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16 空虚な叫び

「クライ……」と声をかけかけたアイネより早く、


「うん! 僕は村のみんなに知らせて回るよ!」


 そう言い残し、クライは走り出してしまった。


「違う! お前はあの婆さんの家に篭ってろ!」


 アイネの言葉が届く前に、クライはすでに姿を消していた。

 アイネは仕方なく溜め息をこぼし、迫る気配へと向かった。




「魔物が来るぞー!」


 村は畑が多く、朝早くから働く農民の姿も目立っていた。声に反応する者もいたが、知らない子供の言葉など信じられなかったのか、あるいは、いわゆる正常性バイアスか、家へと避難する者は少なかった。


「みんなどうして!?」


 焦るクライは、ただひたすらに叫び続けた。

 そして、ようやく理解してしまう。


「そうか、僕がただの子供だからか……」


 やがて魔物の姿が目視できるようになると、村はようやくざわつき始め、「魔物が来たぞ!」という声が次々に上がり、村人たちは慌てて家へと逃げ込みはじめ、目の前で小さな子供が転んだ。


「それでも、僕は出来ることをするんだ!」


 子供を助け起こし家の戸口まで送り届けると、少女は「ありがとう」と小さくつぶやいて、戸の中に消えた。


 その瞬間、クライの胸に何かが灯った。


(……僕でも、ちゃんと助けることができた!)

 なら、もっとたくさんの人を助けたい。そう、強く思った。




 アイネは気配のする方へ走っていた。

 クライの叫びが響いているのに、なおも残っている人々が多い。その無防備さに苛立ちを覚える。


 この小さな村にも、もちろん簡素な防衛柵は設けられていた。

 小型の魔物には効果があっただろうが、中型で機敏なあの魔物たちにとっては、何の意味もなさなかった。


「お前ら、さっさと逃げろ! それと魔物共を一掃したら、馬一頭と飼い葉をいただくからな!」


 誰にともなく怒鳴りながら駆け、魔物たちと対峙する。

 狼型の魔物が四体。昨日よりも数が多い。


 アイネにとって、クライと、そして少し世話になったあのばあさん以外の村人は心底どうでも良かった。

 だが、魔物の気配のすべてがここに集まっている以上、見過ごすわけにもいかない。


 ――昨日の二体は、この群れから逸れたものだったのか。

 そう見当をつけながら、魔物たちを鋭く見据える。


 連携して襲いかかってくる四体の魔物たちに、アイネは冷静に対峙する。

 アイネは一歩先を行く速さで動き、攻撃をかわし、反撃を狙う。

 だが相手も一筋縄ではいかず、隙を突いてこちらの攻撃を阻もうとしてくる。


「チッ……!」


 舌打ちと同時に、アイネは刃を閃かせた。

 返す刀で迫る魔物の肩口を裂く。だが浅い。肉を削っただけで、まだ動く――!


 その隙に、他の三体が一斉に距離を詰める。息を合わせたような動き。

 連携してこちらの反撃を封じようと、斜め、背後、正面から襲いかかってくる。


 アイネは素早く一歩後退、足を軸に身体を回しながら、敵の包囲網を視界に捉える。


(連携が上手い……)


 だが、一瞬の隙ができた。


「そこだッ!」


 アイネは掌を突き出し、小さく魔力を込める。

 次の瞬間、地を這うように青白い魔法弾が放たれた――


 閃光と爆ぜる音。魔物たちが一瞬たじろぐ。


「――っ!」


 その一拍を逃さず、アイネは跳ねるように踏み込み、一体、また一体と斬り伏せる。


 返り血が散る。だが構わない。

 呼吸を整える暇もなく、残る二体が村の中央へと逃げ出す――!


「逃がすか!」


 跳びかかってくる一体を斬り伏せ、すぐさまもう一体の後を追った。


 残る二体が、村の中央へ逃げ出そうとする。

 その進路を阻もうとした瞬間、一体がもう一体を庇うように、突如アイネへと飛びかかってきた。

 刃は閃き、その身体を深々と断ち割る――が、そいつは倒れなかった。

 身体のひび割れから、黒煙が噴き出し、目のような光点がぎらついている。


 ――まだ、殺しきれてない。


 魔物は獣の悲鳴とも怒号ともつかぬ声をあげ、飛びかかってくる。

 咄嗟に剣を構えなおしながら、アイネは舌打ちした。


「しつこいッ……!」


 体当たりの衝撃で後退しつつも、すぐに切り返しの一撃を叩き込む。

 ようやく動きを止めたかと思えば――もう一体の気配が、村の奥へと逃げていくのが見えた。


「クソ……!」


 焦燥とともに、地を蹴って追いかける。




 そのころ、村人たちがようやく逃げ込んだのを見て、クライはまずいと判断し、おばあさんの家へと急ぐ。


 だが家の前では、杖を手にしたおばあさんが、腰を押さえながら外に出てきていた。


「おばあさん!? どうして!」


 そう叫び、駆け寄るクライ。


「大丈夫だったかい? もう一人のお姉さんは……?」


 焦りながら手を引こうとした、そのとき――

 背後から、湿った何かを潰すような、嫌な音が響いた。


 ――ぐちゃっ。


 動かないおばあさんに引っかかるようにして、クライはつんのめり、地面に倒れ込む。


 起き上がると、目に飛び込んできたのは、血に染まって倒れるおばあさんと、傍らで牙をむく狼型の魔物だった。


「うそ……だ……おばあさん……」


 叫び声は、震え、恐怖と絶望に引き裂かれた。


 頭の中がぐちゃぐちゃになり、感情が整理できない。

 死ぬ――そんな現実を認めたくないのに、目を背けられない。

 血の匂いと、濡れた土の感触がやけにリアルで、恐怖が全身を締め付ける。


 ――逃げなきゃ。

 ――殺される。

 ――おばあさんが……怖い……

 ――アイネ……!


 体は動かず、叫び声を上げた魔物が牙をむいたその瞬間――


「はああああッ!!」


 叫び声とともに、アイネが空から舞い降りた。

 振り下ろされた剣が、魔物の首を一気に斬り落とす。


「無事か!? クライ!」


 アイネの声に、放心していたクライはようやく我に返る。


「う、うん……いや、それより、おばあさんが!」


 ふたりはすぐさま、倒れたおばあさんのもとへ駆け寄った。

 彼女は苦しげに息を荒げていたが――まだ、生きていた。


「おばあさん! ごめんね! 僕……ぼく……!」


 泣きながら謝るクライに、おばあさんは最後の力を振り絞って、そっと彼の頬に手を当てる。


 ――そして、微笑んだ。


 その手は、次の瞬間――力なく、地面に落ちた。

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