二
給食のあとは皆、血糖値の上昇に逆らえないみたいで眠そうに斜め下を見ている。ただそれはクラスの八割ほどで、残りの二割は一応前を向いて思考を巡らせている事だろう。それは五時間目の道徳の授業が理由だ。この授業では毎回左から一列ずつ、ここ数日で努力した事を発表しなければならない。ただ発表という場だからと言っても気負うことは何ひとつなく、たとえどれほどしょうもない事を言っても先生は怒ることなく、適当なコメントをくれるだけなので、注意するのは前の人と被らないようにすることだけ。
今回は左から四番目の列が発表する事になっていた。一人目が席を立ち、塾を頑張ったと発表した。それに先生が拍手をして、眠気と戦う他の生徒がつられるように疎らに拍手をする。いつもと変わらない光景が、その後二人目、三人目と続いていく。そして四人目、猪狩がセリフを読み上げるように家の手伝いを頑張りましたと発表した。後に続くのは先生の拍手とそれにつられた生徒の拍手。そのはずだっただろう。
猪狩の発表が終わったその瞬間、他の生徒や先生より早く、たった一人の大きい拍手が、たった一人に向けて鳴った。
一瞬、教室の空気が固まる。ただみんなその拍手を鳴らす人物を見るなり、笑って後に続いた。彼のする事だ。よくある突飛な行動の一つだろうと。
ただ二人には、きっとそれだけじゃない。
授業が終わったあと、戸惑いから恥ずかしさに変わったばかりの笑顔で話す二人の姿を見た。
なにか出来たとは思わない。俺がしたのはほんとうに些細な、きっかけにも満たない提案だ。でもあんなに変わらないと突きつけられた現状がこうして目の前で柔らかくなっていくのを見るのは達成感もあるけど、それより心が満たされる幸せな気持ちだった。もし人が変わるのに必要なきっかけがこのくらい些細なものでいいのなら、俺にもあるんだろうか。平行世界から少し離れて、魔法のない世界に思いを馳せた。そこで笑っている俺はきっともう一杯ご飯を食べていたら、夢で見られたかもしれない。