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2/14

 翌日、目覚めた世界は何ひとつ変わっていない。それは白米の味、遠い国で続く戦争のニュース、学校へ向かう景色、どれを取っても同じ。ただ違うのは、その全てのつまらなさに一々構わなくなったこと。


 一晩考えた。吉田の正体。使った魔法。それを得た経緯と使い道。他に何ができるのか。いくら考えても結論は出ない。そりゃそうだ。本人にしか分かるわけがない。そして今はどう、本人にそれを話させるかを考えている。世界の退屈さなんて嘆く余裕はなかった。


 黙々と考えるが、学校に着き、クラスに入って吉田の姿を見ても尚、これだという言葉は見つからない。当の本人が何食わぬ顔で小説を読んでいるから余計に何も言えなくなった。

 昨日のことを馬鹿正直に聞けば無理やりにでも会話は始まるだろう。ただ唯一懸念するのは昨日、吉田が倒れた人達の額を一人ずつ触っていたあの行動。恐らくあれは魔法で記憶を消していたのではないだろうか。その証拠に今朝、ネットニュースなどを見てみたがこの街で魔法を見た等と虚言を吐く男が捕まったなんて記事は見当たらなかった。


 昨日の手馴れた動作、数年で身についたものとは思えない。それに人気が無い道とはいえ、あんな大胆に魔法を使って見せたのなら、それを隠蔽する手段があったとしてもおかしくない。

 もし本当に吉田が記憶を消せるなら、俺に見られていたのはイレギュラーであるはずだ。すぐにでも消したいと思うに違いない。となると最低でもこの話を切り出すには俺の記憶を消すことが出来ない、或いは消す必要が無くなるような理由が必要になる。これに関しては単純だ。吉田にとって俺が利用価値のある人間になればいい。

 あんな特殊能力を持った人間はどうせその力に見合った使命や、目的を持っている。そのひとつにでも凡人のクラスメイトBだからこそ手伝える何かがあれば、直ぐに記憶を消されることはないだろう。ただそれ一点に賭けて無策に聞くのは凡人ではなく馬鹿でしかない。俺にとってこれは最初で最後になるかもしれない人生を変えるチャンスなんだ。少なくとも一つくらいは俺に出来そうな何かのヒントを持っておくのが無難だろう。


 一、二時間の授業中に作戦を固め、三時間目にクラス名簿から名前を思い出し、四時間目の間でチャンスを待った。それは四時間目の終わりに訪れる。

 トイレに向かった背中を確認して、そこから戻ってくる道で偶然を装って話しかけた。


「ねぇ、ちょっといい?」

「え、あ、小山(おやま)くんじゃん。どしたの? きゅうに」


 セミロングの髪を揺らして、誰にも親しみやすい笑顔を振りまく猪狩小雪(いがりこゆき)。こいつと吉田は言わば正反対の性格だが、何故か仲がいいらしい。幼なじみというのをいつか聞いたが、今はどうでもいい。仲がいい猪狩なら吉田から何か悩みや相談をされている可能性がある。


「いや、大したことじゃないんだけど、吉田のことで、なんか悩みとかあるみたいな話聞いたりしなかった?」

「えー悩みかぁ。結菜ちゃん自分のこと全然喋らないからなぁ。てかなんでそんなこと知りたいの?」

 質問を質問で返す奴が嫌いだ。


「それは、まあ、なんか最近吉田さんが元気ないみたいに見えてさ、俺隣の席だからなんかしたかなって」

「あーね。でもそんなことあったかなぁ。最近は別に変わったとこないように見えたけど。あーでも言ってたな。悩みとかじゃないけど、確か見晴らしのいい展望台を探してるみたいな」


 それを聞いて一つ思いつく場所があった。近くの山に有名なハイキングコースに隠れて誰も来ない展望台がある。どんな理由で行きたいのかは猪狩も知らないらしく話はそれまでで、俺はその武器ひとつで吉田に挑む他なくなった。


