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act.8 少女は破壊する

 星花祭、星花女子学園の文化祭だ。

 現在、演劇部の公演が行われているが、あたしは気分が良くないと言って外に出ている。

 紛失した台本は結局見つけることが出来なかった。

 演劇部の誰かが持ち出したのではないかと、観察を続けていたのだが、それらしい反応をしている子はいない。

 あたし自身あんまり演劇部の方で関係を深めていないから、詳しく聞くことも出来ないから反応を見るしか出来なかったわけだけど。

 そうなると、誰があたしの台本を持っていったのか。

 考えられるのは、先輩だけど、先輩が持っていって何の得があるのか。

 それにあのピュアで顔面に自分の考えてあることを張り付けて歩いている人があたしに嘘を吐けるとは到底思えない。

 とりあえず、あたしの台本は部活の誰かに渡っている可能性は低くて、ゴミ箱か先輩の手に渡っているというところだろう。

 文化祭は結構の盛り上がりを見せている。

 演劇部の公演はどうか。

 開始直前になって、トラブルを発生させていた。

 あたしとしてはあり得ない事。

 発生させている方もそうだし、それを了承している監督をしている生徒もだ。

 あたしは今サボっているから、どうでもいいのだけど、泉見棗のことを思えば、今回の舞台は失敗して欲しいと思う。

 これはしてはいけない成功体験だから。

 あたしが監督をやっていたらどうだろう。

 あんまりそういう役割を向いているとは思えないから、やりたくはないのだけど、それでももしかしたらということはある。

 やっぱりありえないというだろうな。

 この部活、業界にいた人が結構いる。

 あたしが顔と名前を憶えている人もいるのだが、そんなことも知らない人たちだったのかと思って、グラウンドの隅を歩きながら考える。

 業界にいたと業界のことを知っているではきっと違うのだろう。

 つまりは役者だけの演技しか考えてないということ。

 それでどれだけ上を目指せるかと言ったら、無理だろうな。

 地面に光るものを見つけた。

 アクセサリー、ストラップかな。

 しかも、ハートが割れているからペアでワンセットなんだろう。

 ガラス細工みたいでとてもきれいだ。

 近くで手のひらサイズの石を拾ってきた。

 思いっきり叩きつけると、綺麗に粉々になって割れてしまった。

 あーあ、可哀そう。

 この子の相方はもう揃わないアクセサリーをずっと持っているんだろうか。

 これを探している子はもう永遠に失われてしまったことを知らないで、ずっと探し続けているんだろうか。

 とっても可哀そうな光景。

 これを作ってしまったのはあたし。

 楽しい。

 不安だった心が晴れて、楽しい気持ちが溢れてくるのだがすぐに零れ落ちてしまうのか、無くなってしまう。

 だから、何度も何度も石を叩きつけて細かく細かく砕いていく。

 つまらないつまらない。

 先輩ならきっといい反応をしてくれるんだろうな。

 これが先輩の大事な物だったら、どんな顔をするんだろう。

 それをしたら、あたしは先輩に嫌われてしまうかもしれない。

 だけど、目の前にそういうものが合ったのならば壊してしまうかもしれない。いや、壊してしまうだろう。

 だって、その時、先輩はきっとあたしのことをずっと見ていてくれるから。

 あたしはこんなにも先輩のことを考えているのに、先輩はあたしのことを全然考えてくれていない。

 放課後一緒に過ごしていたって、週末遊びに出かけても、どこか先輩は一歩引いたような感じがしてならない。

 あたしの思い違いかなって、思ったこともある。

 だけど、やっぱりそうじゃないって思った。

 だって、先輩は変わっていこうとしているから。

 カッコいい人を目指して、けど、全然カッコよくなくて、みんなに笑われている先輩。

 可愛い可愛い愚かで道化なあたしの先輩。

 それが変わって、カッコイイを内に見出そうとしている。

