたもの」


ロノの静かで皮肉めいた返答は、会場に小さくざわめきを生んだが、アレスの耳には届かなかったようだ。

彼はプライドを傷つけられたかのように、顔を真っ赤にして激昂した。


「ほざくな!その傲慢な態度こそが、貴様の内面の腐敗を表している!聞け、皆の者!このロノは、私の婚約者の座にありながら、国庫に繋がる慈善事業の裏で、私腹を肥やしていたのだ!そして、その悪辣な態度で、エリザを度々いじめ抜き、心を傷つけた!」


アレスは、ロノが心血を注いだ慈善事業を批判することで、ロノの名誉と実力を一気に叩き潰そうとした。その横でエリザは涙を浮かべる演技をしながら、アレスの腕に強くすがっている。


ロノは、ため息一つ。アレスが口にした言葉は、現代日本の法律で言えば、虚偽の事実を公然と摘示する「名誉毀損罪」に完璧に該当する。そして、この国で今、ロノが王と進めている名誉権に関する法案が、まさにこの状況を定義するためのものだった。


ロノは、怒りで震えるアレス王子に対し、一切の感情を乗せない氷のような声で問いかけた。


「婚約破棄?私は構いませんよ。ですが、その行為と理由ですと、貴方は私に対して重大な犯罪を犯すことになりますが、その覚悟はおありですか?」


そしてロノは、アレスとエリザ、そして周囲の貴族たちを一瞥すると、弁護士志望だった前世の知識を、この世界で初めて武器として解き放った。


「考えたことのないのなら、私が教えて差し上げましょう。人の名誉を侮辱することの罪が、身分に限らず重いということを」


この瞬間、この空間は裁判所と化した。

被告人:ロノ・リゼションは、弁護士という概念のないこの世界で自分で弁論をするほかにない。

そして、原告:アレス・ウローナンムと、証人であり被害者とされているエリザも同様に、自身で弁論をするしかない。


ロノは、静かに一歩前に出た。その視線は、壇上のアレス王子や、演技じみた涙を流すエリザではなく、会場の片隅に座る国王陛下に向けられていた。


「では、殿下。私、ロノ・リゼションは、殿下から受けた虚偽の告発について、この場において弁明の機会と、名誉の回復を求めます」


ロノの弁論は、感情を排した三段論法で組み立てられていた。


「まず、殿下が今述べられた告発内容について確認させていただきましょう。一点目、『慈善事業の裏での私腹肥やし』。二点目、『エリザ様へのいじめによる心の傷害』。この二点が、殿下が婚約破棄、並びに私の名誉を公然と毀損された根拠と、理解してよろしいでしょうか?」


アレスはロノの落ち着き払った口調にたじろぎ、「い、そうだ!」と叫ぶのが精一杯だった。

彼の頭には、『告発』という行為が、いかなる責任を伴うか、という概念が存在しない。

彼にとって、婚約破棄の理由は、ただの『口実』でしかなかったのだから。


ロノは、そんなアレスの思考の浅さを冷たく見抜いた。


「ありがとうございます。では、この国の法律の穴を埋めるために私が先日から陛下に進言しております、『名誉権の保護及び不法行為に関する法案』に則り、質問させていただきます」


ロノは、まだ成立していない法律を、さも成立しているかのように語った。


「一つ目の告発、『慈善事業の裏での私腹肥やし』。殿下、この『私腹を肥やした』という事実を、貴方は公の場で、この場の全員が聞ける大声で述べられました。これは、『事実の公然たる摘示』に当たります。そこで伺いますが、その『私腹を肥やした』という事実を証明する、確固たる証拠をお持ちでしょうか?それも、第三者による会計監査をクリアできる確固たる証拠を」


