1話
朝5時。目覚ましが鳴る。
俺は戦闘員だ。世界征服を目指す秘密結社「ダークネス団」の一員。
だが、現実は「駒沢公園のベンチを支配する」ことすらままならない。着替える。いや、まずはスーツに着替える。
俺たち戦闘員は、世間の目を気にしてスーツ通勤が義務づけられている。
「悪の秘密結社の戦闘員です」と書かれた名札をぶら下げて電車に乗るわけにはいかない。田園都市線。朝の満員電車は、世界征服より過酷だ。
肘が肋骨にめり込み、吊り革は争奪戦。
俺は昨日ヒーローに殴られた頬の痣を、マスクと前髪で隠しながら乗車する。
隣のサラリーマンがチラッと俺を見る。
たぶん、痣に気づいた。
でも、何も言わない。
俺も言わない。
俺たちは、黙って戦っている。世田谷区某所、秘密基地。
築40年の木造アパートを改造した本部は、今日も湿気で押入れの扉が開かない。
隊長の朝礼が始まる。内容はいつも同じだ。
「世界征服は一日にして成らず!」
「まずは駒沢公園の支配から!」
「犬の散歩ルートを制圧せよ!」俺たちは頷く。誰も反論しない。
なぜなら、反論すると「裏切り者」として粛清されるからだ。
先月、戦闘員D-1019が「公園よりまず人員確保では?」と発言し、
翌日から姿を見ていない。午前9時、出撃。
駒沢公園のベンチに陣取る。
だが、すぐにヒーローが現れる。
「正義の味方!サンシャインレッド、参上!」俺は思う。
「なんでこんなに朝から元気なんだよ…」戦闘開始。
俺は吹っ飛ばされる。
同期のカズオも吹っ飛ばされる。
だが、今日は違った。
ヒーローが、俺に手を差し伸べてきた。「君、転職考えてるでしょ?」俺は言葉を失った。
まさか、見抜かれていたとは。「ヒーロー側も人手不足なんだ。顔出しOK、週休二日、福利厚生あり」俺は迷った。
だが、俺の背後から隊長の怒声が飛ぶ。
「タケシ!裏切る気か!」俺は、そっとヒーローの手を振り払った。「すみません。まだ、ベンチを支配してないんで」ヒーローは笑った。
「じゃあ、また明日な」俺は、戦闘員番号D-1023。
世界征服の夢と、現実のしがらみの狭間で、今日もベンチに座る。目的地は、駒沢公園。
今日こそ、ベンチのひとつくらいは支配してみせる。




