act.5 目撃する乙女
ショッピングモールにあるフードコートでようやく一息つくことが出来た。
あれからバスを降りたぼくたちは様々なお店を巡って歩いた。
それもこれもぼくの買い物ばかりで、彼女は何一つ買っていない。
最初はもちろん服からなのだが、ぼくが選ぶものは悉く却下されてしまった。
結構いいセンスしていたと思うのだけど、彼女にはお気に召さなかったらしい。
それは別にいいのだが、彼女が選ぶ服のどれもこれもがなんというか女性らしく可愛らしい物だった。
ぼくとしてはカッコいい服とかコーデを期待していたのだが、彼女はそう言ったものを選んでくれない。
ぼくが持っていっても却下されるし。
お姉ちゃんが、今日ぼくが買った服たちを見たら驚くかもしれない。
いや、絶対に驚く。
だって、ぼくだったら買わない物ばかりだから。
それにしても、彼女は移動中とか、所構わずぼくに腕を絡めてくる。
身長差と体型の差もあって、彼女に寄りかかられると僕が非常に苦しい体勢になるのだが、彼女はお構いなし。
時々、彼女の体が強張る時があるのだが、それも一瞬でただ力加減をミスっただけなのかもしれない。
そうしてお店を巡っていたのだが、時間もいい感じになったので、昼食となったので、こうしてフードコートに辿り着いたというわけだ。
ぼくはハンバーグプレートを買ってきたのだが、彼女はカルボナーラ。
なんというか、並べると自分が子供っぽく見えてしまう。
いや、道中の店でも、
「妹さんの服でしょうか?」
などと悪気のない店員さんに間違えられていた。
もちろん、ぼくが年下扱いだ。
彼女も彼女でそれを否定しないで、笑顔で返すから、ぼくが否定することになってしまった。
本当に彼女はぼくが嫌がることしかしない、嫌な女だ。
それにしても、この半日彼女と一緒にいて分かったことなのだが、彼女はあまりスマホを触らない。
それはきっといいことなのだが、彼女のような人だと自撮りなんか良くするのではないかと思うのだが、それもしない。
特に今日みたいにしっかりとした服装やメイクを決めているときなんかは撮りそうなのに全く撮ろうとはしない。
それに今だって、こういう食事を撮ってSNSにアップするのは別に普通なのに、彼女はそうしない。
「何ですか、先輩、人の物じーっと見て……あ、あたしの欲しいんですか? あげませんよ?」
「そういう意味で見ていたんじゃない」
宮城が自分の方にお皿を持っていくのを見てから、顔を上げる。
「君ってあんまり写真撮らないんだね」
彼女の動きが一瞬止まったように見えた。
立ち直りは早いし、動揺を悟られないようにすぐに表情や仕草で隠してしまう。
だけど、今の動きが止まったのはさすがのぼくでも気が付いた。
「そうですね、写真は嫌いですね」
「意外かも。そういうの好きそうだし」
「そうですか? 私だって嫌いな物の一つや二つありますよ」
そういうと、フォークで麵を絡めていって、口に入れた。
ぼくもハンバーグをナイフで小さく切り分けていき、付け合わせの野菜からニンジンを外しておく。
「先輩、好き嫌いいけませんよ」
「……ぼくだって、嫌いな物の一つぐらいあるよ」
全く油断ならない。
ちょっとでも隙を見せたら、こうやってすぐにぼくに突っかかってくる。
「この後もまだ買い物を続けるの?」
「もちろん。まだ下着も靴も買ってませんから」
「……それ買う必要ある?」
「あるに決まってます。あたしと会う時にそんな無地で色気も皆無の下着買いたての小学生みたいな付けてきたら許しませんから」
酷い言い様である。
というか、何でぼくが付けている下着まで把握しているのか、ちょっと怖い。
「……そんな下着付けているわけじゃないけど、なんで君がぼくの下着を知っているのさ」
「先輩、お友達たくさんいますから。おしゃべりな友達も含めて」
なんだか思い当たる子が数名。