 放課後、吉田はいつも猪狩の部活が終わるのを教室で待っている。知ってはいるが関わろうとはしてこなかった。故に黙って自分の世界で本を読んでいる人に対して話しかける最初の一言が分からない。でもそれを探して白々しくタイミングを待つのは自意識が許さなかった。

 あくまで気まぐれ、気分が良かったから少し口数が増えて、隣に座るクラスメイトに白羽の矢がたった。きっかけは目に付いたものでいい。


「吉田さぁ、いつも本読んでるけど面白いの?」

 体を伸ばして気さくに話しかける。吉田は俺の珍しい行動に驚くこともなく、本に視線を向けたまま平静に答えた。


「うん、今の所は」

「へーどんなの読んでんの?」

「余命幾許の女の子が男の子と青春する話」


 余命だとか病気だとかを題材にする物語が嫌いだ。これくらい分かりやすくないと泣けねぇだろと言いたげなタイトルと内容がこちらを煽ってくるようで唾を吐きたくなる。

 ただその俗さは俺に適度なナメを与えてくれた。緊張してばかりじゃ話はできない。俺はそこから更に深く話を切り込んだ。


「吉田はさ、やっぱりそう言う小説とか映画みたいな、非日常って憧れる?」

「私は、別に。読んでるだけで満足かな」

「そっかーまぁそうだよな。吉田と俺らじゃ”住んでる世界”が違うもんな」

「……窓際の私とその隣の小山くん、この間ってそんなに違う?」

 無駄話もいい加減飽きてきて話を飛ばし始めたちょうどその時だった。吉田の琴線に触れたのか、妙に

声のトーンが下がっている。


「距離の、話じゃないだろ」

「そっか、たしかに小山くんの言う通りだ」

 それでもまだ戦えている。そう思った。


「でも、それなら私とみんなが違うんじゃなくて、人間みんな違うんじゃない? それとも私ってそんなにクラスで浮いてる?」

 初めて本から目を離して俺を見た。薄笑い。そこには同年代のやつとは違う、大人の余裕みたいなものがある。


 そうだ、吉田はこういうやつだった。気を抜けば諭される子供にされる。独特な雰囲気があって、近づき難い。今までなら近づかなければよかったが今日はそうもいかない。何とかして対等に話し合いを進めなきゃ、取り引きは出来ない。


「いや、別に吉田は物静かなだけで馴染んでないわけじゃないし、もちろん他の奴だってみんな違う事くらい分かってるよ。ただ俺が言いたいのはそんな個性だとかの小さな話じゃない。もっと重要な、世界を変える運命の話」

 自信満々にそう言い放つ、諭されないように、吉田はなにやら察した顔を俺から逸らす。


「あー……運命。随分と、壮大だね」

 余裕を含んだ微笑が少し崩れた。これはどうやら俺が言いたいことが伝わったのかもしれない。


「それはしょうがない、俺が見た中でこんなに特別な人間いなかったから。でも正直、吉田もそんな運命、一人で背負うには辛いんじゃない?」

「まぁ、そう、だね?」

 戸惑いながらも肯定する。もう確定だ。これ以上の前座はいらないと思った俺は構えていた直球を投げた。


「だから、その運命、俺も一緒に手伝わせてよ」

「えーっと、ごめん。一応聞くんだけど、これってつまり、告白?」

 その球は吉田の真横を通り過ぎていった。


「は? 告白? なんでそうなるんだよ」

「いやだって、普段必要な事しか言わない小山くんが回りくどく運命だとか特別だとか言うから」

「それは、そうだけど」

「勘違いしてごめんね、じゃあ今度はもっと分かりやすく言ってくれるかな?」


 俺の渾身の一球をはらりと躱して、またこの笑顔だ。拙い子供の喃語を、精一杯聞き取ってやろうとするような余裕。中学生が出せるもんじゃないし、中学生に向けられて気持ちいいもんでもない。