 自分の容姿では、可愛いは言われてもカッコいいとは言われないのを理解して、違う方向に行こうとしている。

 ダメだよ。

 だって、そうしたら、みんな先輩の魅力に気がついちゃうから。

 あたしだって、無意味に先輩を傷つけたくはないんだよ。

 けど、先輩が見てくれないなら、あたしだってそうしないといけない。

 細かく砕いた欠片は砂に混じってキラキラと光り、泥の中で煌めく星空のように素敵に見えた。

 あたしがその光景に満足して、笑みを浮かべていると背後から声を掛けられた。

 キーキーと金属の音を鳴らして近づいてきた人物から。


「こんなところで何してんだ?」


 あたしは立ち上がって、後ろを振り向く。

 そこには車椅子に座ったくせ毛の女子生徒が一人いた。

 痩せていて、多分、身長も先輩とはそんなに変わらないんじゃないかと思う。

 校章を見たら、みひと先輩よりも一個上。

 くせ毛でクルクルになっているのに、後ろの方だけ編み込んであるのは何でだろうか。

 それよりも、だ。

 そんな事よりも、この先輩はなんだか好かない。


「あ、いえ、その……気分悪くなったから、休んでて……」

「こんな辺鄙なところよりも保健室に行ったらどうなんだ?」


 そうなんだ、大丈夫と聞かれるかと思っていたけど、この人は頭空っぽなわけではないらしい。

 猫のような瞳が細められて、あたしの内面を見つめようとしているのが気に入らない。


「あんまり目立ちたくなくて……この前も運ばれたばかりだし……」

「体が弱いのか?」

「いえ……あ、その、最近体調がすぐれなくて、それで……」

「ふーん……」


 こちらを探るような目つきをしてくる。

 そんなに見つめられても、何も出てきませんよ、車椅子先輩。

 

「あ、あの、あたしに何かついてますか……?」

「ん? あぁ、いや何でもない」


 何でもないはずの人間がそんなにじっと見るわけないじゃん。

 そんな嘘、見抜けない間抜けだとでも思っているのだろうか。


「そ、そうですか……? なんかジッとあたしの方を見てきてましたけど……」


 先輩の細い目が少しだけ開いたような変化が見られた。

 動揺を悟られたくないのか、些細な変化だったのだが、それでも確実に驚いていた。


「悪かった。そんな見てるつもりはなかったんだが、私の相棒が良く色々な奴を連れてくるからその癖でな」


 悪かったと言っても、全然悪びれた様子はない。

 車椅子先輩の目は細められたままだったから。


「それで何をしてるんだ?」


 しつこい。

 本当に面倒くさい相手だ。

 あまりこちらに近づいてきてほしくないんだけど、どうしてこの先輩はぐいぐいこっちに来るんだろう。

 人の迷惑なんて全く考えない人だ。


「虫が……アリがいたので……その退治してました」

「虫も殺せないような顔をして酷いことをするんだな。ま、私も虫を殺すのが好きでね。どこにいるんだ? 私にも踏み潰さしてくれ」


 本当にこの先輩はあたしのことを考えてくれない。

 こっちに来てほしくないと思っているのに、あたしの方にやってくる。

 だが、それにしても彼女のことで一つだけ言っておかないといけないことがある。


「えっと……先輩、それでは」


 あたしの言葉で先輩が自分の足を見て、その動かない足を打つ。


「おっと、そう言えば、私の足は動かないんだったな。これじゃあ、踏みつぶせない」


 車椅子先輩は何が面白いのかケラケラと笑っている。

 

「ま、足で踏むよりももっといいものがあるからこっちでやろうぜ」


 そう言って、叩くのは車椅子の車輪の方だ。

 仮に、あたしが本当にアリを踏みつけて楽しんでいたとしてもだ。

 そんな小回りの利かなそうなものでやるわけない。

 それにこの人はなんだか目付きが嫌だ。

 見つめられる視線が気持ちが悪い。

 観察眼に長けた人が持つ、それに似た気配もあるから近寄りたくないし、近寄ってきてほしくない。

 どうした、と車椅子先輩が言っているが、これ以上言葉に詰まると変に思われてしまう。

 どうしようと思っていると、遠くから、

 

