第二話『スライムおっさん悩む』
草むらは陽光を浴びて一面にきらめき、風に揺れるたびにさらさらと心地よい音を奏でていた。俺はその中をぴょん、ぴょんと跳ねて進んでいた。外から見れば牧歌的な光景に見えるだろう。だが実際の俺の内心は、穏やかとは程遠かった。
「……この世界では俺の行動が小説になって、読者にリンクしてるらしい。知らんけど」
軽口を叩いても、ゼリー状の体がぷるぷる震えるだけ。誰も笑ってはくれない。口も顔もないこの姿では、自分の言葉が虚空に吸い込まれていく感覚しかない。それが余計に心細く感じられた。
けれど、本当にそうなら? 読者受けを狙うなら、このまま“スライムとしてのんびり生きる日常”を書き続けたほうがPVが稼げるんじゃないか──そんな考えが頭をよぎる。のんびり草原でごろごろ、花の香りに包まれて、時には小さなモンスターに追いかけられてオチをつける……想像してみれば、それはそれで愛嬌のある話になるかもしれない。
だがすぐに冷静さが戻る。
「いやいやいや! スライム転生モノなんて、とっくにテンプレとして出尽くしてんだろ!」
脳裏に、過去の黒歴史がフラッシュバックする。そう、俺自身もかつて似たような設定を選んで書いたことがあったのだ。結果は散々。PV三、感想ゼロ。数年経った今でも思い出すたび背筋が寒くなる、爆死の象徴みたいな作品だった。
「……俺がやったところで、所詮は二番煎じ。いや、二番どころか百番煎じだろ」
自分で吐いた言葉に、ゼリー体がびくんと震える。ぷるぷると震える体が、そのまま俺の不安と惨めさを映し出していた。頭上では澄み渡る青空が広がり、鳥が楽しげにさえずっている。その明るさと、自分の未来に垂れ込める暗雲とのギャップに、俺はますます小さく縮こまっていった。
草原を渡る風は心地よく、柔らかい草の匂いを運んでくる。空は高く澄み渡り、白い雲がのんびりと流れていた。そんな穏やかな景色の中で、俺はゼリー体をぷるぷる震わせながら思考の迷路に入り込んでいた。
「じゃあどうする? 人間になって冒険者として生きるか? それとも、もうちょっと強い魔物に進化してバトルでPVを稼ぐか?」
自問すると、透明な体の奥にある核がぐるぐると回るように感じた。人間になれば、言葉を話せるし、仲間も作れる。酒場で冒険者と語らい、旅の仲間と笑い合う……そんな“物語らしい日常”に憧れはある。だが、その姿に自分を当てはめた瞬間、心のどこかで冷笑が浮かぶ。俺がそんな立派な冒険者になる未来なんて、あるはずがない。現実の俺は、ど底辺作家で、誰からも相手にされなかった男だ。
一方で、魔物として進化する道を思い描く。牙や爪を振るい、力で相手をねじ伏せ、PVを奪い取る。確かにそれなら効率はいいだろう。だが同時に、その姿はどう見ても“悪役”だ。物語の主人公ではなく、ヒーローに討伐される側。どんなに強くなっても、結末は討伐イベント待ったなしだ。
「……ったく、どっちを選んでも地獄じゃねーか」
ため息のつもりで体を揺らすと、ぷるぷると情けなく震えた。その震えは俺の不安と惨めさをそのまま表しているようだった。だが、それでも結論はひとつ。生き残るにはPVを集めるしかない。それがこの世界の絶対ルールであり、逃げ場のない現実だ。
そう心に刻んだ瞬間、体の奥でぐぅ、と間抜けな音が鳴った。いや、正確には胃なんてないはずなのに、腹が減った感覚が全身を支配した。花の香りは風に乗って漂ってくるが、それで腹が満たされるはずもない。
「……とりあえず、腹減った」
ぽつりと呟いた言葉は、青空の下でやけに大きく響いた気がした。生き残るだの成り上がりだの、壮大なことを考えていても、結局は腹を満たすことが第一歩。俺は草むらの上でぴょんと跳ねながら、食い物を探す決意を固めた。
腹が減った。空は澄み渡り、風が草を揺らして爽やかさを運んでくるというのに、俺の心は全然爽やかじゃなかった。スライムになった俺はふと考える。……そもそもスライムって、何を喰ってんだ?
