8話
午前9時、秘密基地——だった場所。
木造アパートの前に、団員たちが集まっていた。隊長は、もういない。
警備員に転職したと聞いた。
世田谷区役所の夜間警備。
「世界征服より、安定を選んだ」とのこと。
アパートは、大家さんの判断で建て替えが決まった。
「耐震性がない」と言われた。俺たちのアジトは、物理的にも精神的にも崩壊した。
戦闘員番号D-1023、俺。隊長代理という肩書きだけが残った。
「このまま終わるのは、ちょっと寂しいな」そう言ったのは、D-1027。
犬に噛まれて欠勤していた男だ。
俺は言った。
「じゃあ、握手会でもやるか」「ファンミーティングも兼ねて」誰もファンがいるとは思っていなかった。
でも、団員たちは動いた。駒沢大学、日体大、昭和女子大——
チラシを配りまくった。
「悪の秘密結社、最後の握手会!」チラシには、団員の似顔絵と「世界征服は一旦休止中」の文字。
駒沢公園、午後3時。折りたたみテーブル、手作りの横断幕。
「悪の秘密結社ダークネス団 握手会&ファンミーティング」来場者、12人。うち4人は団員の親族。
風が吹く。横断幕がめくれ、団員の似顔絵が裏返る。
そのとき——「遅れてすまん!」駒沢通りの向こうから、サンシャインレッドが走ってきた。
ジャージ姿。マスク。手にはコンビニ袋。続いて、ブルー、イエロー、そしてピンク。
「友情出演です」とレッドが言った。
「俺たちも、もう戦ってないから」会場がざわつく。
子どもが「ヒーローだ!」と叫ぶ。ピンクが風船を配りながら、俺に近づく。
「お疲れさまです」
「こちらこそ」
その目が、あの戦場と同じだった。
握手会が始まる。戦闘員とヒーローが、並んで手を差し出す。
子どもたちが笑い、大人たちが写真を撮る。
D-1027が泣きながら言う。「俺、今日が一番、戦ってる気がする…」
D-1031がうなずく。「これが、俺たちの最終決戦だな」
夕暮れ、ベンチに座る団員たち。
「なあ、俺たち、解散するか」
誰も反対しなかった。
世界征服は、もういい。でも、今日のことは、きっと忘れない。