 ただ、慣れない事で少し話が曖昧になっていたのも事実ではある。本当に勘違いしたのか、上手く誤魔化されたのかは分からないが、相手から聞き返されたのならもう直接、本題に入るしかない。


「だったら、はっきり言うけどさ」

「うん。どうぞ」

「吉田って、魔法使いなんだろ」

「うん? それは恋の魔法? かけられた?」

「ちげーよ。俺見たんだ。昨日の夜、吉田が男数人に襲われてる女性を助けてるとこ。その時、吉田が水を操って男たちを倒すとこも」


 吉田の目が大きく見開いた。ただ取り乱すことは無く小さく笑っている。これで記憶を消す手段を持っているのは間違いないだろう。ここから先は凡人なりに、なんとしてでも食らいつくしかない。


「へーあれ見てたんだ。周りには気を使ってたつもりなんだけど、まぁ仕方ないか。ところで小山くん、一応聞くけどその魔法ってのは小山くんの見間違いとか、夢だった可能性はない?」

「いや、矛盾してるだろ。それを聞くなら最初に聞けよ」

「んーこれはね、選択肢を与えてあげてるだけ」

 その声に、背筋が凍った。なにかとんでもない方向に話が進んでいる。そんな危機感。


「夢でも幻でもないって言うならさ、今回の話はやっぱり、小山くんが私に不器用な言葉で告白したってことにしよう。ね?」

「なんで」

「だって、その方が幸せだよ。私も小山くんも」


 その一言でようやく、俺は脅されているのだと気がついた。

 吉田の言う選択肢とは、忘れた振りをして一人不思議な夢を見られたと幸福感に浸るか、その夢さえ全て言葉通り忘れ去るか、そのどちらか。どちらも避けて通れないなら前者を選びたい。ただそれではやっと始まりかけたプロローグが終わってしまう。かかった魚の大きさは自分でも理解している、釣り合わないことも分かってる。それでも。俺は絞り出すような声で、駄々を捏ねた。


「それは、いやだ」

 吉田の纏う大人の余裕も相まって、俺は本当に子供のようだった。

 いつしかぼやけた理想のレンズ、俺の姿は目鼻口、全て描くに値しないのっぺらぼうが映っている。


「そう、じゃあしょうがないね」

 パタンと本を閉じる。俺の運命が道半ば、終わる音。そんな事を思って、我に返る。


「ま、待てよ!俺だってなんの考えもなく手伝うなんて言ってるんじゃない。その、吉田は、そう、展望台に行きたいんだろ? 見晴らしのいい高いところにある展望台に、俺いい場所を知ってるんだ。スマホのマップにも地図にも乗ってない場所だ。人も少ない。俺の案内がなかったら絶対見つけられない。だから記憶を消すのはその後からでも」

 途中から自分の声を聞くのが嫌になった。わざわざ猪狩に聞いて仕入れた武器も、この状況になったらただの命乞い。それでも吉田が興味を持ってくれさえすればと願って絞った言葉は、全く的外れな所で吉田の興味を引いていた。


「え、記憶を消す? どうやって?」

「それは、俺に聞かれても。吉田がやってたじゃないか。男共をやっつけた後、一人一人頭を触って、あれ、記憶を消してたんだろ」

 俺がずっとそう思い込んでいたことを聞くと吉田は珍しく、というより初めて、俺は吉田がただ純粋に笑うところを見た。それはまるで普通の女の子だった。


「あはは、あーそっか、それも見てたんだ。なるほど、面白い推理だけどアレはそんなに万能じゃないよ。小山くんが思うよりずっとね」

 新鮮な笑顔と話口は嘘のように思えなかった。そもそも記憶を消せるなら嘘をつく必要はないはずだ。恐らく本当に消せないんだろう。ただ未だ安心はできない。それは俺の最悪の未来を更に最悪にする可能性だってある。


