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6 ふたりの別れ

 途中、小型の魔物を一体倒し、ふたりは目的地・フローネンへとたどり着いた。


 馬車を降りた二人は、行商人から仕事の依頼達成証にサインを貰い受け取り、言葉少なに別れを告げる。


 クライは、アイネとの別れが近いことを意識していた。

 ……けれど目の前に広がる街の光景に、思わず足が止まった。


 石造りの建物が連なり、商人たちの声と蹄の音が響く。

 かつての村や隣町とは比べものにならないほどの活気に、クライはただ目を見張る。




 まず訪れたのは、冒険者ギルドだった。


 ホールでは相変わらずアイネに下卑た言葉が飛んだが、クライは無視された。


 アイネは無視を決め込み、受付の青年に依頼達成証と1体分のマモノの核を手渡し、報酬を受け取ると尋ねた。


「この街に孤児院はあるか?」


「はい。教会に併設されていますよ。ここから北へ進み、三筋目を左に曲がった先です」


 クライは、小さく息をついた。

 ついに――この日が来たのだ。


 その様子を、アイネは横目でチラリと確認しながら、受付に続けて尋ねる。


「それと……この街で、良い武器屋をひとつ教えてくれ」


「それなら、《鍛冶のヴァルツ》が評判です。無愛想ですが、腕は確かですよ。ここから南へすぐです」


「助かった。……行くぞ」


 アイネはそう言い残し、ギルドをあとにした。




「……なんで武器屋に?」


 クライはそう尋ねたが、アイネは「まぁ、少しな」とだけ言って、視線を前に向けた。




 たどり着いたのは、街の一角に構える鍛冶屋ヴァルツ。鋼を打つ音が響く、煤けた鍛冶場だった。


 店内に入ると、無骨な中年の男が、鋭い目で二人を睨む。


「……いらっしゃ……アンタら、冷やかしなら帰ってくれ」


「いいや。コイツに合う長剣を探している。良いものを見繕ってくれ」


「ふん……そうかい。少し待ってな」


 そう言うと、ヴァルツは奥の棚から剣をいくつか持ってきた。




 まっすぐな口調に、クライは思わず目を丸くする。


「えっ……僕に、剣を……?」


「当然だ、剣を学ぶ旅なんだ。遠慮はいらん餞別だ」


 子供用の小ぶりな剣が並ぶ。どれも丁寧に仕上げられていた。


「どれでもいい、試してみな」




 クライは緊張しながら、手に取っていく。


 その中の一本――細身で、しなやかな長剣が、手に吸い付くように馴染んだ。


「……わかんないけど、これが一番しっくりくる、気がする」


「感覚は大事だ。いい目をしてるな」


 ヴァルツがにやりと笑い、アイネも無言で頷く。


「それにしよう」


 支払いを終え、クライはその剣を鞘ごと両腕に抱き、胸に引き寄せた。まるで宝物を手にしたかのような表情で。




 店を出たところで、アイネがふと言う

「今日は急がなくていい。一日、街を見て回ろう」


 アイネの言葉に、クライの顔がぱっと明るくなる。


「うん!」


 二人は自然と、教会の方向を避けるように街を歩き始めた。




 市場には、色とりどりの果物や布地が並び、香辛料の匂いが漂い、クライは何度も立ち止まり、市場の喧騒に飲まれていた。

 アイネはそれを黙って見守り、ふと、ほんの少しだけ微笑んでいた。





 夕暮れ時、宿屋に入った二人は、陽気な女将に迎えられ、夕食を頼んだ。


「おや、可愛らしい坊やだねぇ! お客さんも、べっぴんさんだ!」


 女将の屈託ない笑顔に、クライは一瞬きょとんとしたあと、クライは照れたように笑った。“可愛い”と言われるのは、少しむずがゆい。


(可愛い、か……できれば、かっこいいって言われたかったな……)


