鍛えよメロス
メロスが脳筋のトレーナーな世界線の走れメロスです
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
メロスには政治がわからぬ。メロスは、村のトレーナーである。日々ジムにて鍛錬を積み、新たな才能を見つければ全力で支え、筋肉とともに暮らしてきた。だからこそ、その沸点は人一倍に低かった。
今日未明メロスは村を出発し、野も山も軽く跳び、十分ほどで十里を走りシラクスの街へと降り立った。メロスには父も、母もない。女房もない。あるのは自身の筋肉だけであった。その筋肉は、常人の筋肉とはわけが違う。鍛錬を怠らず、適切な栄養がなくてはいとも簡単に崩れてしまう。メロスは、それゆえ、多様な食材とプロテインが揃うというこの街へはるばるやって来たのだ。
先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。
メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、プロのパワーリフターをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみなのである。
歩いているうち、メロスはまちの様子を怪しく思った。良き筋肉を持つものが見当たらないのだ。その上、通りがかったジムもことごとく閉まっている。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。
そこで、道で遭った細い衆をつかまえて、何が遭ったのか、少し前に此の街へ来たときは、路には筋肉が溢れかえり、ジムも栄える筋肉の街で遭った筈だが、と聞いた。すると、細い衆はメロスに答えた。
「王様は、マッチョを殺すのだ。」
「なぜ殺すのだ。」
「筋肉が嫌いになったのだ。」
「たくさんの筋肉を潰したのか。」
「そうだ。はじめはジムのトレーナーを。それから、街の力自慢を。それから、軍の力持ちを。」
「何だと、国王は乱心か」
「いや、乱心なのではない。筋肉を、信ずる事が出来ぬと言うのだ。このごろは、トレーニング道具を取り上げ、少しく体を鍛える者には、一生のトレーニングを禁ずることを命じている。御命令を拒みなどすれば、十字架にかけられ、火炙りの刑となる。よって、今この街には我のような細い者しかおらぬ。」
それを聞いて、メロスは己の血管が切れる音を聞いた。「筋肉を裏切るとは呆れた王だ。生かしておくものか!」
メロスは、脳筋な男であった。筋肉があれば、いかなる武器も通用せぬと信じていた。
メロスは買い物のプロテインを水も入れずに飲み干し、その場でジャンピング腕立て伏せを二百回、ジャンピングスクワットを五百回、素振りを千回した。
すると、メロスは汗で金色に光る体で真っ直ぐに王城に入っていった。
たちまち彼に巡邏の警吏がメロスに襲いかかった。が、メロスはそれを造作もなく躱し、腕を一振りして全員を薙ぎ払った。メロスの筋肉が常人の筋肉に負ける筈が無いのである。そのまま、メロスは脇目も振らずに襲いかかる者を吹き飛ばし、ついに玉座まで辿り着いた。
「お、お主は何者じゃ!何をしに来た!言え!」
暴君ディオニスは焦った様子で、けれど威厳を以て問うた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深く、目の奥には恐怖が見て取れた。そして何より、その体は細かった。
「我の名はメロス!!!!筋肉を暴君から救う者だ!!!!!!お前を生かすわけにはいかぬ!!!!!」
と、メロスは声高らかに、そしてたしかに怒りの籠もった声で答えた。
「さ、下がれ!下賤の者!儂を討ち取った所でお前に何があるというのだ!」
王は、討ち取られるかもしれぬ恐怖をかき消さんと、声を張り上げてさらに問うた。
「皆の筋肉は、我の筋肉、我の筋肉は、皆の筋肉なのだ!!!!!だからこそ、我は筋肉を裏切ったお前を討たねばならぬ!!!!!!!!」
と、メロスは己の誇りをもって答えた。
メロスはにじり寄るように玉座に近づいた。ディオニスはその恐怖で一歩たりとも動けなかった。
メロスはディオニスの眼の前まで来ると、
「最後に問おう!なぜ貴様は筋肉を裏切った!?」
そう目下で恐怖に固まるディオニスへ問を投げ掛けた。
「筋肉が儂を裏切ったのじゃ!儂は悪くない!」
とディオニスは言い訳をした。
メロスはついに怒りを露わにし、ディオニスの襟首を掴んで持ち上げた。
その軽さに、メロスは哀れさすら覚えた。
「貴様の筋肉はどこへ行った?」
メロスは詰問した。
「か、枯れたのだ、筋肉に裏切られたのだ…」
その問いに、ディオニスは弱々しく答える。
メロスは嘆息した。筋肉とは、信じる者にのみ微笑むもの。努力し、鍛え上げ、汗を流し、痛みを乗り越えた者だけが手にできる誇り。それを放棄した王に、筋肉が宿るはずもない。
「王よ。貴様が筋肉を信じず、裏切ったのは、己が筋肉を育てられなかったからだ。筋肉は裏切らぬ。裏切るのは、己自身の弱さだ。」
ディオニスはうつむいた。彼はかつて、民に負けぬ強き体を作ろうとした。だが、挫折した。限界を感じ、怠惰に溺れ、筋肉を捨てたのだ。そして己がみじめになり、鍛え続ける民を憎むようになった。すべてのマッチョを排除すれば、自分の貧弱さが目立たなくなると考えたのだ。
「もう遅いのだろうか…?」
ディオニスは弱々しく問いかけた。
「遅くなどない!」
メロスは叫び、王を放り投げた。そして叫ぶ。
「さあ、今すぐ腕立て伏せをしろ!スクワットをしろ!汗をかけ!」
「む、無理だ!儂はもう…!」
「やれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
メロスは激しく叱咤し、王の背中を強く押した。その熱量に、ディオニスの冷えきっていた筋肉への渇望が再び湧き上がる。
「う、うおおおおお!!!」
王は地面に手をつき、腕立て伏せを始めた。はじめは一回すらできなかった。しかし、メロスが隣で付き添い、励まし続けた。
「いいぞ!その調子だ!貴様が鍛えれば、民も鍛える!国が鍛えられる!」
王は次第に、かつての情熱を取り戻し、己の肉体を鍛え直す決意を固めた。そして、その日から国中にトレーニングが義務付けられ、すべての民が筋肉を持つ強国へと生まれ変わった。メロスは満足げに笑い、セリヌンティウスの待つジムへと向かう。
「さあ、次はプロテインの時間だ!」
メロスは走る。己の筋肉と、筋肉の未来のために。
よく考えたらセリヌンティウスいらんなこれ
あと、高評価してくれると嬉しいです