過去に読んだラノベやゲームを必死に思い返す。スライムはよく出てきたけど、具体的に何を食べてるかなんて、思い出せない。せいぜい「魔力を吸収してる」とか「そこにあるものをなんとなく取り込む」みたいな描写があった気がする。……いや、あったか? なかったか? 知らんけど。
「まあ……考えても仕方ねえな」
本能なのか、近くの岩にびっしりと張り付いた苔がやけに美味そうに見える。気づけば体をぺたんと広げ、じわりと岩肌に張り付いていた。苔を吸い込むように取り込んでみると──なんだこれ、食べてるというより吸収してる感覚だ。満腹感なんてまるでない。へのツッパリ程度、ただ「一応なんか口にした」みたいな実感だけ。
「……これでいいのか? 俺、これで生き残れるのか?」
情けなくぼやいたその瞬間、バシッ! と衝撃が走った。ゼリー体がびよんと揺れ、体の芯に嫌な振動が広がる。
「うわっ!? なんだよ今度は!」
振り返ると、そこにいたのは木の棒を持った男。さっき俺を経験値にしようと襲ってきた奴だ。しかも今回は仲間を二人も連れている。
「いたぞ、ここに!」 「今度こそ倒すぞ!」
三人がかり。今度ばかりは逃げ切れそうにない。全身がぞわっと震えた。いや、全身ていうか、そもそも体全部ゼリーだが! 結局、俺という存在は、所詮はモブにもならない“お飾りの敵キャラ”。スライムとはそういう存在なのだ。だからこそ、こいつらは容赦なく笑いながら狩りに来る。
「……もう戦うしかねえってことかよ」
武器なんてない。腕も足もない。ただのスライム。だが、俺にはひとつだけあった。PVを消費し、妄想を現実に変える力だ!
「よし……思い出せ、スライムが戦う描写!」
必死に頭の中で妄想を膨らませる。火の魔法──そう、スライムが火を吐くシーンを思い出し、全力で念じる。
「ファイアァァァ!!」
すると視界に文字が浮かんだ。【消費PV:5】。直後、バシュバシュと火の粉が飛び散った。まるで家庭用花火を逆さにしたようなチープな炎。だが音だけは派手で、空気にデンジャラスな雰囲気を漂わせる。
「うわっ、なんだこれ!?」「熱っ!」
火の粉が一人の男の腕に当たり、そいつが慌てて叫んだ。驚愕する人間たちを前に、俺はぷるぷると震えながらも内心でガッツポーズを決めた。
「……おお、効いてるっぽい!? 俺のPV花火、案外イケるじゃねえか!」
火の粉がバシュバシュと飛び散り、辺りに煙の匂いが漂った。見た目はどう考えても家庭用のショボい花火。だが音だけはやたら派手で、バチバチッと空気を震わせる。
「う、うわっ!?」「なんだこの音!」「やべぇ、魔法だ!」
男たちは顔を引きつらせ、棒を構えたまま後ずさった。火の威力よりも、音と雰囲気にすっかりビビっているらしい。俺の花火魔法(仮)は、しょぼいくせにサウンド面だけ一丁前なのだ。
「お、おい、引き上げようぜ!」「ああ、やばい魔物かもしれん!」
三人は互いに頷き合い、わたわたと逃げ出していった。残された俺は、草むらの真ん中でぷるぷる震えながら状況を飲み込む。
「……マジか。勝った? いや、これ……勝ちって言えるのか?」
火の粉なんて、ただの花火。実際にはかすり傷ひとつ与えられてない。それでも奴らは逃げた。初めての戦闘、そして初めて妄想が具現化した瞬間──それは間違いなく、この世界での第一歩だった。
だが同時に気づいてしまった。俺はスライム。ゼリー体でぷるぷる、弱々しいビジュアル。どう見ても「退治してくれ」と言わんばかりの存在だ。存在感ゼロどころか、モブですらなく「最弱のお飾りキャラ」。
「……やっぱりこの姿だと、狩られる未来しか見えねぇな」
そうぼやくと、体がぷるんと情けなく震えた。せっかくの異世界生活が、俺自身のビジュアルのせいでハードモードに突入している。PVだの妄想だの以前に、見た目でナメられるってどういうことだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
本作の世界では PV=命 ですが、作者である私の命をつなぐのは──そう、あなたの ブックマーク・評価・感想 なのです。
感想は“仲間召喚ポイント”、ブクマは“物語継続エネルギー”、評価は“主人公のスキル強化”みたいなもの。
そして──あなたのワンクリックは、 口の悪い妖精ヒロインを強化する唯一の手段 でもあります!
そう、ブクマが一つ増えればミリィの羽が輝き、評価が一票入れば口の悪さがさらにマイルドになり……感想が一つ届けば、ヒロイン補正が強化されて美少女ルートが開ける……かもしれません。
なので、どうか読者さま──
ブクマ・評価・感想をポチッと!
それがヒロイン強化の最大イベントです!
「作者もPVゼロ即死なんです」なんてオチにならないよう、ぜひお力添えください!