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act.4 乙女、化ける

 彼女からメッセージが届いたのは、すぐだった。


 『先輩、次の土曜日に一緒にお出かけしませんか?』


 ぼくに拒否権がない事を良いことに聞いてきて来るとはどういうことだろう。

 どうせ、ぼくの嫌がることをするのが彼女の目的に違いない。

 服はいつも通りでいいか、と思っていると返信をしていないのにすぐに次のメッセージが届いた。


 『あたしが先輩の服コーデするんで、よろしくお願いしまーす』


 どうせ碌でもないものだろう。

 彼女の悪意というのはそういうものだから。



 日付は進んで、土曜日。

 つまり彼女との約束の日。

 ぼくは彼女が用意した服に身を包んでいた。

 黒のタイトスカートに白のパーカーで、その上にデニムのジャケットとぼくが普段しないような格好。

 スカートはヒザ下辺りからレースのようになっている。

 学校でしか基本スカートを履かないぼくにとってはなんだか新鮮であり、同時に気恥ずかしさがある。

 それにこんなおしゃれな格好をしたことがなかったのもあって、服に着させられていないか不安で仕方ない。

 どれだっけ待ったかと思って、スマホで時間を確かめるとまだ集合時間前。

 早く来てくれと願ってしまう。

 ここは学校最寄りのバス停。

 あまり人に見られたくない。


「先輩、ちゃんと来てくれましたね」


 上から目線の生意気な声。

 彼女はハイネックオーバーに見えるけど、ゆったりとした首元や可愛いフリルが甘い印象を与える感じからまたちょっと別物かもしれない。

 紺のワイドパンツに、薄いカーディガン、黒のキャスケットにサングラスとぼくよりも年下のはずなのな大人っぽいファッションをしている。

 きっとしっかりと化粧まで施しているんだろう。

 それにしても髪もしっかりと整えているのもあって、学校で見る彼女とは全く印象が違う。


「どうですか、先輩? 似合ってますよね?」


 自信に裏打ちされた質問だ。

 まるで自分に似合わないものなんてないと言える自信を持っている。

 それだけの綺麗さとスタイルを持っているからそう言えるのだろう。


「学校の格好に比べて、そっちの方が君らしい格好だよ」

「当たり前ですよ、あんな芋臭い格好好き好んでするわけないじゃないですか」


 今の姿を見れば、本来の彼女の性格を知れば確かにそうだと言える。


「だったら、どうしてあんな格好を?」

「だって、あたしがこれ見せたら絶対に目立つでしょ?」


 どこまでも傲慢。

 だけど、自分に対して卑屈になっているよりかはいいのかもしれない。

 もう少し傲慢さが鳴りを潜めてくれたら尚の事いいのだけど。

 確かに彼女は綺麗だし、人目を惹く見た目をしているのは確かだ。

 そのままの姿でいれば、きっと目立つのは確実だろう。

 ぼくがそんなことを考えていると、バスが到着して、先に彼女が乗り込んだ。


「先輩、乗らないとダメですよ」


 彼女に手を引かれて僕もバスに乗り込んだ。

 バスにはぼくたちしか乗っていない。

 貸し切りのようで、ちょっとだけ得をした気分になった。

 後ろから二番目の席にぼくと彼女は座ったのだが、ぼくは別の席に座ろうとしていたのに彼女に手を引かれて、当然という風に彼女と並んで座ることになった。

 彼女はサングラス越しにぼくの方を見つめているような気がする。なんか視線を感じるし。


「先輩ってちゃんとメイクしてます?」

「いや、してないけど……」

「はぁ? すっぴん? マジですか? よくすっぴんで過ごせますね」


 彼女の顔からサングラスが少しずれて落ちかけて、目が合った。

 ぼくの顔をふにふにと揉んできているのだが、パッと手を離した。


「先輩、メイクはするものです。マナーです」

「そ、そこまでかな? まだぼくたちは高校生だから……」

「良いですか、先輩。まだ高校生ですが、高校生が終わればすぐに大学生です。大学生でメイクの授業なんてありません。その後すぐに社会人ですよ。社会人になったら誰もがメイクしているものです。そこで初めて実戦したとしても遅いんですよ? 分かってます?」


