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10/11

act.10 少女は暴かれる

 暑い太陽光線が鳴りを潜め、ようやく冬の季節が訪れるのか思わせる肌寒さを感じ始めた季節。

 衣替えも済んで、これから本格的な冬の到来に備えるためにも、外気温に慣れるかと思ってはいてもまだまだ日中は暖かく、先のように感じられる。

 昼休みに教室を抜け出して、校舎の裏に行く。

 誰もいないのを確認して、メッセージアプリを立ち上げて、通話ボタンを押した。

 電話先とディスプレイに表示されているのは「麗人」。

 ぼくのお姉ちゃんだ。

 お姉ちゃんはテレビ局に勤めているらしくて、そっちの業界にもきっと明るいはず。

 仲が悪いわけではないのだけど、それでもあまり頼りたくはなかった。

 お姉ちゃんはぼくが頼ると嬉しそうにする。

 それに甘えてばかりいるのもちょっとだけ嫌って言うのはあるのだけど。

 三コールもしないうちにお姉ちゃんが出た。


『どうしたの?』

「今大丈夫だった?」


 お姉ちゃんの優しく、甘い声が通話口からした。


『うん、大丈夫だよ。どうかしたの、みひとちゃん』

「あー……どうもしてないんだけど、ちょっとお姉ちゃんに聞きたいことが出来て……」

『うん! うん! 何でも聞いて!』


 お姉ちゃんはぼくに甘すぎる。

 ここで局のこととか聞いたら、普通に答えてくれそうな気すらしてきた。

 実際に言いそうだから、聞かないけど。

 昼休みも有限で、お姉ちゃんの暇な時間も有限だろう。

 あまり無駄話をしているわけにもいかない。


「あのさ、数年……うーん、五年から十年以内でやめた子供の役者って結構いるのかな?」


 お姉ちゃんが少し黙った後に口を開く。


 『子役の子は数が多いからね……探せば大小様々でいっぱいいると思うんだけど……』


 言われてみれば、確かにそうだ。

 彼女の態度からして、結構大物だったのかもしれないと勝手に予想してしまう。


「芸名じゃなくて、本名で調べられるかな……?」

『それぐらいなら、出来るよ』


 出来るけど、大丈夫なのか。

 心配になる。

 ぼくにいい顔が見せたいがために、無茶なことをしでかさないとも限らない。

 いや、そんな妹バカではないはず。

 なのはずだが、やっぱりちょっとだけ自信がない。

 お姉ちゃんの知り合いは……ちょっと交友範囲が広くて、誰がどれだけ仲が良いのかぼくには分からない。

 実家に帰った時に、お姉ちゃんに呼び出されるときには大体お姉ちゃんの友達もセットなのだが、見たことない顔の人もいるから、微妙な距離感で、ぼくだけ一方的にぎこちなかったりする。


『それで何て名前なの?』

「……宮城翼」


 だったような気がする。

 そう言えば、ちゃんと名前を呼んだことがなかったから、自信がない。

 