「みゆきー!」


 大きな女子生徒がこちらに駆け寄ってきた。

 近寄ってきた彼女はとても大きかった。

 あたしも身長はある方だと思っていたけど、それよりも頭一個ぐらい大きい。

 黒髪のセミロングぐらいの髪はしっかりと手入れされているみたいで、艶がある。


「相棒、そんなに慌ててどうしたんだ?」

「慌てるよー……一緒に劇見ようって言ってたのに、勝手にどこかに行っちゃうんだもん」

「興味のない人間が見てもしょうがないだろ?」

「私はみゆきと見たかったんだよー……」


 おっとりとした喋り方に彼女の性格が出ていると思う。

 この学園に多そうなのんびりしていて優しい性格の人。

 そんな典型的な人。

 つまらない性格。

 この車椅子先輩が付き合うにしてはとっても平凡な人に見える。

 大きな先輩はあたしに気が付いたようで、にっこりと朗らかな笑顔を浮かべた。


「ごめんね、みゆき、ちょっとだけ変わってるから……迷惑とかかけてなかった?」

「あー……いえ、そんな、ことないです……」


 車椅子先輩は、お母さんかよとツッコミを入れていた。

 そんな事ないはずない。

 あたしにとっては大迷惑だった。

 ま、保護者が来てくれたんだし、さっさとこの車椅子先輩を連れていってほしい。

 非常にやりにくいし、邪魔だから。

 あたしの思いが通じたのか、大きな先輩は車椅子のハンドルを握り、こちらを向いた。


「みゆきの相手してくれてありがとう。それじゃあ、行こう。一緒に回りたいんだからね?」

「あぁ、分かってるよ。っと、ちょっと待ってくれ、弥勒。なぁ、お前、もう少しこっちに来てくれないか?」


 あたしが無効にいいかと思い、二歩近づく。


「……何ですか?」


 あたしが近づくと、車椅子先輩がジッとあたしの体をなめるように見てくる。

 この人、女だったら誰でもいいタイプの人間か、と思わず疑ってしまう。


「いいや、すまないな。ありがとう」


 それだけ言うと、あたしから視線を外して、後ろの大きな先輩を見る。


「それじゃあ、相棒。学園祭に乗り込もうか」

「メインの出し物はみゆきがどこかに行っちゃってる間にほとんど終わっちゃったんだけどねー……」


 拗ねた様なセリフだけど、声音はそれと違って弾んだもので、大きな先輩がどんな心情なのか如実に表している。

 あたしがその姿を見送っていると、


「そんなところで何してるのさ」


 あたしの好きな無理してちょっと低く話そうと頑張っている先輩の声がした。

 振り返らなくても、よく分かる。


「あの先輩に絡まれてました」


 もう小さな後ろ姿になってしまっているけど、その背中を指差す。


「指は刺さない方がいいと思う……あー、あの二人か。寮生なら有名な二人じゃん」

「そうなんですか? あたし知らないんですけど」


 先輩が隣に立って、あたしをうろんな目付きで見てくる。

 

「君、興味がない事には全く関心が向かないから、知らないだけなんじゃない?」

「それは否定しませんけど、それであの二人ってどういう有名人なんですか?」


 先輩が腕を組んで、悩んだ顔をする。

 

「玉前弥勒先輩と黒井みゆき先輩なんだけど、寮で悩み事、の相談とかしてる、かな?」

「それで有名になるんですか?」

「いや、何ていうか、良い感じに解決してくれるって」


 さっぱり分からない。

 それにしても、もう関わることもない先輩だから、どうでもいいか。

 あたしの記憶から多分、近いうちに消えてしまうだろう。

 先輩は確か、劇を見に行ってたんだっけ。

 だったら、これは聞いておかないといけない。


「劇、どうでした?」

「ん? あぁ、良かったと思うよ。取っ組み合いのシーンなんて迫力もあったし」


 それを聞いて思わず、鼻で笑ってしまった。

 良かったですね。

 舞台というものを知らない、こんなピュアな人だったら騙せたようですよ。

 小道具に衣装、それに音楽、照明の人たちはさぞ頑張ってくれたんでしょうね。

 良くない成功体験をしてしまった先輩たちにはちょっとだけ同情を。


「先輩、あたしと星花祭回りたいから来てくれたんですよね?」

「違う。演劇部で君が体調悪いって聞いたから、保健室に向かったけど、来てないから探していただけ」


 先輩はつれない。

 そこは嘘でも、あたしのために探しに来てくれたと言うべき場面だと思うのだけど。

 だけど、そんなところが気に入っている。

 あたしに脅されているのに、こうやって反発してくるところなんて特に。


「それに君、演劇部の片付けがあるでしょ?」


 そんな物もあったなと思うのだけど、今のあたしは体調がすぐれていない設定なのだ。

 だったら、それを利用しない手もない。


「先輩、行きますよ」


 そう言って、先輩の手を取って、無理矢理歩き出した。

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