ロノが突きつけたのは、異世界貴族が最も苦手とする『論理』と『会計』という現代法の基礎。

アレスは顔をさらに真っ赤にし、ただただ絶句するしかなかった。


「どうかなさいましたか?まさか『証拠はない』とはおっしゃいませんよね。未来の王たる貴方様が、嘘で自分の意見を押し通そう、なんて浅はかなことはしませんよね。」


ロノの静かな問いは、アレスをさらに窮地に陥れた。王子の顔は羞恥と怒りで痙攣し、隣のエリザは、アレスの予想外の沈黙に焦りの色を浮かべ始めている。


アレスは震える唇を無理やり開き、論点を逸らそうとした。


「じゃあお前はどうなんだ!やっていないという証拠は!!」


その言葉を聞いたロノは、深く深くため息をついた。

ロノのアレスへの微塵にしか残っていなかった興味がなくなった瞬間だった。

その大袈裟な動作は、アレスの質問がいかに稚拙であるかを、沈黙をもって周囲に示唆していた。


「ではまず貴方様の言った『私腹を肥やした』というものの証拠を提示してください。『やっていないという証明』のためにはまず、やったことの内容の提示が不可欠です。」


ロノは冷静に、まるで生徒に論理学を教えている教師のような口調で続けた。


「例えば、『あなたが、いつ、どこで、どれほどの金額を、どのような方法で横領したのか』。その具体的な内容がなければ、私が『横領していない』ことをどう証明しろと仰るのですか?内容が不明なものを、どう否定しろと?」


ロノの指摘は、あまりに初歩的かつ本質的だったため、アレスは反論の言葉を失った。彼の告発が、具体的な裏付けのない、ただの感情的な非難であったことが、誰の目にも明らかになった瞬間だった。


隣で見ていたエリザは、たまらずアレスの腕を引いた。


「アレス様、そんな!ロノ様は狡猾ですわ!そんな小難しい言い訳を……!」


エリザの焦りが滲んだセリフは、ロノにとっては『裁判の進行を妨げる不要分子』だ。

証人は、証言を述べる場面以外で勝手に発言してはいけない。

そして被害者も、裁判では好きなタイミングで口をはさむことは許されない。

証人と同じで述べる機会を与えられた時でしか発言してはいけないのだ。

これは両者の公平さを保つためでもあり、

・原告の発言に不当な影響を与える

・裁判官(この場では観衆や国王)の判断にも偏りを生む可能性がある

・被告の防御権(自分を守る権利)を侵害する

証人や被害者が横から口を挟むとこうみなされるのだ。


「貴方には聞いてないのですよ、エリザ様。私は今、アレス様にお話ししています。貴方にも弁論の機会はすでに用意されていますので、それまでは口を挟まないでください」


ロノの冷たい視線がエリザに注がれる。

エリザは、その威圧感に気圧され、言い返す言葉を見つけられずにアレスの陰に隠れた。

会場の貴族たちも、ロノの堂々たる振る舞いに、まるで法廷の主宰者を見ているかのように息を飲んでいる。


そしてロノは再びアレスに向き直った。彼の顔は、すでに怒りよりも恐怖の色が濃い。


「そろそろ、意見はまとまりましたか?具体的な内容がないのであれば、『主張の不十分』と『証拠の不十分』により、『慈善事業の裏での私腹肥やした』という告発はないものとされます。この時点で貴方方には侮辱罪や名誉棄損や虚偽告訴諸々の前科が付きますよ?」


...アレスは何も答えることができず、ただ口をパクパクさせるだけだった。その無言は、「反論不能」の明確な証拠となった。


「無言は同意と見なします」


ロノは、アレスの沈黙を冷徹に断じた。


「よって、一点目の告発『慈善事業の裏での私腹肥やし』は、主張と証拠の不十分により、完全に虚偽の告発として破棄されました」


ロノの宣言は、アレスのプライドを粉々に砕いた。彼は、ロノの緻密な論理に追い詰められた恐怖と、大勢の前で論破された羞恥から、感情を爆発させた。


「やめろ!貴様は一体、何様のつもりだ!この国にそんな小賢しい法などない!私は第一王子だぞ!王族の言葉は、貴様のような公爵令嬢の詭弁より重いのだ!」


アレスは、ロノの論理を「小賢しい法」、「詭弁」と一蹴することで、自身の権威で押し通そうとした。


ロノは、その感情的な反発を、静かに待っていた。


「王族の言葉、ですか」


ロノは、壇上の国王陛下に深く一礼した。


「確かに貴方様は王族です。ですが、国民でもあります。それは国に生まれて育ったもの全員の権利であり地位です。国民でる以上、貴方様も法律は守るべき義務なのです。貴方様の言う『小賢しい法』『詭弁』というものは、現在の国王様が検討なさっている法律なのです。そして貴方様は、何か勘違いをなさっているのではないですか?この場で最終的な判決を下すのは貴方様ではなく、観衆として公平に聞いてくださっている国王様なのですよ。」