「無理のない範囲でいいからね? その仕事に支障があったりしたら良くないし……」


 一応釘だけは刺しておく。

 そうしておかないといけないと思ったから。


『うん! お姉ちゃんに任せて!』

「……いや、本当に、本当に無理のない範囲でいいからね?」


 全然安心出来ない。

 いや、調べ上げてくれるという信頼はあるのだが、無理のない範囲でやってくれるかどうか全然安心できないんだよな。

 大丈夫かな。

 切れてしまったスマホの画面を見つめながら、心配でならなかった。


 φ


 放課後。

 先輩と会うために、校舎から出ようとした時だった。

 聞き覚えのあるキーキーという金属音がしたと思って、振り返ると星花祭で見かけた車椅子先輩が大きな先輩に押されてきているところを目撃した。

 いや、正確にはあたしがここに来るのを待っていたんだろう。


「久しぶりにあったな」

「え、ええ、久しぶり……ですね」


 こっちは会いたくなかったのだけど。

 無遠慮な先輩はあたしの体をしっかりと下から上に見つめた後に、車椅子を押している大きな先輩の方に顔を向けた。


「あぁ、やっぱりこいつだ、間違いないぜ、相棒」

「えぇー……そうかな……?」


 後ろの先輩まであたしの方を無遠慮に見つめてくる。

 この人たちは年上なのに、そういうのは失礼だとは習ってこなかったのだろうか。


「間違いないぜ、なぁ? 綾女夢」


 その名前を呼ばれて、思わず硬直してしまった。

 しまったと思った時には遅かった。

 あたしの反応で車椅子先輩はあたしのことを確信してしまったのだから。


「随分と雰囲気も変わっているから、気のせいかと思っていたが、やっぱりそうだったみたいだな」

「……誰ですか、その人」

 

 悪手だ。

 そもそも最初の段階で動揺を見せたのが失敗だから、今更取り繕っても遅いという話。

 あたしとしたことが、久しぶりにその名前を呼ばれたせいで固まってしまったのがいけない。

 油断していた。

 あたしのことが分かるなんて、業界にいた人ぐらいしか分からないだろうと高を括っていた。

 けど、どうしてこの人があたしのことを知ることが出来た。

 あたしの日常の演技は完ぺきだったはず。

 あの時も、良くないところを見られはしたけど、それでもリカバリーできたと思っていた。

 いや、まずはこの先輩がどこで気が付いたか聞きだすのが先だ。


「私はこんな足だから、昔っからテレビっ子だったんだ。だから、綾女夢の姿はよく見ていたんだぜ?」


 それでも、だ。

 あたしの姿を見ていたとしても、これまで気が付かれていなかった。

 だから、それであたしのことを見破れるわけがないんだ。

 これだけは自信を持って言える。

 あたしはそんな単純なミスはしない。


「……あたしがその人、ではないと思いますが?」

「私もそんな事ないって思ったんだけどよ、そう、その癖だよ」


 あたしは何をしていたか。


「その恨みがましい目だよ。会見でも同じ目をしていたぜ?」

「目……ですか、先輩からは見えないと思いますが……?」

「私は人よりも視線が低いからな、よく見えるんだぜ?」

 

 だったら、なおさら違う。

 あたしは顎を引く癖をつけているから。

 顎を引けば自然と顔が下を向く。

 そのおかげで髪が目にかかるようになる。

 それにこのメガネもあるんだ。

 下から見ていたら尚更、メガネと髪の影になって見えないはずだ。

 だから、この人の言っていることはただのはったり。

 そこで一つの視線に気が付いた。

 あたしよりも背の大きな先輩の視線。

 なるほど、彼女に見せるために、あたしの顎を引かせるのか。


「何か考えているようだが、それはきっと外れだ。そいつは私の付き合いで来ているだけだからな」


 この人の相手は酷く面倒くさい。

 断りを入れて、行ってしまってもいいのだけれど、先輩と合っているときに、偶然を装って会いに来られる方が困る。

 せっかくの楽しい時間に水を差されるのは最悪だ。

 それに先輩があたしといる時に、あたし以外を見ているというのも気に入らない。

 息を一つ吐いた。

 これ以上引き延ばすのは、時間の無駄だ。

 仮面を取るのかのように、メガネを外す。

 髪を上げて、先輩を見る。


「それであたしに何か用ですか?」

「……え?」

「へぇ……それが本当の綾女夢なんだな」

 

 一人困惑しているのは大きな先輩。

 それは今は置いておく。

 時間もないし。


「それで用事がないのに、あたしを引き留めて何がしたいんですか? ナンパですか? だったらお断りです、他を当たってないください」


 この人とさっさと別れたい。

 けど、まだ目の前の人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。


「私には大事な相棒がいるんだ。そんなことはしないよ」

「……」


 車椅子先輩の言葉に大きな先輩が顔を伏せた。

 惚気なら別の場所でやって欲しい。

 あたしは人の惚気を聞いていられるほど暇じゃない。

 これから大事なようがあるって言うのに。


「あたし、今の言葉で傷つきました。すごく傷ついたので謝ってください。その車椅子蹴り倒して、這いつくばらせたらいい体勢にできると思うんですよね。先輩やってあげましょうか?」


