第一話『異世界でも格差社会』
陽光がきらめく草原の真ん中で、俺はぴょん、と跳ねた。次いでぴょんぴょんと弾みながら、柔らかい風を受けて草むらの間を進んでいく。やけに体が軽い。いや、それ以前に……俺の体は透明なゼリー状で、まん丸くぷるぷる震えている。
これは、どう見てもスライムだろ!?
指も足も無い。あるのは半透明のゼリーの塊。その内部で小さな核のようなものが光を反射している。まさか俺、神無龍之介、四十五歳。異世界に転生したのはいいが、いきなりスライムの姿で始まるのか!?
ぴょん、とまた跳ねる。感触は意外と悪くない。草の露を弾き、跳ねたときに視界がふわりと揺れるのが妙に心地よい。だが、こんな姿でどうやって生活しろってんだ。これで本当に生きていけるのか?
いきなり腹も減ってるし……そもそも何食べたらいいんだ俺。
申し遅れたが、俺の名前は神無龍之介、四十五歳。氷河期世代のど真ん中に生まれ、正社員になれず派遣工場員として二十五年。胸を張れるものなんて何一つなく、趣味は妄想して小説を書くことくらいだ。
小さい頃から嘘をつくのが得意で、言い訳ばかりして生きてきた。
先生や親から問い詰められても、屁理屈混じりの嘘でなんとか切り抜けるのが俺の特技だった。そして思春期に入れば、今度はエロい妄想ばかりが得意になった。頭の中は妄想の宝庫──いや、ゴミ屋敷かもしれん。
だが、その妄想を文字にした小説もまた悲惨だ。なろう、カクヨム、アルファポリスに投稿しては爆死を繰り返し、PVは常に一桁。年に一度届く感想は「誤字多すぎ」「面白くない」とか、そんなありがたいダメ出しばかり。ブクマなんて都市伝説だろってくらいに無縁だった。
あまりに読まれないから、俺はジャンルを変えて挑戦もした。異世界転生、学園ラブコメ、ダークファンタジー、サスペンス、SF、ホラー、スローライフ、果てはグルメ小説にまで手を出した。 おかげで妙に知識だけは増えたが、作品のPVはまったく伸びなかった。努力の方向音痴にもほどがある。
そう、俺は間違いなくど底辺作家。誰に読まれることもなく、誰にも求められず、ただ自分の妄想を文字にして垂れ流していた男だ。
そんなある晩、自宅の机に向かってキーボードを叩いていたら、突然、家全体がぐらりと揺れた。地震かと思った瞬間、本棚がガタガタと音を立てて崩れ落ちてきた。
「うわっ、やばっ……!」
必死に身をかがめたつもりが、気がついたら俺は草原の真ん中で、まん丸いゼリーの体になってぴょんぴょん跳ねていた。鏡なんて無いけど、自分の体を見れば分かる。ぷるぷる透き通って、真ん中に光る核がある……。
「……は? 俺、スライムになってんじゃん!!」
ど底辺作家が異世界に来た結果がこれかよ。いや、笑えねえ。
などと考えていた時だった。茂みの向こうから、がさり、と草を踏み分ける音が近づいてくる。
現れたのは一人の若者。
革のチュニックにズボン、手には木の棒を握っている。典型的なナーロッパ風の村人スタイル。俺を見つけるなり、顔を輝かせた。
「おっ、スライムじゃねえか! こいつで経験値稼ぎだ!」
ちょ、待て。俺、ただ跳ねてただけなんだが!?
木の棒が振り下ろされる。ばしん、と鈍い衝撃。ゼリー状の体がびよんと波打つ。痛い、のか? いや、痛みというより振動が体全体に響き渡る感覚だ。
俺は慌てて跳ねて逃げようとする。ぴょん、ぴょん、ぴょん。しかし、相手も容赦なく追いかけてくる。
「逃げんなよ、スライム! 今日こそレベル上げだ!」
やばい。これ、普通に倒される未来しか見えない。まさか異世界スタート直後、最弱モンスターとして経験値にされるとか……そんなの笑えないぞ!?
なんとか必死になって跳ね回っていたら相手は諦めたようだ。
草むらの緑はのどかで、陽光も心地よいはずなのに、俺はゼリー体をぴるんぴるん震わせながら焦っていた。だってこのままじゃ、いずれ誰かに見つかって「はい経験値ゲット〜♪」と棒でぶん殴られて、あっさり消し飛ぶ未来しか見えないんだもん。しかもスライムの経験値なんて雀の涙。 俺の命の値段が駄菓子以下ってどういうことよ!?
「やべえ、このままじゃモブ経験値製造機で人生二周目終了だろ……」
草むらに沈み込みながらぼやく。いや、声になってるかどうかも怪しい。だって口ねえし。ぷるぷる震えるだけ。涙腺すらないのに、泣きたくなる。
そんな時だった。頭の中に、唐突に声が響いた。
──お前はまだ自分の力に気づいていないな。
「うおっ!? 脳内直撃!? だ、誰だよ! 心に直接来るタイプはホラーだぞ!?」
──お前には妄想力がある。そしてもう一つ……これまでに得たPVを具現化できる。
頭の中で響く声は続けて、俺に妙ちきりんな説明を始めた。
──この世界の住人は皆、生まれながらに一つの能力を持っている。それを【インプレッション妄想変換】と呼ぶ。
「インプレッション妄想変換……? なんだよそれ、名前からしてダサ……いや、ちょっとおもろいな」
──己の所有PVを妄想に転嫁し、その数に応じて具現化する力だ。
「……え、じゃあみんな妄想してPVを力に変えてんの?」
──そうだ。例えば、剣を振るう者は『千PVの剣』を妄想して手にし、魔法使いは『一万PVの大火球』を思い描いて放つ。PVが多ければ多いほど妄想は強く、現実を塗り替える。逆にPVが尽きれば、存在すら揺らぎ消滅する。ちなみにこの世界すら数千万PVの書籍化を実現した者の妄想が具現化されているのだ。世界を構築出来る者とスライムというモブ以下の雑魚のお前。これが実力差と思え。まぁ、そこらあたりのシステムは実体験しながらおいおい学べ。ただし生きていられたらな……。
「うわ、こっわ! なんとも弱肉強食、PV至上主義。完全に読まれなかったら即退場じゃん!」
俺は思わずゼリー体でびよんと跳ねた。そんなの、ただの人気投票バトルロイヤルだろ。いや、実際そうなのか……。
──神無龍之介よ。お前の過去の総PVは六九六九。これを元手に、お前は妄想を具現化できる。
「PV……って、俺の……小説の?」
するとゼリー体がぴかっと光る。いやいやいや、まさかマジで? 過去の投稿履歴とか掘り返されると心が痛いんですけど!?