ロノは、静かに国王陛下へと視線を向けた。


アレスは、ロノの反論が自分に向けられた言葉ではなく、国王陛下に対する大逆的な問いかけになっていることに、ようやく気づいた。

彼は自分の言葉が、賢王である父の政治的判断を侮辱したこと、そして父が今、自分をどう見ているかを悟り、全身の血の気が引いた。


会場全体が、国王陛下の一言を待った。

ロノの論理が正しければ、王はアレスの告発を「虚偽」と認め、王族の権威を私物化した息子を「不敬」と断じなければならない。


国王陛下は、重々しく、しかし穏やかな視線をアレスに向け、そして会場全体を見渡した後、小さく頷いた。


その一回の頷きは、王命に等しかった。

アレスの「王族の言葉は重い」という主張は、ロノの「国民の義務と国王の公正さ」という論理の前に、公式に敗北したことを意味した。


アレスは、その場で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。

隣のエリザは、もはや演技の涙ではなく、本当に恐怖で震えている。


「ありがとうございます、陛下」


ロノは、国王に向かって深々と、しかし勝利を確信した優雅さをもって一礼した。


「よって、一点目の告発『慈善事業の裏での私腹肥やし』は、国王陛下の裁定をもって、王族による虚偽の公然たる告発として確定いたしました。この事実は、殿下の王族としての義務違反と、婚約破棄の理由の正当性の完全な喪失を意味します」


ロノは、アレスに一切反論の機会を与えず、論理の矛先をエリザへ向けた。


「では、二点目。エリザ様への『いじめによる心の傷害』について、伺いましょう。こちらは、行為の定義と結果の因果関係に関する問題でございます」


ロノは、エリザが涙を浮かべている演技を続ける時間を与えなかった。


「エリザ様。殿下は、貴方が私からの『いじめ』により『心の傷害』を負ったと告発なさいました。そこで伺います。貴方が主張される『いじめ』とは、具体的にどのような行為、いつ、どこで行われたものか、明確に定義していただく必要がございます。『いじめ』の定義をお願いできますか?」


エリザは、ロノの冷静な問いに完全に怯えた。

彼女の頭には、「無視」「悪口」「冷たい視線」といった感情的な言葉しかなかったが、それらが「不法行為」として罰せられないことは、先ほどのロノの論理で理解してしまった。


ロノは、エリザの沈黙が長いのを見て取り、さらに追撃する。


「早くお答え願えますか?場合によっては、貴方が主張される『心の傷害』という言葉は、単なる『いじめ』という言葉にではなく、この国の法典でより重い罪とされている『傷害罪』に該当しうることなのですよ」


ロノは『いじめ』という言葉が嫌いだ。

『いじめ』というのはれっきとした犯罪を、ただ甘い言葉を使っているだけのものだ。

暴行などは、傷害罪・暴行罪

物を壊すや盗むんだり隠すなどは、器物損壊罪・窃盗罪

お金を要求することは、恐喝罪・強要罪・詐欺罪

侮辱したり、人格を攻撃したり、悪口を広めたりなどは、名誉毀損罪・侮辱罪

無視や仲間外れ(または冷遇や排除と言う)は、刑事罰にならないこともあるが、民事上の不法行為として損害賠償対象になることがある

性的な行為を強要したり、触るなどは、強制わいせつ罪・強盗強制性交等罪(重大犯罪)

法律から見れば、加害者が子どもだろうと“犯罪の構成要件”に当たれば犯罪行為だ。

『いじめ』という言葉一つで解決していいものなどでは決してない。


ロノは、エリザの曖昧な言葉による逃げ道を、徹底的に塞ぎにかかった。


エリザの顔が真っ青になる。傷害罪は、貴族であっても身分を失いかねない重罪だ。彼女は、アレス王子がロノを貶めるために用意した、いくつかの曖昧で小さな出来事を、慌てて口にした。


「わ、私は……!昨年、学園の図書室で、ロノ様がわざと私の目の前で分厚い本を落として、私に威嚇しました!そのせいで、私はしばらく夜も眠れなくなって……!」


ロノは、拍子抜けした。

相手がこんなに浅はかだったとは思えなかったからだ。

そして一部の観衆、そして王はこのことに既に気が付いていた。

ロノは、驚きと呆れを通り越したような表情でエリザを見つめた。


「エリザ様。私は昨年は学園に、なんならこの国にすらいなかったのですよ。それでどうやって『図書室で本を落とした』が出来るのでしょうか」


ロノの指摘は、静かでありながら、爆弾のような破壊力を持っていた。


「私の記憶と記録が正しければ、昨年のまる一年、私は国王陛下の許可を得て、隣国である王国のミュンヘイ王立学術院へ留学しておりました。その事実は、この場におられる私の友人たちや、陛下ご自身、そして王室の公的な記録によって、瞬時に証明可能でございます。」