 なんだかすごい説得力のある発言だ。

 それに近づいてきて、圧がすごい。


「社会人になってすっぴんで会社に入ったら笑われますよ?」

「そうかな……? すっぴんがいい人っていう人もいるから」


 彼女が少し離れてから盛大にため息を吐いた。


「先輩、それはすっぴんを知らない男性が言うセリフですよ。女性は男性に会うのに最低でも最低限のメイクぐらいしていくものですよ? すっぴんで合うなんて、よほど気がない相手ぐらいですよ」


 それにしても、彼女の圧がすごい。

 だから、ぼくが座席に押し付けられる形になってしまうのだけど。


「そ、そうなんだ」

「はい、それで先輩はしているんですか?」

「い、いや、してないけど……」


 そう言うと彼女がハンドバックを漁り始める。

 取り出しのは化粧ポーチらしきもの。

 もしかして、ここで始める気なのか。

 いや、それはなんというか良くない気がするんだけど。

 だけど、彼女に常識を説いたところで、聞き入れてもらえなさそうな気がする。


「それじゃあ、しましょうか、先輩」

「いや、こういうところでそれはマナー違反というか、絶対に良くない。まだこれから行くところのトイレとかの方が……」

「大丈夫です。粉がまったり、臭いがきつい物は使わないので」


 それでもよくない気がするんだけど。

 ぼくが反抗したところで彼女はもう止まらない。

 一度言い出したら、彼女はぼくの意見を聞いてくれない。

 軽んじられているというわけではないのだが、それでも聞いてくれない。

 それにぼくが目指しているのはカッコいい女性であるはずなのに、こうやってどんどん女性らしい物を身に付けたり、やらせようとしてくる。


「とりあえず、下地作りからですね」


 そう言いながら彼女がぼくの顔に塗ってきた。


「これ便利なんですよ。日焼け止めや保湿とかの効果あって一本持っておくといいですよ、先輩」


 持っておくといいと言われても、商品名すらしっかりと伝えられていないのにどれを買っていいのか。

 というか、何でぼくがそうやって化粧用品を揃えないといけないのか。


 「あとはファンデーションですね、今はこれしか持ってないんで、ちゃんと会ったものを探して使うのがやっぱりいいですからね」


 そうやって、パウダータイプのファンデーションをぼくの顔に付けていく。

 それにしても、彼女は一体どこでこういうことを学んできたのだろうか。

 