 あたしが車椅子を見下ろしていると、大きな先輩がまるで守る様に車椅子先輩の前に出てきた。


「なんですか」

「……そういうのは良くないと思うよ」


 イライラとする。

 グチャグチャにしてやりたくなる。

 この先輩のどこがいいのか。

 守る価値なんてあるのか。


「ボディーガードなんて雇ってるんですね」

「私の大事な大事なパートナーだ」


 自慢げな笑みを浮かべているのが酷くあたしの心をざわつかせる。


「さて、私たちの用事は済んだ。行くぞ、相棒」

「え、いいの……かな?」

「いいわけないじゃないですか、あたしが行かせると思ってるんですか?」


 勝手に来て、あたしの秘密を勝手に暴いた。

 それで帰っていくのなんて、許されるわけがない。


「どうしてあたしだと確信したか言ってからにしてください」


 それが一番大事だ。

 こんなのもう二度とあってはいけない。

 車椅子先輩がため息を吐く。


「……首にあるホクロ。特徴的だったから覚えてたんだよ」


 そんなものあっただろうか。


「左の首筋に三つ。あとは斜め上に二つあるんだ。オリオン座の半分に見えるなって覚えてたんだ、それだけだ」


 そんなものが自分に合ったんだなと驚く。

 もっと自分の体を見ておくべきだった。

 多分、あたしが自分で見難い位置にあったから気が付かなかっただけだろうが、こうして覚えてる人もいたのが意外だった。

 それにホクロなんて一番曖昧なところで覚えてるなんて。

 嬉しくもあるが、あたしの力ではまだ完全に人を騙すことが出来ていないのだと現実を突きつけられている気がする。


「これで満足か?」

「……あたしの気が変わらないうちに好きにしたらいいと思います」


 あたしがそう呟けば、大きな先輩に声をかける車椅子先輩の声がした。

 そして、ゆっくりとした動作で車椅子を一度引いて、ターンして廊下の向こうに消えていった。

 この短い時間であたしの気分は最悪になった。

 本当に最悪だ。

 あたしは上履きから外履きに履き替える。

 先輩に会うためだ。

 早く先輩に会いたい。

 その一心で呼び出したのはいつものベンチ。

 近づくともう誰かが座っていた。

 あたしの内から、温かい気持ちが溢れてくる。


「ぼく、今日は用事があるんだけど。しかも、そう伝えたはずなのに待たせるなんて……」


 先輩から珍しく憎まれ口。

 それだけで嬉しくなって、口角が上がる。


「先輩、あたしとっても嫌な思いをしたんです」


 だから、あたしは先輩の言葉を無視した。

 先輩は無視されたのもそうだし、全然違う話題に切り替えられて驚いているみたい。


「あたしとっても傷ついたんですよ」


 そう言って、先輩の隣に座った。

 そして、そのままごろんと上半身を寝かせると、先輩の太ももに頭をのせる。


「重たいんだけど?」

「だから、あたし傷ついたんです。だから、癒してください」


 先輩の太ももは柔らかい。

 だから、あたしは先輩がバイトの時間になるまで先輩の膝枕を満喫することにした。

 先輩は何も聞いてこない。

 あたしに何があったのか。

 どうして聞いてこないのか、理由は不明。

 だけど、それがとても心地いい。

 それに先輩はあたしのことを見ていてくれる。

 それだけであたしはとても満たされた気持ちになる。

 あたしの正体。

 先輩は知らない。

 言うつもりはない。

 あたしは宮城翼。

 先輩の前ではそれで十分。

 他の何物でもない、翼で十分だった。

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