「でも、だったら吉田は俺をどうする。もう他の手段といったら、殺すくらいしか」

「ちょっと、物騒なこと言わないでよ。昨日の夜は一刻を争う状態だったから手荒くしただけで普段は人に対して使わないから」

「じゃあ……どうすんの? 吉田は俺に黙っているか記憶を消すかを選択させてたんじゃないの?」

「いや、そのままの意味だよ。だって私のことを言いふらしたら小山くんは重度の厨二病になるだけだし、私もそう思われかねないでしょ? 黙ってくれていた方がお互い幸せだとは思うんだけどって話。まぁそれが嫌なら仕方ない。一緒に厨二病になろうか。小山くんは眼帯と包帯どっちがすき?」

 吉田の能天気さに驚いたが確かに、言われてみればその通りだ。こんなこと言いふらしたって誰も信じるわけが無い。信じたって確かめようもない。それでも自分の秘密を知っているやつを野放しにしておくのは気が気では無いように思うが。


「急にテンション高いな。別に言いふらさないからどっちも付けなくていいよ」

「そう? 私はどっちでもいいんだけど。テンションが高いのは確かにあるね。今まで必要以上に注意して隠してきたけど、一人くらいにならバレたってどうにもならないって気づいたから。話せて嬉しいんだ」

 ああ、そうか。全て納得出来た。吉田の中で俺は消せる消せないで焦る必要も無いほどの人畜無害なんだ。実際、今俺が吉田の立場を危ぶめるような手札はない。消されると恐れていた俺が俺を過大評価していただけ。

 言葉にすると無性に虚しいが、今は消される心配が無くなった事を最大限活かして縋り続けるしかない。


「それは、いいんだけど。俺はそんなことより、もっと重要な。あるんだろ? 告白だなんだって言ってたけどそんな力を持ってるんならそれ相応の、やるべき事とか使命みたいなのが。俺はそれを手伝いたい」

「そんなことって、私にとっては結構嬉しかったんだけどな。まあいいか。とりあえず小山くんは私を手伝いたいんだね?」

 椅子から立ち上がり、俺を見下ろす。見慣れたクラスメイトの顔には、俺をどこか特別な場所に連れて行ってくれそうな雰囲気はない。でも頷いた。俺だけが知っている、あの景色を信じて。


「だったらいいよ。運命だとか使命なんて言葉を言わないって約束できるなら頼んであげる。今からさっき言ってた展望台、連れてってよ」

 まだ話し足りないしね。


 吉田はそう言って俺に笑いかけた。やっぱりその顔は少し大人びてはいるが普通の女の子だった。

 当たり前と言えばそうだけど、昨日の夜の光景がどうしても今の吉田の表情を受け入れてくれない。今まで吉田の事をよく知らなかっただけに、その空白に魔法と言う特別な要素が入って、俺に吉田を普通の女子として見ることを拒否させる。でも実際に目に映るのは、変わらない教室と見慣れた姿。そして少し話して緊張がほぐれ始めた笑顔。この空間で違うのは俺の脳に残る昨日の記憶だけ。

 その頼りなさに、俺は自分で言っておきながら今更、夢を見ていた可能性を考え始めている。思い返せばあの夜は、夢を疑う方が合理的な光景が広がっている。吉田の方も案外演技派で、突然魔法だなんて言い出すクラスメイトにノリを合わせて話してるだけなんじゃないか。さっきから無駄にテンションも高い。

 ただもし、本当にもしも、あの夜が俺の見間違いか妄想で、吉田が平凡な一般人だったら、その手の上で遊ばれている俺は一体なんなんだ? 考えたら恐ろしかった。

 確かめるためにも展望台に向かう道中でなにか引き出さなきゃいけない。ここが俺が特別になれるか、ただの妄想癖になるかの分水嶺なんだ。

 自分の置かれた状況を噛み締めて、これから先の俺に喝を入れる。ただ吉田は上履きを脱ぎながら


「あ!そういえば小雪ちゃんに連絡入れなきゃ。なんて言おう? 小山くんにデート誘われた。とかかな」なんていたずらに笑う。

 俺はいよいよどこから間違えたのか。昨日の夜から思い返していた。

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