第五話『口の悪いフェアリー』
光の中から姿を現したのは、俺の理想とは程遠い存在だった。小さな体に透き通る羽を持ち、空をふわりと舞うその姿だけを見れば、確かに妖精と呼ぶに相応しい。だが、その顔立ちはどこか生意気で、目つきは鋭く、第一声から俺の想像を粉々に打ち砕いた。
「ふん、やっと出番かいな。うちの名前は──まあ長ったらしいけど、テキトーに“ミリィ”て呼んどき。うちはこの世界の生き字引みたいなもんや。大事に扱ったら、アドバイスもするし行くべき道も示したる」
小さな腕を組み、腰に手を当てる仕草は堂々としている。草原の陽光に照らされて羽がきらめく様は綺麗なはずなのに、口調のせいでどうしてもオバチャンの説教にしか聞こえなかった。
「え、えっと……よろしくお願いします……」
俺はとりあえず頭を下げたが、胸の奥に広がるのは感謝ではなく後悔だった。なんで俺は妖精という言葉だけに釣られて、こんな奴を仲間にしてしまったんだ。華やかで美しいヒロインを期待したのに、実際に来たのは口の悪い小姑みたいな妖精だなんて。
「はっきり言うとくけどな、もう使った評価ポイントは戻らんで。リセットも返品も効かへん。せやから文句言うてもしゃあないんやで」
ミリィはふわりと俺の目の前に降り立ち、腕を腰に当てながら勝ち誇ったように胸を張った。小さな体なのに、その存在感はやけに大きく、圧がある。俺の心はずしりと重く沈んでいく。
「……うわ、マジかよ。完全にやっちまった……」
思わずつぶやくと、ミリィは口元を歪めてにやりと笑った。
「ほら見ぃ、後先考えんと願望で突っ走るからそうなるんや。けど安心し。うちはただの飾りやあらへん。ちゃーんと役立つ存在やからな。アンタが道に迷いそうになったら、耳元でガンガン説教したるわ」
「……それ、逆にストレス倍増するやつじゃないのか?」
「ほな、もう一回スライムに戻るか? あん時みたいに棒きれ持った村人にボコられんのがオチやで」
言い返せない。草原の風が吹き抜け、俺の髪とミリィの羽を揺らした。羽ばたきの光景は綺麗なのに、口を開けば毒しか吐かない。俺は心の中で深いため息をつきながら、現実を受け入れるしかなかった。
「……あぁ、ほんとにやっちまったな」
俺は天を仰ぎ、眩しい青空を恨めしげに見上げた。
ミリィは俺の顔をじっと見つめて、羽をふわふわと揺らしながら言った。
「おっさん、意外と苦労してきたみたいやな」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。誰に言われたわけでもないのに、図星を突かれた気がした。派遣工場員としての二十五年、PV一桁の小説投稿、積み重ねた黒歴史。全部見透かされているようで居心地が悪い。
「……まあ、否定はできねぇけど」
「ほな、早速アドバイスしてやるわ」
ミリィは腕を組み、俺の目の前で堂々と宣言する。小さな体なのに、圧がすごい。
「とりあえず持ってるPVを全振りして剣術スキルを覚えろ。でないと近いうちにお前は死ぬで」
「なっ……いきなりそんな不吉なこと言うなよ!」
「不吉ちゃう、予想や。というか確定に近いな」
さらりと断言され、俺は思わず背筋を冷たい汗が伝った。確かに今の俺は、銅の剣を握ってるだけの素人同然。剣術のスキルがなければ、次に襲われた時は本当に命が危ういかもしれない。
「それとな」
ミリィは俺の顔をにやにやと覗き込み、口元を歪めて笑った。
「おっさん、うちのことイメージと違う思うてるやろ? 本当は可愛らしい妖精さん期待してたんちゃうん?」
「……うっ」
痛いところを突かれて、言葉に詰まる。ミリィは肩をすくめて続けた。
「せやから頑張って評価ポイント貯めるんや。うちを人間に出来るくらいに評価ポイント集めたら、もしかしたらアンタの期待に近づけるかもしれんで?」
挑発めいた言葉に、俺は悔しさ半分、諦め半分で顔を歪めた。だが、彼女の言う通り努力するしかないのも事実だった。……ただ、このままでは致命的な問題がある。ミリィの口の悪さは、読者に悪影響を与えるに決まっている。ツッコミ役どころか、物語の雰囲気を台無しにしかねない。ならば──補正するしかない。
「……分かったよ。じゃあ剣術スキル、全力で妄想してやる」
俺は銅の剣を握りしめ、頭の中で昔みたアニメや映画の中での剣術の達人を思い描いた。すると時代劇の剣豪たちが脳裏に浮かび、体の奥が熱くなる。妄想が形になり、剣先にかすかな光が宿った。
