三章
放課後、呼び出した通りの場所に吉田は現れた。大人の都合でリスクが取り払われた殺風景な公園。用途は社会人の休憩所か老人のゲートボールくらいだが、放課後にクラスメイトと少し話すくらいなら文句ない。
「この時間はまだ少し肌寒いねー。初夏って言ってもまだまだかぁ」
首を縮こませながら俺の座るベンチまで歩いてきて隣に座る。
「猪狩はなんとかなった?」
「予定があるっていってなんとかね。話ってのは?」
「猪狩のことについて……今日、俺一人で本人と話してきた」
それから話した事の顛末は、要約したおかげでさらに情けなく聞こえていただろう。話している俺でさえそう思うんだから、しっぽ巻いて逃げ帰ってきた姿と重ねて聞く吉田はどれほどか。
「そっか。まあ仕方ないよ。小雪ちゃんのタイミングってものがあるから」
「それは、分かるけど。吉田は悠長に考えすぎだろ。無理の一言で何もしないで、元はと言えば吉田のせいなのに。もっと真剣に考えてやれよ」
常に第三者の姿勢を貫き通そうとする吉田。直接言ってやれば少しは悩むと思ったのに、そんなことは無かった。
何も無い公園でぽっかり空いた夜空を見つめて。
「真剣だよ。真剣に考えて無理なんだ」
「そんなの言いきれないだろ。俺は無理だったけど元凶が説得すれば変わるかもしれない。面倒事から目を逸らしたいからって決めつけるなよ」
「確かに、そう聞こえるかもしれないね。でも投げやりなわけでは本当にないんだよ。私が小雪ちゃんに何か言うとしても、小山くんが言ったような事しか言えないと思う。小山くんの意見が正しいと思うから。でも人ってそれだけじゃないんだよね。正しい正しくないだけで人は変われない。正しさだって人それぞれの尺度で変わるから、時に戦争が起こって暴力と恐怖で無理やり人を変えようとする。でもそれは本当に人を変えたとは言えないよね。本当にその人のことを思っているなら辛抱強く待つ。それが無理そうなら、自分が変わった方がいい時もある」
人は変えられない。諦めからくる諭しなのかと半目で聞いていたらいきなり、こちらに矛先が向いた。誰とは言わない。ただ向けられた視線とこの雰囲気では殆ど名指しも同然だった。
「なんで、俺?」
「いや、世界を変えようとしてる小山くんならそのくらい楽勝かなって」
「馬鹿にしてんの?」
「ごめんごめん冗談!分かってるよ。私にも小山くんは変えられない。だから小雪ちゃんのこともそういうもんだって見守ってあげてほしい。小雪ちゃん昔友達と喧嘩した時の事まだ引き摺ってて、その気持ちの整理も必要なんだと思う。勇気だけじゃない。変わるには時間が必要なこともあるから」
迷いなく自信を持ってそう言いきった吉田に、俺は拳を握るしかできなかった。
何か言いたかったけどその正論を否定できる言葉はなくて、閉じ込められた感情だけが体で暴れ続ける。
猪狩だけの問題なら勝手にしてくれたらいい。でもこれは俺の問題でもある。猪狩が時間をかけたいと思うほどに俺も時間が惜しいんだ。吉田の正体を知った日から、もうどれだけ経った? いつまでこのプロローグは続くんだ? あと俺はどれだけお預けを喰らえばいい? あとどれだけ焦りが薄れていくことに焦ればいい?
頼る人もかける望みも無くなってしまった。隣には水を操り風を操り空をも飛べる人間がいるのに、俺が今こいつに期待しているのはなんて事ないきっかけ一つ。
「そろそろ風出てきたし、帰ろっか」
「おう」
これぐらいで、十分だった。