 そんな思いが胸に浮かぶ。クライは女将に礼を言い、ほんの少しだけ背筋を伸ばして席に着いた。


 隣のアイネは、気にした様子もなく、無言でエールのジョッキをあおっていた。




「はいよお待ち! 今日は特製ステーキだよ!」


 大皿に盛られた肉に、クライは思わず目を輝かせる。


「すごい……! これ、全部食べていいの!?」


「食え。……残すなよ」


 豪快にエールを飲み干すアイネを横目に、クライはナイフを手に取った。


「おいしいね! でも、野菜もちゃんと食べないとダメだよ!」


「……ふん、偉そうに」


 野菜を口にするアイネを見て、クライは小さく笑った。




 こうして、ふたりで囲む夕餉は、しばしの区切りとなった。

 けれどその時間は、あたたかく、静かに流れていった。



 翌朝。


 宿の裏庭では、いつものように鍛錬が始まっていた。ただ、今日はいつもと少しだけ違っていた。


 クライは、自分の剣を振っている。ぎこちなくも、真剣な眼差しで。

 いつもは何も言わなかったアイネが、今日は違った。


「力任せに振るな。刃筋を意識しろ……こうだ」


 それは、ただの鍛錬ではなかった。

 クライは頷き、誇らしげに剣を振る。




 朝食を終えると、二人は静かに教会へと向かった。


 街の一角に佇む白亜の教会は、どこか冷たくも美しく――その門の前で、クライは足を止める。


(……終わりが来てしまった)


(でも……初めから、そういう約束だった。前を向くって、決めたじゃないか)




 現れた修道士に、アイネが簡潔に事情を告げる


「……こちらへどうぞ」


 話を聞いた修道士は無表情ながら、わずかに眉を寄せた。

 その目が、ごく一瞬だけアイネに向けられる。

 言葉も態度も変えぬまま、ふたりを応接間へと通した。


 やがて姿を現したのは、丸々とした体に、穏やかな笑みを浮かべた司祭だった。




「ようこそ。お話は伺っておりますよ」


 司祭はクライを優しく見つめ、静かに頷いた。


「この年で、ずいぶんしっかりした目をしておる。……ここなら、安心して過ごせますよ」


 クライは小さく頷いたが、次の言葉に表情を曇らせる。


「……ですが、武器類はお預かりできません。他の子たちとの安全のため、ご理解ください」


 アイネは即座に言葉を返した。


「剣はいい。だが、せめて短剣と弓は……あれは、この子の父の形見なんだ。頼む、なんとかならないか」


 普段、気高く強いアイネが、クライのために頭を下げる。



 司祭はしばし考え、やがて静かに言った。


「……弓だけでしたら、矢を抜けば殺傷力はありません。クライくん、これは使わないと神に誓えますか?」


「……はい! 誓います!」


 クライは、剣と短剣をアイネに手渡す。名残惜しそうに、それでもしっかりとした手つきで。


「これは、私が預かっておこう。……大きくなって、ここを出るときが来たら返そう」


「うん、絶対に、また会いに行くよ! だから……」


 クライはアイネの腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「僕、旅のことも、剣のことも、絶対に忘れない!

 アイネ、今まで本当にありがとう……!


「こちらこそ、ありがとうな」


 アイネも静かに背に手を添え、クライは堪えていた涙をぽろぽろとこぼした。


「大きくなったら、僕もアイネのような立派な剣士になるよ! 絶対に!」


「……ああ、楽しみにしているぞ」


 アイネの言葉は、それだけだった。

 短く、乾いた――けれど、誤魔化しのない言葉だった。


 もっと気の利いたことが言えれば。

 せめて、何か気を紛らわせるような軽口のひとつでも叩ければよかった。


 けれど、こういう時に限って、言葉は出てこない。

 情けない。黙り込んだままの自分を、アイネは心の中で強く呪った。


 それでも――

 しがみついてくるクライの体を、そっと引きはがす。


 そして、右手を差し出した。


「……これでしばらくお別れだ」


 ぎこちなくても、それは確かな約束だった。

 ライにはそれで十分だった。


「……うん!」


 クライは涙を拭い、ゆっくりとその手を取り返す。

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