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 昨日の俺のテンションが有頂天だとするなら、今はそこから急転直下、底も底。ベットから起き上がるのも普段の二倍体力を使う羽目になった。


 吉田の思いつきで始まった交換条件。俺は今日、吉田に質問するためにシャツを裏表で来ていかなきゃならない。思えば思うほど馬鹿馬鹿しい。こんなことさせてあいつは俺に何を話せって言うんだよ。この際正直に言ってくれたらいい。指さして笑いたいだけだって。


 グチグチ言いながらシャツを引っ張り出す。ひとりじゃボタンを留められないから先に頭が通るほど留めておいて被って着た。鏡に映った姿を見て一瞬、割烹着みたいで少し笑ったが、それも親になんて言い訳すればいいかという問題にかき消される。行ってきますの言葉一つ、朝飯食わずに家を出たらどうにかなるか、それかどこかのコンビニで着替えていくか、考えて考えて、考えている俺を俯瞰して、自意識が耐えきれなくなった。


 吉田のせいで悩むことが許せない。なんともない顔で一階に下りたら両親はまず何をしてんだと聞いてくる。答えを持っていない俺は適当に流すと父親はふざけたい年頃なんだと笑っていたが母親には最後までイジメを疑われた。俺もその通りだと思うけどややこしくなるから否定して、家から出るまででどっと疲れた。当然これで終わるわけない。一歩一歩を明確に意識しながら歩く道のりは異様に長い。学校に近づくにつれて生徒も増えて人目も増える。ただほとんど話しかけては来ない。交友関係の狭さもあるだろうが、こんな格好、値札がついているとかのミスじゃない。意図的にやってなきゃこうはならないから、物好きの数人が「なんでそんなことしてんの」と好奇心のままに聞いてくるだけ。それも「別に」の一言で散っていく。家を出てすぐは体が熱く心臓がうるさくてどうなる事かと思ったが、人間その状況に身を置けば無理やり順応するらしい。学校の校門を通る頃には勝手に見てろよの姿勢が出来上がっていて、吉田に何も無かったって文句言うことを原動力に今日を乗りきってやる、つもりだった。つもりだったというのは、教室に入ってすぐ、想定外の人物から、想像以上のリアクションを取られてしまったから。


「うわー!! それ!その手があったかぁ!」


 後ろのドアから入った俺の目の前でたむろしていた男子達の中で一人、一際声がでかいやつがその個性を存分に振りかざして俺を指さした。


 視線が集まって思わず体が固まる。今までにない反応に道中作った姿勢は崩れて、俺は立ちすくしか出来なかった。そこにそいつはズカズカと近寄って意味不明な笑顔と共にジロジロと体を見てくる。


「これ後ろどうなってんの? うわ、ちゃんと閉めてる。どうやったん? ひとりじゃ無理じゃね?」

「先に閉めてから着ただけ」

「え、それじゃん。小山頭いいな」


 そいつとは本当に関わりがなかった。だから仕方ない。隣の席ならまだしも、極力無駄なことに労力を割きたくない俺にとって、それは無駄な情報だった。


 五月中旬、少し熱くなったからか長袖を雑に捲って二の腕を晒している。シャツの裾も出して、声もうるさい。全体的に「騒がしいやつ」。俺にとっての名前はそれだった。それでいいと思っていた。相手もどうせそうだと思っていた。


 小山。自分と真逆の人間の口から自然に出たその名前に、ここまで驚く日が来るとは思わなかった。それまでの意味不明な状況、言動、全部吹き飛んで、俺は記憶を漁る。知っていなきゃいけないと思った。なのに、覚えているのは誰かがこいつを呼んでいた時のリズムだけで、本体は無い。

 俺はこいつの名前を覚えていない。


「よっしゃ!今から俺たち全員小山のあと追うぞ!お前らシャツ脱げ」

「いやダサすぎるだろ」

 男子達が笑ってつっこむ。

「この際ダサくていいのよ、お前ら高橋(たかはし)に仕返ししたくねぇのか!」


 それから少し話を聞いていると大体こいつが何をしたいのか見えてきた。

 どうやらこいつは日々校則違反を繰り返して担任の高橋に叱られているらしい。ただそのせいで溜まった鬱憤により、今ではどこまで校則違反ギリギリの格好で高橋をおちょくれるかの言わばチキンレースをしているのだとか。心底くだらないと思ったが、こいつらはこいつらでそこに何か必死になれるものを感じているらしかった。そんなこいつらに目をつけられた俺も現状、心底くだらない格好をしている。それも必死に。


 無理に共通点を作ってくさい台詞を吐くつもりは無いけど、少なくとも今は、こいつらを馬鹿にする程の立場は俺にない。同じ穴のムジナ、は名前を知らなくても使っていいんだろうか。


 こんなこと、ずっと考えることじゃないと思う。大したことじゃない。なのに小骨が喉に刺さったみたいに小さな痛みと違和感が続いている。


「小山ー!ちょっと今から着替えるからボタン閉めてくんねぇ?」

 また必要以上の声で俺の名前を呼んだ。「おう」の一言で済ませる俺はやっぱり違和感が喉に刺さっている。

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