──お前の総PVは、過去の投稿作品から換算すると四十七本すべて合わせて……六九六九だ。
「……ぶっ!? 6969!? いやいやエロすぎ数字! 狙ってんのか!? これ!」
俺は草むらでびよんびよん震えて笑いとも泣きともつかない動きをしていた。まさか俺の数年分の努力の結晶がエロネタにしか見えないとか……神様、ふざけすぎだろ。
──それが今のお前の命だ。その数を力に変え、この世界で形にできる。
──だが勘違いするな。妄想はただの空想ではない。PVが支えなければ一瞬で掻き消える。だからこの世界で最も恐れられるのは、PVゼロ状態だ。
「ゼロ……!? それ、俺の現世じゃ日常茶飯事だったんだが!?」
「……マジで? つまり俺がヒーローとか勇者や魔王なんか妄想したら、ホントに実現できんの?」
──ただし、その妄想が読者──すなわちこの世界を見守る存在たちに面白いと認められ、PVを所有してたらの話だ。
つまり、この世界での行動がお前の現世とリンクしていて物語として紡がれている。
そして、お前のこの世界の行動や生き様の現世での小説が『元派遣工歴25年、趣味は妄想で小説投稿しては爆死してきた俺──ど底辺作家が書籍化作家の描いた異世界に転生し、PVゼロ即死の世界でアクセスを奪って成り上がる』 というタイトルだ。面白ければ、前世で登録していたなろう、カクヨム、アルファポリスのPV数が付与されるのでせいぜい読者様に刺さるような事をして稼げ。とにかくこの世界ではPVが全てなのだ。
「じゃ、読まれなかったらどうなる?」
頭の中の声は、さらに続けてとんでもないことを教えてきた。
──PVを得る方法は一つではない。お前のように読まれない者のために、この世界には救済措置が用意されている。
「救済措置……?」
──それは、他者を倒すことだ。この世界にいる魔物や、同じように底辺でくすぶっている者を倒せば、その存在が持っていたPVを奪い取ることができる。
「……おいおい、まさかの“PV強奪システム”かよ!」
俺は思わずゼリー体でぴょんと跳ねた。つまり、魔物を倒せばモンスターがこれまでに得た“読者PV”を横取りできる。もっと言えば、俺みたいに誰からも読まれない哀れな連中を倒しても、その微々たるPVが手に入るということだ。
──ただし、当然リスクもある。相手を倒せなければ、自分のPVを逆に奪われる。PVゼロになれば存在は消滅。読まれぬ者に未来はない。相手も同じ事を考えているだろうしな……。
「こっわ! これ完全にバトルロイヤルじゃねーか!」
俺は草むらの中でぴるるんと震えた。だが同時に、胸の奥で妙な高揚感も芽生える。今まで誰にも評価されなかった俺が、戦いでならPVを増やせる可能性がある。読まれない苦しみを戦いで晴らせるかもしれない。
「……なるほどな。つまり、読者の評価が得られないなら、モンスターぶっ叩いてPVを奪えって話か。ははっ、ど底辺作家にお似合いのシステムだな!」
PVを奪い合う世界──。俺の異世界ライフは、読者の冷たいクリックだけでなく、命懸けのバトルでも決まるらしい。
俺はぴるるんと震えながら、遠い目をした。だが同時に、妙な高揚感もあった。ここでは俺の黒歴史すら武器になる。PVが命で妄想が現実を作る世界……。
「……悪くねえ。なんか、ちょっと楽しそうじゃん」
皮肉にも、俺はこのルールに耐性があった。なにせ数年書き続けてPV一桁の日々を何度も味わってきた男だ。……いや、誇れることじゃないけど。
情けなさと同時に、ちょっとした希望が湧いてきた。数年分の爆死小説の数字が、まさか異世界でのサバイバル武器になるなんて。
「……なら、作者としてのプライドも関係ない……笑われてもいい、全てはPVに繋がりアクセス数が俺の運命を変える。だとすると異世界チートは……PVだ!!」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
本作の世界では PV=命 ですが、作者である私の命をつなぐのは──そう、あなたの ブックマーク・評価・感想 なのです。
感想は“仲間召喚ポイント”、ブクマは“物語継続エネルギー”、評価は“主人公のスキル強化”みたいなもの。
そして──あなたのワンクリックは、 口の悪い妖精ヒロインを強化する唯一の手段 でもあります!
そう、ブクマが一つ増えればミリィの羽が輝き、評価が一票入れば口の悪さがさらにマイルドになり……感想が一つ届けば、ヒロイン補正が強化されて美少女ルートが開ける……かもしれません。
なので、どうか読者さま──
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それがヒロイン強化の最大イベントです!
「作者もPVゼロ即死なんです」なんてオチにならないよう、ぜひお力添えください!