だけど、この子だと確定できるわけではないから、犯人捜しはやめておく。
人に自慢して見せれる下着を着けていたわけではないのだが、なんだか自分の着けているものが急に恥ずかしい物のように思えてきた。
一つ言いわけしたい。
心の中でだけど。
声に出してしまうと、彼女から反論が一つ二つと言わず、五個は飛んできそうだから言わない。
ぼくが買う下着は安いんだ。
六枚で千円とそこそこ安く買い求めやすい価格のものを愛用させてもらっている。
安いは正義だ。
貧乏というわけでもないのだが、それでもどうしても節約したいから、こうして見えないところであるならば、安く済ませても問題ないはずだとぼくは思っているのだが、これを言ったら、何言われるか分からない。
「先輩、人に見えないからって安く済ませたり、ゴムが伸びた下着とか履いていてもいいわけないですからね? こうして共同生活しているのですから、どこで人に見られるか分からないんですからね? 現にこうして見られてるわけなんです」
彼女に心を読まれたのかと思って、ドキッとして顔を上げる。
しかし、彼女は自分のカルボナーラに視線を向けていて、ぼくの方を見ていなかった。
少しホッとした。
「……別にいいとは思うけど、それでも」
「良くありませんよ。いいですか? ダサい下着を履くなとは言ってないんです。ただ、人に見られる環境であるなら、自分の格を下げないために、人に見られてもいい下着を履いた方がいいってことなんです」
自分の格を下げないため、か。
そんなことを考えたこともなかった。
けど、そんな事考えてみんな生活しているのかな。
彼女の価値観だけの話じゃないかと思ってしまう。
「それに先輩、カッコいい女性を目指しているんですよね? あたしが知っている女の人だったら、そこもしっかりしていましたよ?」
それを言われると弱い。
ぼくは履いている下着を見たことがないから、反論できる素材がない。
ぼくが考え込んでいると、彼女が空になったお皿にフォークを置いた。
「先輩がこぼさず食べれるか、終わるまで見ていてあげますよ」
「そんな子供じゃないから、必要ない」
そう言って、ぼくもさっさと食べ終わる様に口の中にハンバーグを放り込んでいった。
それにしても、フードコートでこんな話をしていていいのかな。
ただ、家族連れもいっぱいいて子供の声とかうるさいからきっと誰も気にしてないだろう。
食べ終えて食器をそれぞれの返却カウンターに持っていく。
合流したらまた買い物が始まる。
一通りの買い物が終わると、ぼくの両手は荷物でいっぱいだった。
お財布は寂しくなってしまったのだが。
買ったものは普段のぼくだったら絶対選ばない物だろう。
全部、宮城翼プロデュース。
ただ、うん、女性としてのセンスはやっぱり抜群に上。
服のコーデももちろんなのだが、ぼくの好みの色からぼくにあったものをしっかりと選んでくれていたのは、なんというかさすがとしか言いようがない。
出口に向かって歩いていると、イベントスペースに人が集まっていた。
何かあるんだろうか、と思わず目を向けてしまうと、彼女が遠くを見ていた。
「……どこかの売れないアイドルのミニライブですって」
興味が無さそうにしている演技をしているように見える。
彼女が組んできていた腕に力が入っているのか、ちょっとだけ痛い。
「見ていくかい?」
ぼくがそう言っていると、小さなステージに四人の子が登壇した。
わっと盛り上がるスペースの最後方の位置にいるぼくたちは冷めた目でそれを見ている。
「興味ありません。すぐに行きましょう」
カメラのシャッター音が聞こえる。
誰かがスマホで撮影したのかな、なんて思っているとまた腕が痛い。
彼女はさっきからどうしたんだろう。
こんなにも力のコントロールをミスる子だったのか。
だったら、痛いからもう腕組みたくないんだけど。