「あとは眉を整えて……アイシャドウで……先輩は目が大きいですからね、あんまりやり過ぎちゃうと目力だけ強くなっちゃいますから」


 ぼくにコンパクトミラーを差し出して、仕上がりを見せてくれた。

 確かにそこまで変わってないはずなのに、少しだけ雰囲気が変わったような気がしないでもない。


「この方が絶対にいいですよ、先輩」


 彼女は今までに見たことないほど、優しい笑みを浮かべていた。

 この前までぼくのことを脅していた宮城翼。

 そんな彼女が今はこうしてぼくに化粧を施したり、服をコーディネートしていたりする。

 ぼくに危害を加えるつもりなのか、何がしたいのか全く理解できない。

 そうしてぼくにいいと言った彼女はあの放課後で笑っていた彼女よりも確かに綺麗な顔で笑っていた。

 あの時の顔よりも絶対に今の笑顔の方がいい。

 自然な顔だったと思う。

 ぼくには彼女がまだそれが本当の笑みなのか、演技の笑みなのか区別をつけるのは難しい。

 ぼくがそんなことを考えていると彼女が首を傾げた。


「先輩どうかしました? あ、もしかして、あたしのメイク技術がすごすぎて驚いてるとか? それか自分の顔に見惚れちゃいましたかぁ?」

「どれも違う」


 一言が多いせいで、素直に褒めてあげることも出来ない。

 彼女が望むとおりであるかどうか分からないのだけど、それでもこうして一緒にいる間は彼女は満足してくれているはずだ、と勝手に思っておく。

 ぼくには彼女の複雑怪奇、善悪も思想も違う人間を完全に理解することは不可能だから。


「そう言えば、どこに向かってるの?」

「ショッピングモールですよ。あたしのならわざわざそんなところで買いませんけど」

「じゃあ、なんのために行くのさ」

「先輩のに決まってるじゃないですか。この前、先輩の服見させてもらいましたけど、あんなダサい服、あたしとのデートで着てきたら、絶対に許しませんからね? 一発アウトですからね?」


 面と向かってダサいと言われると、さすがに胸に刺さる。

 ぼくは良いと思っているのだが、彼女の蔑むような視線のせいで、なんだかそうなのかもと思ってしまう。


「だから、先輩の冬服を買いに行きますから」

「え、もう? もっと後でもいいと思うんだけど……」

「先輩、本当に女子ですか?」


 本当に彼女はぼくに対して遠慮がない。

 いや、これが彼女の本来の性格なのであれば、きっと誰に対してもこうなのかもしれないけど。


「そうだけど……」


 彼女がため息のように息を吐いて、窓枠に肘を置いて、頬杖をついた。

 視線はぼくから外されて、窓の外へ。

 流れていく景色を見ても、きっと見飽きたものだろうに。

 いや、彼女が中学からじゃなかったら、そうじゃないかもしれない。

 ぼくは彼女のことを何も知らないんだなと思う。

 

「いいですか、先輩。秋冬の新作の発売は今なんですよ? そうなるとみんな買いますよね? それで、例えば秋冬の物セールが始まった時に、何が残ってると思います? 今売れてないものばかりなんですよ」


 お金もそんなに持っていないし、今までの服で事足りてきたのもあって、あまり考えたこともなかったというのは飲み込んでおいた。

 言ったら、きっと百倍ぐらいになって言い返されそうな予感がしたから。


「それに先輩の財布のこともちゃんと考えて、モールに行くんですからね?」


 窓の外に向いていた目が、ぼくの全身を嘗めまわすように見てから、視線が下に固定された。

 彼女の視線を追いかけると、ぼくが履いているスニーカーに向いていた。


「……これは良いと思うんだけど?」

「履き潰してなければですけどね」


 確かに、うん、彼女の言う通りぼくのスニーカーは大分傷んではいる。

 だけど、まだ履けるんだから、良いのではないかと思う。


「まだ履けるし……」

「まだ履けるって言ってゴムが伸び切った下着を履きますか?」


 ぼくは何も言わずに目線を逸らした。


「下着も靴も買いますからね、もう全部買いますから。いいですよね?」


 彼女の圧が強い。

 それにしても、それが本当の目的なのか。

 彼女の横顔を見ながら、どんなことを考えているのか想像をしても、彼女はぼくとは大きく違うせいでよく分からない。

 さっき思ったこともそうだが、ぼくは彼女のことを全く知らない。

 それも仕方ない事。

 ある日突然、彼女がぼくの前に現れて、脅されて今の関係になっているんだ。

 彼女はぼくのことを調べたりしていたみたいだから、詳しいかもしれないのだがぼくは全く知らない。

 彼女がいつから学校に通っているのか、好きな物、嫌いな物、誕生日等些細な物まで含めたら、知っていることなんて指で数えれそうな位だ。

 ぼくも彼女を知らないといけないのかもしれない。

 それが何を意味するのかとか、高尚なことは全く思ってない。

 ただ、理解したい。

 それで彼女と相容れないのか相容れる存在なのか、それだけはしっかりと見極めたい。

 バスもそろそろ終点であり、目的地のショッピングモール。

 押さなくてもいいかもしれないけど、彼女が降車ボタンを押した。

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