ロノは、アレスとエリザ、そして会場全体を見渡した。


「これにて『図書室で本を落とした』という主張は、時間的にも空間的にも物理的に不可能であることの私の証明は終わりました。さて、他にはございますか?」


ロノは、エリザに残りの弾があるのかを詰問した。

エリザは、アレスが裏で用意した「ロノの悪行リスト」のほとんどが、ロノの留学期間中の出来事をテキトーに捏造したものだったことに、今さらながら気づき、顔面蒼白になった。


「まさか、威嚇行為のみで『いじめ』と断定なさるおつもりではないですよね。それに、不眠でしたのなら、この場で主張を裏付ける医療関係の証明書などはあるのでしょうか?」


ロノは、エリザの残る逃げ道を全て塞ぎにかかった。


「この国の法が定める『傷害』は、医師による客観的な診断と記録が不可欠です。それがない場合、『夜も眠れない』という主張は、残念ながら『心の傷』ではなく、『演技』という虚像として扱わざるを得ません。」


その冷酷な断言は、エリザの最後の抵抗を粉砕した。彼女は、涙を流しながらも、反論できずにただ口を震わせるだけだった。


「無言は肯定ととります。よって、二点目の告発『いじめによる心の傷害』も、行為の物理的な不成立と、結果の客観的な証拠の欠如により、完全に虚偽の告発として破棄されました。」


ロノは、壇上のアレスとエリザを冷たく見つめた。


「これにて『婚約破棄』に対する弁論は終わりです。お二人共も、まだ判決なされる前に意気消沈なさらないでください。」


弁護士の役割は『依頼人の権利・利益を最大限守るために戦い続けること』であるため、最後の一瞬まで手を尽くす必要がある。

たとえそれが被告人になろうが原告になろうが、負けや勝ちであろうが、弁論する者は途中で投げてはいけない。

これは二人に対しての情けの言葉ではなく、弁論するものとしての義務を教えているだけだ。

ロノは、彼らの弁論の放棄を許さなかった。

それは、法と論理の場を感情で終わらせることを拒否する、ロノ自身の矜持だった。


「さて次の議題は、貴方方が虚偽の告発によって私に与えた『名誉の毀損』、『精神的な苦痛』、そして国王陛下の『公的な場の秩序を乱した罪』に対する、賠償と罰則の適用に移りましょうか。」


その言葉は、アレスとエリザにとって、婚約破棄の裁定よりも遥かに重い、自分たちの未来をかけた最終審問の開始を意味していた。


ロノは、アレスとエリザに深々と一礼し、裁判官として、最終的な裁定権者である国王陛下に視線を移した。


「陛下。被告人たる私、ロノ・リゼションの弁明は以上でございます。これらをふまえての全体の判決を下せるのは、国王陛下ただお一人でございます。原告として、アレス殿下とエリザ様の虚偽の告発に対する賠償と罰則の適用について、国王陛下の御裁定をお願い申し上げます。」


ロノは、自らが潔白を証明した直後、立場を『被告人』から『原告』へと変え、法的優位性を最大限に利用して、加害者への追及を開始した。


会場に集まった貴族たちは、もはやどちらが罪人なのかすらわからず、ただロノの知性と冷徹な論理に圧倒され、国王の一挙手一投足を息を殺して見守った。


そして、国王陛下が静かに、壇上から立ち上がった。


賢王である陛下は、論理的なロノの弁明と、愚かな息子の醜態を最初から最後まで公平に観察していた。

その口を開く前に、アレス王子は恐怖のあまり、その場で膝をついた。エリザはすすり泣きを上げながらアレスに縋りついている。


国王の静かな声が、夜会に集まったすべての者の心臓に響き渡った。


「ロノ・リゼション公爵令嬢。貴殿の弁明、そして法に基づいた真実の追及、見事であった」


国王は、まずロノの論理と正当性を公の場で認めた。


「よって、本日の裁定を下す。第一、ロノ・リゼション公爵令嬢は、一切の罪状において無罪とする」


歓声は上がらなかった。誰もが、続く判決の重さに息を詰めていたからだ。


「第二、アレス・ウローナンム第一王子とエリザ嬢によるロノ令嬢への婚約破棄の宣言、並びに虚偽の告発は、公的な名誉毀損および、王族としての義務を怠った不敬行為とみなし、これを認めない」