「おお……! これは……!」
同時に俺は、もうひとつ強く念じた。もし評価ポイントが少しでも残っているのなら──この妖精の口の悪さを直してくれ、と。
その瞬間、光がミリィを包み込んだ。小さな体がまばゆく輝き、言葉が変わっていく。
「……あら、なんだか言葉遣いがすごく丁寧に……なってしまいましたわ?」
ミリィは自分の口を押さえ、目を丸くした。先ほどまでの鋭い関西弁が跡形もなく消え、まるで上品な貴婦人のような口調に変わっている。
「ま、マジか……成功したのか!?」
──残評価ポイント:0
頭の中に無情な表示が浮かんだ。剣術スキルの習得と、ミリィの口調修正。その代償として、俺の持っていた評価ポイントはすべて消し飛んでいた。
「……ちょ、ちょっと待て。これ、完全にゼロからやり直しじゃねぇか……」
俺は頭を抱え、草原に崩れ落ちた。隣では、急に上品な妖精となったミリィが羽を揺らしながら「まあまあ、がんばりましょうね」と微笑んでいた。
評価ポイントをすべて使い果たしてしまい、俺は草原の真ん中で頭を抱えていた。剣術スキルは手に入れたが、残りはゼロ。これからどうやって立ち回ればいいのか分からず、途方に暮れる。
「……なあ、ミリィ。俺、これからどうしたらいいと思う?」
隣でふわふわと浮かぶ妖精に問いかける。透き通る羽が太陽の光を反射してきらめき、草原に七色の光を落としていた。
以前の毒舌を思い出すと身構えてしまうが、今のミリィは上品な口調に補正されている。
その違和感と安心感が同時に胸をくすぐった。
「そうですね……まずは街に行きましょう」
ミリィは優しく微笑みながら答えた。
羽ばたきに合わせてふわりと風が生まれ、俺の髪を揺らす。
「街にはギルドがあります。そこを拠点とすれば、読者に受けそうな冒険──討伐依頼やダンジョン探索など──をこなせます。PVを稼ぎながら、依頼の報酬で安定した力を蓄えることができるでしょう」
「……なるほど。読者を飽きさせないネタと、現実的な依頼の二本立てってことか」
「はい。そのうえで、あなた自身の強化を進めながら、評価を得られれば──その評価を使って、わたくし妖精の強化にもつなげることができます」
ミリィは胸を張って微笑んだ。補正される前は嫌味や小言ばかりだったのに、今はまるで物語の導き役のように振る舞っている。その姿に、俺はつい感心してしまった。
「……なるほどな。確かに的確だわ。街に行ってギルドに登録して、依頼をこなしつつPVを稼ぐ……これなら道筋が立ちそうだ」
俺は大地に足を踏みしめ、遠くを見やった。草原の果て、揺らめく陽炎の先に、かすかに城壁らしき影が見える。あれが街なのだろう。まだ距離はあるが、確かな目的地が見えたことで胸の中に小さな火が灯ったように思えた。
「では、参りましょう。おっさん──いえ、あなたの物語は、まだ始まったばかりですわ」
ミリィは丁寧な言葉でそう告げながら、俺の肩の横にふわりと舞い降りた。
彼女の羽音は、まるで旅立ちのファンファーレのように耳に心地よく響く。
「……ったく、口調が変わっただけで、なんでこんなに頼もしく見えるんだか」
「ふふ、それが印象操作というものですよ」
俺は思わず苦笑しながら深呼吸をし、背中の銅の剣を握り直した。目指す街は遠い。だが、隣には今や導き役となった妖精がいる。ゼロからのスタートでも、俺は進める気がした。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
本作の世界では PV=命 ですが、作者である私の命をつなぐのは──そう、あなたの ブックマーク・評価・感想 なのです。
感想は“仲間召喚ポイント”、ブクマは“物語継続エネルギー”、評価は“主人公のスキル強化”みたいなもの。
そして──あなたのワンクリックは、 口の悪い妖精ヒロインを強化する唯一の手段 でもあります!
そう、ブクマが一つ増えればミリィの羽が輝き、評価が一票入れば口の悪さがさらにマイルドになり……感想が一つ届けば、ヒロイン補正が強化されて美少女ルートが開ける……かもしれません。
なので、どうか読者さま──
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それがヒロイン強化の最大イベントです!
「作者もPVゼロ即死なんです」なんてオチにならないよう、ぜひお力添えください!




