第三話『スライム卒業計画!?』
草原の風はさらさらと草を揺らし、青空の下で鳥の影がひらりと舞っていた。そんなのどかな景色の中、俺の頭の中は嵐だった。さっきの戦闘を振り返るだけで、全身がぷるぷると震える。
……やっぱりスライムのままじゃ、未来がねぇな。
心の底からそう痛感する。
あのしょぼい火花で、奴らが逃げてくれたのは奇跡だった。
実際のところ、火力なんて屁でもない。あれはただ音が大げさだったから危険に見えただけだ。もし少しでも冷静に見られていたら、俺はその場で経験値にされていたはずだ。
俺は草むらの上でぴょんと跳ね、青空を仰いだ。太陽がまぶしくて、ゼリー体の表面がきらきらと反射する。その光がむしろ、俺の頼りなさを照らし出しているようで情けなくなる。
変わるしかない……そうだろ。
人か、あるいは強い魔物か。どちらにせよ、もっとマシな姿に変身しなければ生き残れない。
この姿はどう見ても「倒してください」と言わんばかりのビジュアル。
スライムは所詮、モブにもならない最弱のお飾り。雑魚中の雑魚。だからこそ誰もためらわず襲ってくる。
けれど俺には、唯一の希望がある。
PVだ。今まで積み重ねてきた黒歴史の山、その総数が六九六九。
さっきの花火だって、PVを消費して妄想を現実に変えたものだ。あれで確信した。──どれだけしょぼい人生でも、数年かけて積み重ねたPVは無駄じゃなかったんだ。
……ははっ、笑われてきた妄想も、ここじゃ武器だ。
ゼリー体をぷるんと揺らしながら、俺は小さく笑った。
青空に伸びる雲を見上げると、ほんの少しだけ未来が明るく見えた気がした。
生き残りのため、俺は次の一歩を踏み出さなきゃならない。
「よし、決めた!」
俺は声にならない声で気合いを入れた。
どうせ変身するなら、人だ。
やっぱり人間だろ。
どうせならリスペクトされる存在──そう、“勇者”だ。剣を携え、仲間を引き連れ、魔王を討伐するヒーロー。
魔法だって一級品、すべての人から尊敬の眼差しを受ける。そんな姿を強く思い描き、頭の中で念じた。
「勇者にしてくれ!」
……と、その瞬間、頭の中に冷たい声が響いた。
──PVが足りません。勇者はPV10万からです。
「じゅ、10万!? ケタが違いすぎるわ!」
俺は思わず草むらでぴょんと跳ねた。いや、無理だろ。さっき5使ったから……俺の貯金PVは6964だぞ。語呂がちょっと下品なだけのショボい数字で、勇者なんて到底ムリだったらしい。
「じゃあ……少しランク落とすか」
俺は再び妄想を膨らませる。まずは貴族! 華やかな衣装に広大な屋敷、従者に囲まれて優雅にワインを傾ける姿──それを思い描いた。
──PVが足りません。貴族はPV5万からです。
「高っ!? 貴族ってそんなハードル高ぇのか!」
なら魔導士はどうだ。杖を掲げ、火炎や雷を自在に操るイケメン魔導士。
知識も権威も手に入れられるポジションだ。よし、これなら──。
──PVが足りません。魔導士はPV3万からです。
「くっそ……!」
ダメ元で他にも妄想してみた。王族、騎士団長、冒険者ギルドマスター。すべて同じ返答だった。
──PVが足りません。
心の中のナレーションが、俺の妄想をいちいちぶった切ってくる。なんだこの公開処刑。
「……じゃあ、逆に魔物だ! 魔物の中でも最強! 魔王でどうだ!」
頭の中で俺は威風堂々とした魔王の姿を思い描いた。黒いマントを翻し、圧倒的な魔力を背負い、全ての存在を跪かせる絶対者。
──PVが足りません。魔王はPV50万からです。
「ははっ……もう笑うしかねえ」
俺は草むらの上でぴょんと跳ねながら、情けなく震えた。勇者もダメ、貴族もダメ、魔導士もダメ、魔王なんて夢のまた夢。俺の総PV6964では、どう足掻いても“雑魚の域”を抜け出せないらしい。
「……じゃあ、実際に選べる現実的な変身候補って何があるんだ?」
ぼやいた瞬間、頭の中にぱっと光が走り、目の前にスクロール式のメニューが浮かび上がった。
まるでゲームのキャラクター選択画面みたいに、候補がずらりと並んでいる。
草原に吹く風が、体をぷるんと揺らす。現実味のない光景に、俺のゼリー体が妙にそわそわした。
──魔物:ゴブリン(消費PV1000)、コボルト(消費PV1000)、ゾンビ(消費PV1000)、スケルトン(消費PV1000)、キノコ(消費PV1000)、ウサギ(消費PV1000)
