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20 潮騒の指輪 後編

「もっと、もっと強くなりたい……!!」


 ――その瞬間だった。


「……力が欲しいか……」


 突然、どこからともなく不気味な声が響いた。


 クライは周囲を見渡す。


「……力が欲しいか……」


 再び、声。


 声の主を探しながら砂浜を歩いていくと、砂に半ば埋もれた指輪を見つけた。

 太めの鈍く光る金色の輪に、紫色の宝石が嵌め込まれ、細かな刻印が彫られている。


「……なんだ、これ」


 手に取ったそのときだった。

 宝石の上に、淡く透ける紫色の小さな老人の姿が浮かび上がった。


「なんと、小僧か!」


「わっ!?」


 クライは驚いて指輪を放り投げた。


「何をする! 儂を誰だと思っている!」


 混乱するクライに、小人は憤慨しつつ名乗った。


「お主であろう、儂の声を聞いたのは! 儂の名はナハト! 偉大なる……えー、偉大なる……なんであったか……?」


 ボケ始める小人を見て、クライは力が抜け、少しだけ落ち着きを取り戻す。


「まあ良い! 力が欲しければ、この指輪を嵌めるのだ!」


「えっ、嫌だよ。怪しいし」


 即答するクライ。


「なにっ!? 儂が力を授けようというのに……! さっさと指輪を嵌めて魔王を倒すのだ!」


「ナハトに魔王? だって?」


 笑ってしまうクライ。

 世界中で知られる勇者と魔王の伝説。

 そしてその一行に、ナハトという名の賢者がおり、その賢者と同じ名を自称する小人。


「何を笑っておる! とにかく指輪を嵌めるのだ!」


「だから怪しいから嫌だよ! それにまず、アイネに相談しなきゃ」


「そのアイネとやらは誰だ?」


「僕の剣の師匠だよ」


「そうか、ならば指輪を嵌めてすぐにその者の元へ向かうがよい!」


「ダメだよ! アイネは魔物の討伐に行ってて僕は留守番なんだ! だからちょっと待っててね。」


 そう言って、クライは指輪を鞄に突っ込む。


「お、おい……!」


 文句を言い続けるナハトだったが、やがて静かになった。

 その後も鍛錬を続け、日が傾きかけた頃、クライは宿に戻った。




 身体を拭いていると、討伐と報告を終えたアイネが帰ってきた。


「おかえり、アイネ!」


「ああ、ただいま。腹が減ったな。何か食おう」


「その前に……」


 クライは、砂浜で拾った指輪のことを話し、鞄から取り出した。


「まったく! こんなところに押し込めおって……!」


 指輪から現れた小人を、アイネは訝しげに見つめる。


「それで、力が欲しいならつけろって言われて……どう思う?」


「すぐに捨てろ。」


「待て待て!待つのだ! なんて血も涙もない女なのだ!」


 と焦るナハト。


 クライは偉そうだし、うるさいからあまり好きじゃないけど、と心の中で思いつつ

「うーん、それはちょっと可哀想かも……」


「誰に哀れんでおるのだ! 小僧!」


 憤慨するナハトを他所に


「なら、売ればいい。宝石もデカいし、金にはなる。変なジジイつきでも、物好きな金持ちにでも売りつければ指輪も新たな主人を見つけることができ、みんな幸せだ」


 と提案するアイネ。


 その提案に、クライの心は揺れる。

 これまで旅の資金はアイネが出してくれていた。

 弟子が気にするな。そう言われても気にしていたクライは


(この指輪を売ってお金持ちになったら旅のお金を自分で出せる!)


(アイネにお肉とお酒を……たくさんご馳走できる!)


 夢が広がるクライ。

 けれど良心が疼き、葛藤する中でふと疑問を口にする。


「ナハトって、そもそも何者?」


「誰が呼び捨てを許した!? “様”をつけよ、小僧!」


「……よし、売ろう」


「ま、待つのだ!」


 しばらくクライとアイネ対ナハトで押し問答が続いたあと、再び問いかけた。


「……それで何者なの?」


「儂にも記憶が曖昧なのだ。だが儂がナハトという名と“魔王を倒す使命”……そして多くの知識を持っていることは確かだ。それと、指輪を嵌めた者に魔法の力を授けられる」


 魔王という穏やかではない単語と、アイネの旅の目的に無関係ではなさそうな内容に、アイネは横から口を挟む。


「魔王を倒す? ただのおとぎ話だろう。」


「それもわからぬ……だが魔王はこの世のどこかに確かに存在し倒さねばならぬ敵だ。」


 わからないばかりの回答に、アイネは軽く舌打ちし、


「使えんジジイだ」と吐き捨てた。


「なんだと!?」


 とまた憤慨し出したナハトの怒りが落ち着くのを待って、クライが質問した。


「なんで、僕に声をかけたの?」


「お主の“強くなりたい”という声が、暗い空間にいた儂に届いた。さらにこの指輪には魔法がかかっておってな……お主以外には、この指輪は嵌まらんのだ」


「つまり……売れない?」


「うむ、無駄だ」


 そう言ってしてやったりという具合で意地悪そうに笑う小人を見て、

 クライとアイネは目を合わせ、ため息をついた。


「……とりあえず、預かっておくだけなら害はないようだな」


「それが賢明だ」


「まあ……ちょうどいい。次の目的地は、こいつと同じ名の賢者ナハトが生涯を過ごしたといわれている、知のノクシアだ。

 そこで何か手がかりがないか、調べてみよう」


「ほう、ノクシアか……。それなら、儂にも記憶を取り戻すきっかけがあるやもしれん」


「……知の街、ノクシア……」


 クライは呟きながら、指輪をじっと見つめた。

 同じ名前の賢者と、何か関係があるのか。

 そんな思いが、頭の片隅をかすめた。


 クライの様子をちらりと見て、アイネは小さく肩をすくめた。


「……とにかく、今は預かっておくだけにしておこう」


 そう言って、無造作に手を伸ばし、クライの手から指輪を受け取ると、

 いつも腰に下げている革袋へと放り込んだ。


「また、このようなところに……」

 ナハトはぶつぶつと文句を言っていたが、その声も次第に小さくなっていった。


「はあ……」


 ふたりは並んで深いため息をつき、そのまま宿の酒場へと足を運んだ。

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