「少しぐらいだったらいいんじゃないかな。こういうのあんまり見たことないんだし」
ぼくがそう提案すると、苦虫を噛み潰したような顔をしたと思ったら、イヤホンを刺し始めた。
そんなに嫌なのか。
ただ、誘った手前すぐに、じゃあ、行こうって言うのも変だなって考えると、いかにもアイドルらしい音楽流れ始めた。
音楽に合わせてカラフルなライトがついたり消えたりする。
彼女が少しぐらい興味を示さないかとその顔を目だけで覗き込むと、彼女は顔を歪めていた。
どうして、というのが思い浮かぶ。
今、というか、ここ数週間の彼女しか知らないぼくでは予想もつかない。
アイドルが嫌いとかそんな単純な理由ではない気がする。
もっと深いところ。
だけど、真っ直ぐ聞いたとしても、絶対に彼女は明かさないだろうと予測は出来る。
彼女はステージを見ていない。
俯いて顔を上げないようにしているだけなのか、体に余計な力が入っているのか分からないのだが、肩が強張っている。
さっきまでどこのモデルだと言わんばかりの余裕ある表情と動きをしていたのに。
それがどこかに飛んでしまったかのようで、横にいる子が同じ宮城翼だとはちょっと信じられなくなった。
「もういいですよね」
彼女がぼくの持っている袋ごと手を掴んで歩き出す。
「いや、宮城、ちょっと、痛いって」
「もういいですよね……っ!」
ステージから離れると彼女のイヤホンから音が漏れていることに気が付いた。
どれだけの大音量で音楽を流しているんだ。
ぼくの声なんて聞こえてないじゃないか。
素直に手を引かれているのも、振りほどかないのもちょっとだけぼくに責任があると思っているからだ。
だって、何でこんなにも必死になって離れようとしているのか分からないのだが、それでもそんな表情にさせたくて提案したわけじゃない。
こういう表情にしてしまったのはぼくのせいだから、大人しく連れられているわけだが、彼女は前を見えていないのか出口から遠ざかっていく。
「ちょっと、宮城、出口通り過ぎたけど」
ぼくが言ってもイヤホンから流れる音楽に阻まれて聞こえてない。
だから、ぼくは足に力を込めて、立ち止まろうとする。
手を繋いでいたため、彼女も手が伸び切って倒れそうになると、ようやく僕の方を向いた。ぼくが歩かなくなったのを不審に思ったような顔を向け来たが、それは今のところ無視しよう。
開いている手で、彼女のイヤホンを剥ぎ取る。
「出口、通り過ぎたけど?」
「あ……」
彼女が小さく声を上げて、周りを見る。
そこまで必死に離れようとしていたのか。
「……すみません、戻りましょうか」
「いや、いいけど、どうしたの、突然」
ぼくが彼女の顔を除こうとすると、彼女の手でぼくの視線は遮られてしまった。
「今、あたし、すごい不細工な顔になってるんで、あんま見ないでください」
「それはいいんだけど……」
「良くないです。あたしにとっては死活問題です。あたしが良いって言うまで顔見ないでください」
線引き、されている。
そう感じた。
これ以上踏み込むなって、彼女に言われているような気がする。
直接や遠回しに言えば、何かあるんだと匂わせてしまうから、全く違う理由で断ってきたんだと思う。
ぼくは勝手にそう解釈した。
「はいはい、分かったよ」
ぼくは答えておいた。
今は、まだそれで納得しておいてあげる。
彼女に興味が湧いた、とかではない。
それは決してない。
だって、ぼくを脅してきた人だから。
ただ、ぼくのことにいろいろな方面でずけずけと踏み込んできたんだ。
彼女が良くて、ぼくはダメというのは道理が合わない。
だから、今度はぼくがずけずけと踏み込む。
抵抗はすさまじいだろう。
本気で怒ってくるかもしれない。
けど、血の気の失せた表情をしていた子を放っておくのは、カッコよくない。
ぼくの理想に反するものだから、踏みにじらせてもらう。
まだ白い顔の彼女を見ながら、一つ決意した。