「……いやいやいや、どれも弱そうだな!? これに1000PVって、どんだけインフレしてんだよ!」
思わず心の中で叫ぶ。キノコやウサギって……それモンスターっていうより野草やペットじゃねえか。俺は草原にへたり込み、空を見上げてため息をついた。PVの使い道が、どうにも冗談みたいだ。
さらに目を下に向けると、人間カテゴリも現れる。
──人間:奴隷(消費PV500)、商人(消費PV1000)、農民(消費PV1000)、下級兵士(消費PV1000)、職人(消費PV2000)、見習い冒険者(消費PV2000)
「おお……ギリ人間になれるのか。でも奴隷って! 500PVで奴隷って、命の値段が安すぎんだろ!」
草原に吹く風は爽やかなのに、心の中はツッコミの嵐だ。俺はぷるぷる震えながらリストを睨む。やはり、ここは冒険者だろう。
なろう系テンプレの王道。読者も期待するに違いない。
「よし……見習い冒険者だな」
選択すると、さらに細かい分類が表示された。
──見習い冒険者:梅(消費PV2000)、竹(消費PV2500)、松(消費PV3000)
「……松竹梅!? ここで!? しかも梅って、見た目がショボいってことらしい。PVでルッキズムとか……なんだこの世界、世知辛ぇな」
俺は一瞬迷った。草原の空は晴れ渡り、雲が悠々と流れていく。あの空のように堂々とした存在になりたい。けれど、梅で読者に笑われるのも嫌だ。竹でも中途半端。だったら──。
「……よし、3000PV! 松の冒険者見習いでいく!!」
体をぷるんと震わせ、俺は決意を込めて選択した。青空に響くような静かな確信。これでようやく、お飾りスライムから一歩踏み出せる。胸の奥で、不安と期待がないまぜになった熱がじわじわと広がっていった。
「……よし、見習い冒険者、松になれ!」
俺は頭の中で強く念じた。スライムボディからの変身だ。全身が熱を帯びるようにぐにゃりと歪み、次の瞬間、一瞬だけ意識が遠のいた。
気づけば、俺は大地に両足で立っていた。土の感触。風の流れ。体を覆うのは、粗末だが見慣れない布の服。まぎれもなく──人間の姿だった。
「……おお、本当に……変わったのか」
震える声で呟く。自分の顔は分からないが、服装の様子からして、冒険者見習いの装備だ。
布のチュニックに、安っぽい皮のブーツ。
腰には小さなポーチ、そして背中には一本の剣が背負われていた。
俺は恐る恐るその剣を抜いてみた。
きらめきなんて一切ない。
切れ味も期待できそうにない。
まさにRPGでよく見る「鉄の剣以下、こん棒以上」と評されるレベルの低い武器──銅の剣のような代物だった。
「……まあ、これでもさっきの俺みたいなスライムなら狩れそうだな」
自嘲混じりに笑みを漏らす。スライムだった自分が言うのもなんだが、これで少なくとも「モブにもならない最弱のお飾り」からは一歩前進したはずだ。
だが、安心したのも束の間。突然、頭の中でけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
──ピーピーピーッ! チュートリアルを開始します。感想・ブクマ・評価の使用方法について説明を開始します。
「なっ……!? おいおい、今度はゲームのヘルプ機能かよ!」
初めて人間の姿を得た喜びも、頭の中で響く“説明書アラーム”にかき消されていった。次に何が語られるのか、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
本作の世界では PV=命 ですが、作者である私の命をつなぐのは──そう、あなたの ブックマーク・評価・感想 なのです。
感想は“仲間召喚ポイント”、ブクマは“物語継続エネルギー”、評価は“主人公のスキル強化”みたいなもの。
そして──あなたのワンクリックは、 口の悪い妖精ヒロインを強化する唯一の手段 でもあります!
そう、ブクマが一つ増えればミリィの羽が輝き、評価が一票入れば口の悪さがさらにマイルドになり……感想が一つ届けば、ヒロイン補正が強化されて美少女ルートが開ける……かもしれません。
なので、どうか読者さま──
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それがヒロイン強化の最大イベントです!
「作者もPVゼロ即死なんです」なんてオチにならないよう、ぜひお力添えください!