国王は、婚約破棄を認めないという、予想外の裁定を下した。アレスは顔を上げ、一瞬、安堵の表情を浮かべかけたが、続く国王の言葉が、その希望を瞬時に打ち砕いた。


「ただし、両名の間に信頼関係が著しく破綻したことは事実である。よって、ロノ・リゼション公爵令嬢の訴えに基づき、両名の婚約は解消とする」


婚約は解消。ロノの願いが叶った形だ。だが、その代償は、アレスにとって想像を絶するものだった。


「第三、虚偽の告発により、王族の権威を私物化し、公的な秩序を乱した罪、および公爵令嬢の名誉を毀損した罪に対し……」


国王の視線が、膝をついたアレスに突き刺さる。


「アレス・ウローナンムを、王位継承権の剥奪とする」


その瞬間、会場はざわめきを超えた騒然となった。王位継承権の剥奪は、事実上の王族からの追放に等しい。アレスは、絶望と恐怖で声も出せず、ただ顔を青ざめさせたまま、その場で硬直した。


国王は、視線をエリザに移した。


「エリザ嬢。貴殿の、虚偽に基づいた告発と、王族を欺き、公爵令嬢の名誉を毀損しようとした罪は重い。よって、貴殿は平民の身分に降格とする。同時に、貴殿の実家には、公爵令嬢の名誉毀損に対する賠償金として、ロノ・リゼション公爵令嬢へ全財産の八割を納めることを命じる」


「ひっ……!」


エリザは、悲鳴を上げる間もなく、その場で気を失って倒れた。平民への降格に加え、実家が経済的に破滅するという、徹底的な追及だった。


国王は、最後に静かにロノに向き直った。


「ロノ・リゼション公爵令嬢。貴殿の国に対する貢献と、法の秩序を守り、王族の誤りを正した功績は計り知れない」


国王は、ロノの論理という名のチート能力を、公的に認めた。


「よって、貴殿が提案していた『名誉権の保護及び不法行為に関する法案』を、この裁定をもって、暫定法として即日施行とする。」


ロノは、深々と、しかし満足感に満ちた笑みを浮かべながら一礼した。

初めての弁論での完全勝利であり、この国にも名誉という誰からも侵害してはいけない権利への保護が確立したからだ。


国王陛下は、満足げにロノの顔を見つめ、さらに決定的な一言を加えた。


「そして、ロノ・リゼション公爵令嬢。貴殿のような知性と忠誠心を持つ人材を、王家から手放すわけにはいかぬ」


アレスの顔が、さらに絶望に歪む。


「よって、私はこの場において、ロノ・リゼション公爵令嬢に対し、我が次男、第二王子アレオ・ウローナンムとの新たな婚約を命じる!」


この裁定は、会場を再び激しいざわめきで満たした。

王位継承権を持つ第二王子との婚約は、ロノの地位を以前よりも遥かに高い場所へと引き上げるものだった。


ロノの顔に浮かんだのは、驚きと困惑だった。

(まさか、こんな展開に?私の考えでは、このまま国王直属の法律顧問として、法律関係の仕事の依頼などを貰えるかも、と期待していたのに……まさかの新たな王族との婚約だなんて!)


第二王子アレオは、アレスとは双子の兄弟であり、アレスとは対照的に控えめだが聡明だ。

父親である国王の信頼も厚い人物で、ロノのことをからかい半分で「義姉さん」と言ったり、「ロノ」と友人のように接してきていたので好印象だ。

アレスの王位継承権の剥奪は、セシルを次期国王として確定させたことでもある。

(王族として誰かを裁くのではなく、誰かの弁論を手助けする者になりたかったのに…。王族になってしまえば、公の場で中立的な弁護をすることは、政治的な立場から難しくなる……)


ロノは一瞬、眉をひそめた。

しかし、この王命を拒否することは、自らの最大の功績である法案の施行と、国王からの信頼を裏切ることになる。

苦悩するロノをにやにやと見るように、ちょうどロノの資格となる位置でアレオは見ていた。

(諦めてたのに手に入りそうなんだ。逃がさないよロノ。絶対に君を離さないからね)


こうしてロノは自らの法廷での勝利と共に、また新たに頭を悩ませる議題の当事者となってしまった。

外堀という壁に囲まれた彼女は、その穴から抜け道を見つけることが出来るだろうか。

そしていつになれば、ロノは当事者から弁護側になれるのだろうか。

ロノが法律よりももっと大きな存在に支配されるまで、そして国の法体系を根底から変革出来るまでのより大きな法廷の舞台は幕を開けたのであった。

最後まで読んでいただき、有難うございました。

誤字などの報告も遠慮なく書いていただけると幸いです。


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― 新着の感想 ―
面白かったです。 連載にして欲しいですね。
この話は正直短編(1話)では勿体ないです。 シリーズ化を希望します。
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